顧客リスト№13 『カエルの王さまの雨季雨季ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

雨雨ふれふれ母さんが♪蛇の目でお迎え嬉しいな♪


そんな童謡が東の方の国に合った気がする。その歌に私の今の状況を合わせると…。


雨雨ふれふれ社長が♪大傘で私と嬉しいな♪


…なんかちょっと、いや結構無理やり感がするが、気にしないことにしよう。替え歌は正しさ気にしたら負けなとこあるし。




私と社長は今、依頼を受けとあるダンジョンへと足を運んでいる。


しかし天候は雨。よって私が社長(入りの宝箱)をぎゅっと抱え、社長が大きな傘を持ってくれているスタイルで歩いているのだ。


余談だが、社長はこの体勢を『雨の日お出かけモード!』と呼んでる。その名の通り雨の日の外出時は大体こんな格好で出歩くのである。時折歌い合ったりで結構楽しい。



社長が少女体型であることも相まって、気分は同じく東の国の方に伝わる子連れなんとか。しとしとぴっちゃんしとぴっちゃん。


…まあそんな小雨音ではない。ザアザア降りである。ズボンがぐしょ濡れ。社長の言うとおり、レインブーツ履いてきて良かった。


因みにそんな社長は水玉模様なレインコートを着ている。可愛い。





至るところに沼や池があり、寧ろ道のほうが少ないこのダンジョン。雨で視界は悪いし、結構ぬかるんでいるから転ばないよう注意して進まなければいけない。


雨が止んでくれれば視察もちょっとは楽なのだろうが、そうはいかない。このダンジョン近辺、ほぼ1年通して雨が降っていて基本止むことはないのだ。



冒険者ギルドによるここの登録名称。それは『雨季雨季ダンジョン』という。


別に魔物達がウキウキな気分というわけではない。多分強調しただけ。まあ魔物の楽しげな合唱は聞こえてはくるが。



…ところで冒頭の歌に戻るが、『蛇の目』というのは傘の一種らしい。蛇の目玉に似た模様をあしらったものだとか。


ここにそれを持ってこなくてよかった。何故なら、沼や道の端でのっそりと動いているのは…。





「またいた!カエルがぴょこぴょこ3ぴょこぴょこ。合わせてぴょこぴょこ…あれ、これで何匹目だっけ…?」


はてなと首を傾げる社長。もう既に何十何百匹と数えているから忘れて当然ではあるかもしれない。というか私は忘れた。


結局そこで数えるのを諦めたらしく、社長はそのままゆっくり這っている別の魔物へと目を向けた。


「なんでカタツムリには殻があるのにとナメクジって殻がないんだろーねー」


「そういえば…なんででしょうね?」


「人間達はカタツムリ食べるっていうから、嫌がって殻を脱いだのがナメクジだったりして!」


冗談をかます社長。私は彼女の視線の先を追いながらツッコんだ。


「まあいくら人間達でも、あんな見上げなきゃいけないほど大きなカタツムリは食べないでしょうけどね」






ここに棲む魔物達、それはカエル、ナメクジ、カタツムリ。蛇がいたら三竦み完成である。ナメクジとカタツムリを同じ括りにしてしまっているが、まあ同じようなものだろうし。


でも多分彼ら、普通の蛇相手ならそんなことにはならないだろう。ここに住むカエルたちは魔物、普通のではない。身体がとても巨大なのだ。


私も歩いている最中、変な質感の壁だと思い迂回しようとしたら一休みしているカエルだったりカタツムリだったりした。視界の悪さも相まって本当見紛う。


いや、カエルたちだけではない。そこいらに生えている蓮や紫陽花までもが巨大。なんか小人になった気分に陥ってしまう。ある意味メルヘンなダンジョンである。





そんな中、私達ようやく目的地にたどり着いた。このダンジョン奥地にある、草花で作られたお城。だけど、構成する植物がこれまた巨大すぎてかなり立派な外観をしている。


その入口でハスの葉っぱ傘をさし待っていてくれたのは、従者を一人従えた気品溢れる…蛙だった。




人間大の、二足歩行な蛙。王冠を被り、豪華な装いをしている彼はこのダンジョンの主にして今回の依頼主、『フロッシュ』さん。巷では『カエルの王さま』として名が通っている。


因みにその横に控えている、鉄の鎧で全身を覆っている従者は『ハインリヒ』さんというらしい。





「わが城へようこそミミン社長、アスト嬢」


蛙の大きな目をくりりと動かし、蛙の大きな口をにこっりと曲げ笑顔を見せるフロッシュ王。と、何かを思いついたらしく彼は蛙の両手をぺちょんと合わせた。


「丁度良い。お二方、どちらか私を張り倒してくれまいか?体当たりでも蹴り飛ばしてでも構わない」


「「へ???」」


挨拶もそこそこに飛んできた突然の変態的謎依頼に、私と社長は眉を顰める顔を見合わせる。そして半ば正しい答えを求めるように、ハインリヒさんに視線を送った。が―。


「お願いしますじゃ」


帰ってきた答えはそれ。どうしようと躊躇する私に変わり、社長が手を挙げた。


「宝箱体当たりで構いませんね?」


「あぁ、遠慮なく!」


「承りました!アスト、せーので私を投げて。せーの!」


グォン!


私に投げ上げられた社長入り宝箱はふわりと放物線を描く。


と、社長は空中で一瞬浮遊するかのように動きを止めた。そして―。


「めめたぁっ!」


そのまま矢の如くフロッシュ王へと突撃した。



ドガァッ!

「ゲコッ!」


潰された蛙のような(蛙だけど)声を出しながら、フロッシュ王は近くの壁へと吹き飛ぶ。すると、思わぬことが起こった。


ボフンッ


フロッシュ王が壁にぶつかった瞬間、煙が彼を包んだのだ。そしてその中から現れたのは…。


「ふう…!難儀な呪いだ」


フロッシュ王と同じ服を纏い、蛙をあしらった王冠を被った緑髪の若いイケメンだった。





「「わっ…!格好いい…!」」


さっきの蛙はどこへやら。キラキラと輝かんばかりの容姿端麗さを誇る人物に私達は見惚れてしまう。


雨に濡れたその姿は艶っぽさすらある。これがほんとの水も滴るいい男…!



…信じられないが、今目の前で起こったことからして彼はやっぱり…。


「あの…フロッシュ王ですよね?」


おずおずと問う私に、そのイケメンはコクリと頷いた。



「如何にも。この姿が私の『人間の頃の姿』なんだ」







「私は元々人間で、とある国の王子だったんだ。とは言っても王位継承権なんてないような順位だった」


そう語りながら、フロッシュ王は城の中へと案内してくれる。植物城は床が柔らかく、新感覚を味わえる。


そして床や壁、天井の至るところにカエルやカタツムリ、ナメクジが警らをしている。そんな彼らに手を振り挨拶をし、フロッシュ王は言葉を続けた。


「とある時に呪いにかかってしまい、さっきのような蛙魔物となってしまった。当然私は城を追い出され、ここに落ち着いたというわけだ」


だが、ここの暮らしのほうが良い。王宮内の確執に巻き込まれるのはもう懲り懲りだ。そうフロッシュ王は朗らかに断言した。


と、社長は1つ質問を。


「因みにハインリヒさんもカエルなんですか?」


「ワシは人間ですじゃ。追い出されたフロッシュ坊っちゃまが不憫でついてきたのですじゃ。…感謝しますじゃミミン社長。久しぶりに元の姿の坊ちゃまが見られて、嬉しさで胸が張り裂けそうですじゃ!」


兜をガシャンと外した人間の老騎士は、冗談をついている様子なく笑顔でそう答えた。





「そういえば、さっきの…ちょっとおかしな方法を使わないと呪いは解呪できないのですか?」


ふと、私はフロッシュ王に問う。すると彼は苦笑しながら頷いた。


「私にかけられた呪いは愛する者のキスによって解呪されるらしい。しかしそれとは別に、美しき者による叩きつけで一時的に元に戻れるんだ」


「アスト!私達、『美しき者』ですって!」


「いや社長、反応する場所そこじゃないです」


えへへと照れる社長に私はツッコミを入れる。まあ、私も正直嬉しくはあるのだけど…。面倒な呪いである。


「ミミン社長かアスト嬢、どちらか私の后となってくれれば…。ハハッ、勿論冗談だ。なに、呪いを解いてくれる姫君が来るまでゆっくりダンジョンで暮らしていくさ」


そう言い、カエルやカタツムリ、ナメクジを友とする王様はケロケロと笑った。






「さて、ここだ。ここが冒険者が目当てとするダンジョンの最奥、その1つだ」


フロッシュ王に連れてこられたのは、幾種類もの花が咲き乱れる吹き抜けなエリア。植物園みたい。雨雲の僅かな隙間から落ちてくる日光が幻想的な雰囲気を醸し出している。


あれ。その生えている植物、よく見ると…。


「高級な睡眠薬となる『熟睡蓮じゅくすいれん』、鼻炎や花粉症などあらゆる鼻の病気に効く『鼻菖蒲はなしょうぶ』、紫陽花と似ているけど絶品として有名な野菜『味菜あじさい』…レア素材がたっくさんありますね」


どれもこれも超高級な魔法薬漢方薬の材料となる薬草達。冒険者が狙うのもわかる。


しかし、これらは普通雨季にしか咲かないはずの花達なのだが…。


「もう雨季も明けかけですのに、まだこんなに咲いているんですね」


「いいやアスト嬢。こここは1年通して咲いているんだ。このダンジョンは名の通りずっと雨季だからな。だがこれはここに棲む魔物達の食事でもある。冒険者たちに乱獲されるわけにはいかない」


それにハインリヒが好きな薬酒の材料でもあるからな、とフロッシュ王は付け加えた。







「とはいえ私も対策を施していないわけではない。 ゲロゲロリ」


突然蛙の鳴き真似を始めたフロッシュ王。すると―。


天井からドシャっと落ちてきたのはカエルやカタツムリやナメクジ。外にいた子達よりも小さいが、それでも牛サイズはある。ここを守る兵なのであろう。


「カエルが舌や体格を駆使し戦うアタッカー、カタツムリが軟体の身体と硬い殻で攻撃を吸収するタンク、ナメクジが天井から落下し押しつぶす奇襲役といったところか」


戦ってみるか?フロッシュ王にそう言われ、私が挑戦してみることに。




向かい合い、戦闘準備。しかし相手は鈍重そう、手を抜いても…。


「とりあえず攻撃魔法を!」


ボウッと大きめの火球を放ってみる。しかし、それはのっそりと進み出たカタツムリの身体がじゅうっと打ち消してしまった。


「わっ…!」


粘膜が天然の対魔法ローションとなっているらしい。そういえばこのカタツムリやナメクジの粘液を使った魔法耐性装備があると聞いたことがある。


ならもっと強い魔法でも良さそうだ。私は改めて魔法を詠唱しはじめる。と―。


ビョーンッ!


突然カエルがジャンプ。私を飛び越え反対側に。


何故タンク役のカタツムリから離れたのが気になるが、好機。私が照準をカエルに向けた…その時だった。


ベチャァ!

「うえっ…!?」


天井から落ちてきた何かが私に覆い被さってきて、一瞬にして床に押し潰されてしまった。このヌメヌメ…!


「ナメクジ!?」


無理やり首を動かし確認すると、なんと乗っかってきたのはさっきまでカタツムリの後ろに隠れていたナメクジだった。


「いつの間に天井に…!? あっ、まさかカエルがジャンプした時…!」


カエルの背に乗ってタイミングよく天井に張り付いたらしい。ナメクジは正解と言わんばかりに触角をうねうね降った。


「くっ…油断しちゃった…!」


模擬戦だから手加減してくれていたのが幸い。私はなんとか力を振り絞り、にゅぽんと這いずり出る。しかしそこにいたのは…。


「ケロケロ♪」

「あっ…」


カエル。私はオチを悟ったがもう遅い。カエルの舌はベロンと伸び、私の体を掴んだ。そして…。


パクンッ




「あーあー、アストぐちょぐちょねぇ。あっ…ちょっと臭い…」


カエルの口の中からペッと吐き出された私をツンツンつつく社長。体中粘液まみれな私は床に寝転がったまま。


帰ってシャワー浴びたい…。というか帰り際雨浴びて帰りたい…。相手を舐めた私が100%悪いんだけど…。




「こんな強いなら私達のミミック要ります…?」


むっくりと体を起こし、か細い声でそう訴える私。するとフロッシュ王は残念そうに首を縦に降った。


「最近冒険者達も対策を編み出してきてな…。中々に捕らえられないんだ」


「更には粘液や皮素材欲しさに魔物達を狩る冒険者も増えてきましたのじゃ。カエルは跳ねて逃げられるし、カタツムリは殻に篭もることができるのですじゃが、ナメクジが…」


深い溜め息をつくフロッシュ王とハインリヒさん。


と、それを聞いた社長は少し考えた後、ポンとを胸を叩いた。


「とりあえずこの植物園を守るミミックを派遣しますね。そして…私達ミミックの戦法、『擬態からの奇襲』。それでナメクジさんをお守りいたしましょう!」

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