顧客リスト№14 『ドワーフの巨大鉱山ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

ガララララ…


線路を噛む車輪が盛大な音を立て転がる。それと同時に、私と社長の顔には勢いよく風が吹きつける。


気持ちいいんだけど、ちょっと怖い。オオオオッ…と洞窟内を反響する音も響いてくるからだ。まるで巨大な魔物の咆哮みたい…。


「ガタンゴトーン。次は鉄鉱脈前、鉄鉱脈前です。ですが止まらず直進いたしまーす」


一方の社長はところどころにある看板を見ながら車掌の物まね。子供っぽ…。なんでもないです。





今、私達はトロッコに乗っている。ここはとある鉱山内部、その中にアリの巣のように掘られたダンジョンである。名称もそのまま『巨大鉱山ダンジョン』。


ダンジョン主の魔物はドワーフ。身長が男女共に1mぐらいと小さく、ガタイが良い。金属を好み鍛冶作業が得意で、槌や斧で戦うあの種族である。


他の特徴としては…男性ドワーフの髭は顔を覆うほどもっさりしていることか。いやもう、ほんともっさり。三つ編みとかできちゃうレベルの人達がそこかしこにいる。


流石に女性ドワーフには髭を生やしている人は少ない。そもそも生えていないか、剃ってたり脱毛している人がほとんどである。



そんな彼らは基本的に地下を根城として暮らしている。だからこのダンジョンのようにドワーフが作った洞窟とかは結構各地に点在しているのだ。


その中でも、ここはかなり大きい。よほど良質な鉱脈が幾つも重なっているらしく、複数の山、そしてその地下にとんでもなく広がっている。


そのため、トロッコ移動は必須。だから私達も一台借りて乗っているのだが…。




「これ本当にトロッコなんですかね?」


大きな箱のような形をしたトロッコ、その周囲についている謎装置を見ながら私は首を捻る。普通トロッコと言えば手押しで動かしたり坂を利用して移動するものなはず。


しかし私達が乗っているこれ、自走しているのだ。カーブや上り坂なんのその。レバーを弄ればバックだってできてしまう。外面にはどこどこ行きかを示す札まで勝手にセットされている。


それらは全て、唸りをあげている謎装置群が成し遂げてるらしい。魔法の力も感じるし…ドワーフって凄い。流石私達の宝箱を作ってくれている人達と同じ種族。



あ、そうそう。我が社は専属の箱職人としてドワーフを何人か雇っている。大きいの小さいの、ただの木箱から芸術品のように複雑なものまでなんでもござれ。うちに無くてはならない存在だ。


まあそんな彼女達の話はまた今度。今はそれよりも…。



「しゃーちょーう…? なんで今、路線変更用のレバーを動かしたんですか?というか触れなくて良いって言われてましたよね?」


頬を引くつかせる私に、社長は自分の頭をコツンと叩き一言。


「つい…☆」





線路がガクンと変わり、私達の乗るトロッコは別ルートへと。しかもそこには…。


「『この先ゴミ捨て場』…!?」

「『谷底につきご注意』ですって」


明らかに危険を示す看板たち。早く脱出しようと焦る私を社長はどうどうと宥めた。


「まあまあ。このゴミ捨て場の仕組みはさっき聞いたし、大丈夫よ。ほらアスト、そう暴れないで。私ベルトの着用をお願いしまーす♪」


にゅるんと社長の手は伸び、触手へと。私の首や頭、胴に纏わりつき、まるで衝撃吸収のクッションのように。


「あ。最悪の場合は飛んで欲しいから、そん時はお願いね」


「は、はぁ…」


触手巻きにされたまま私は頷く。そうこうしているうちにトロッコは速度を増し、危険看板は次々と流れていく。


「そろそろね。アスト、舌噛まないようにねー」


社長の言葉に私が正面を見ると、もう線路がない。途切れているのだ。その先に見えるのは切り立った崖。トロッコは無情にも突っ込み…。


ガガガッ!


次の瞬間、トロッコが勢いよく跳ね上がる。前車輪が何かに引っかかり、90度ぐいんと持ち上がったのだ。


ガクンと全身を襲う衝撃と圧。社長の触手はトロッコに張り付き、何とか投げ出されずに済んだ。しかし視界は自然と真下を見る形に。


「ひえぇ…」


これまた底の見えない谷である。社長に止めて貰ってなければ思いっきり投げ出され谷底行きだったであろう。有難い。 …いやそもそも社長がレバー切り間違えたのが発端なんだけど。


「意外と雑よね、このゴミ捨て方式」


キリキリキリ…と元に戻っていくトロッコをポンポンと叩きながら、社長はそう呟く。確かに。要らない物を全部谷底に投げ捨てるスタイルとは…ドワーフは見た目通り荒々しい。






「今度は絶対に間違えないでくださいね…?」


「わかってるわよー」


再度目的地に向け走り出したトロッコの中で、私は社長に釘をさす。と―。


ゴオオ…フォン


突然耳に入ってきていた音が変わる。周りを囲んでいた洞窟は消えていた。


「わぁ!アスト凄いわよここ!」


はしゃぐ社長に促され顔を乗り出してみると、そこは先程投げ出されかけた大きな峡谷の上。木や鉄柱を組んで作られた、手すりがほとんどない橋の上をトロッコは通過していたのだ。ちょっとゾワゾワするけど、不思議に綺麗な景色である。


…今さっきここに捨てられる寸前だったのは忘れるべきか。






トロッコは次第に奥地へと。すると新たな音が。コンコンカンカンと小気味の良い採掘音。ドワーフ達の根城に到着である。


周囲の様子も大分変わってきていた。至る所につるはしやハンマーが置かれているだけではない。宝箱まで置いてある。採った鉱物のとりあえずの保管場所らしいが…。ミミックを潜ませるには最適である。


そしてトロッコはガタンと停車。ようやくの到着である。よいしょと降りた私達を迎えてくれたのは、一際髭が長いドワーフのおじ様だった。


「ガッハッハ!ちょいと遅いじゃねえか!途中でなにかトラブったか?」


「えぇ、ちょっと…」


「やっぱりか!何があったんだ? ほう!ゴミ捨て場に落ちかけたのか。よく死なずに済んだもんだぜ!」


またも豪快に笑う彼こそ今回の依頼主、ドワーフの『ドワルフ』さん。このダンジョンの取り仕切り役も務めているらしい。私達は彼に案内され、ダンジョンの奥地へと進んだ。




「あっつい…」


が、気づけば私は汗だく。さっきまで普通の気温だったのに何故…? ちらりと自分の服を見てみると、中に着たYシャツは濡れそぼち、肌にぺっちょり張り付いて透けてしまっている。これじゃスーツを脱ぐことすらできない。


「近くに鍛冶炉が幾つもあるからな!すまんな」


ドワルフさんが言う通り、そこかしこに並ぶ扉の向こうからはムワッとした熱気が。空間が熱で歪んでしまっている。


「俺らドワーフにはちょうどいいぐらいなんだが…」


肩を竦めるドワルフさん。確かに彼はもっさりとした髭や髪の毛、果てには厚そうな鎧を着こんでいるのにも関わらず、汗一つかいていない。強い。


「2人共ちょいと待っとけ」


と、ドワルフさんは鍛冶場の一つに入っていく。少しして何かを手にして出てきた。


「ほれ、これでも身に着けときな!」


手渡されたのはペンダント。青みがかった水晶のような鉱石がついている。


「『氷結石』っつぅんだ! まあ溶けない氷みたいなもんだ。首にかけてみな」


言われた通りつけて見ると、ひんやりとした感覚がペンダントから伝わってくる。これは気持ちいい‥!


「あとこれもやろう。氷結石を使ったハンディサイズの扇風機だ! 冷たい風がぶおっと来るぞ!」


「わぁ…!ありがとうございます! えーと…スイッチはここですかね?」


受け取ったそれの、出っ張りをカチリと押し込む私。すると―。


ブオオオオッ!


「強っ…!?」


予想以上の強風が吹き出してきた。髪が…! と、社長が…。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ わ゛れ゛わ゛れ゛は゛ミ゛ミ゛ッ゛ク゛だ」


「…何してるんですか社長?」


「こうやると声変わって面白いわよ!」


いや、そんなこと嬉々として言われても…。呆れる私とは対照的に、ドワルフさんはにっこり笑顔を見せた。


「ガッハッハ!気に入ってくれて何よりだ!」







カァンカァンと鉄を打つ鍛冶場の一つを私達は視察する。通路に比べて数段階は暑い、いや熱い。滝の様な汗を出し始めた私に扇風機の風をかけてくれながら、社長は近くにあった宝箱をを覗いていた。


「いやー、色々ありますねえ。武器や鎧、便利な道具。これは冒険者達が侵入してくるのもわかります」


質実剛健なものから、装飾がゴテゴテしたもの。そのどれもがおよそ人間では作れない質をしている。私の能力『鑑識眼』を発動し確認してみると、その箱の中身が同じ量の金貨に置き換わるほど。まさに『宝』箱である。


「俺らが作ったものや宝石の類は人間達に卸しているんだがな。人間は欲深だ。タダで入手しようと幾らでも侵入してくる。おかげで警備が手間で仕方ねえ」


ドワルフさんはそう溜息をついた。





次に案内されたのは、鉱石の採掘場。ようやく暑さから解放された私はほっとする。…なんで社長は大丈夫だったんだろ。暑い日とかは溶けてたりするのに。日光とああいうのは違うのかな。


「わっ…!鉱脈が光ってる!」


そんな私の思考を掻き消すように社長は叫ぶ。私もそちらを見やると―。


「おー…!」


ただ光っているだけではない。色とりどりである。灼熱を発するように赤く光っている鉱物もあれば、仄かに脈動する植物のように緑色な鉱物。周囲をパキパキと凍らせているあそこの鉱脈はさっき貰った氷結石のだろうか。


そもそも普通の鉱物は普通光なんて発さない。ここにあるのは軒並み『魔法鉱物』である。魔法剣やマジックアーマーを始めとした、特殊な武器防具の素材となる。ということは、当然値段も高い。ここもまた冒険者達が狙う場所であろう。


「ここは東西南北の希少な鉱物が偶然集った山でな。俺らドワーフにとっては楽園のようなもんだ。だから出来る限り人間達に荒らされたくねえんだよ」


「お任せあれ! ここには宝箱がも木箱もありますし問題ありません。それと念を入れて…。アレも使いましょうか」


ドワルフさんの言葉にそう返した社長は何かを指さす。それはそこらへんに転がっているただの大きめな岩。


「あれを加工し、ミミックが潜めるようにしちゃいましょう! 本来ならばその箱製造も我が社がやるのですが、ドワーフの皆さんが作って下さるのならばお値段割引いたしますよ?」


「そりゃあ良い。別に値段は気にしねえが面白そうだ!乗ったぜ!」


「よろしくお願いいたしまーす!」






「うぇっ!? こんなに頂いちゃって良いんですか!?」


場所は変わり、ドワーフ達が寛ぐ酒場。そこで商談をしていたのだが、社長は素っ頓狂な声をあげてしまった。私も言葉を失っていた。代金として提示されたのはドワーフが作った道具類やカッティング済みの大きな宝石。更に魔法鉱物まで。


そりゃあ広いダンジョン内に沢山ミミックを配備するから結構なお値段を頂こうとしたが…。何も提示した金額を軽々上回ってこなくても。


「そりゃ復活出来るたぁいえ、身体を張って戦ってもらうんだ。これぐらい支払わなきゃ罰が当たるぜ。言うても俺達にとっちゃ、余りものだったり完成しきって手の加えようが無くなったモンなだけだ」


ガッハッハと笑うドワルフさん。性格まで豪快である。と、彼はそこで少し声の調子を落とした。


「ただよ。冒険者って抜け目なくてな。いざ危険と気づいたらトロッコに乗ってさっさと帰っちまう。そうされるとおたくらのミミックも追いかけられないだろう」


「まあそうですね…短距離ならば追いつけたりするんですけど」


「だろ? トロッコを止めたり下手に乗れなくすると作業が滞るしなぁ…どうしたもんか」


ドワルフさんは腕を組みふぅん…と鼻息を吐く。すると社長はハイっ!と手を挙げた。


「一つ妙案があります!」


「どんなだい? ほほう…!そりゃあ良い! だがその上位ミミックは大丈夫なのか?」


「えぇ。スリルを求める子は沢山いますから。安全性も既にですしね…!」


へっへっへと笑いあう社長とドワルフさん。ちょっと冒険者が可哀そうになってきた。

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