顧客リスト№3 『アルラウネの菜園ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌
「わー!お花綺麗!果物も美味しそう!」
はしゃぐ社長。本日依頼を受けたのは、アルラウネ達が管理する森の中にあるダンジョン。人間達のギルドによる登録名称は『菜園ダンジョン』である。
「…ここ、本当にダンジョンなんですよね?」
私は思わず眉を潜めてしまった。確かに植物型の魔物が至る所に徘徊し、冒険者の侵入を牽制している。それは如何にもダンジョンらしい、のだが…。
「なんか、どこもかしこも綺麗というか…整備されてません?」
普通のダンジョンは大抵の場合薄暗く、汚れている。そして陰気な空気が流れているものである。
だがここは全く違う。ダンジョンの壁や屋根を作るのは蔦や草木で象られた生垣。隙間から入ってくる木漏れ日や柔風が気持ち良く、むしろ庭園と言うに相応しい。
そして漂うはかぐわしき香り。咲き乱れるは美しい花々や果物。しかも―。
「これ、人間達の間で結構な高値で取引されるものばかりですよ…」
何分、私は『鑑識眼』という能力を持っているからわかってしまう。そこらへんの壁や天井から変哲もなく生えているそれらが、人間達が作る高級回復薬や魔力回復薬の素材だったり、貴族に貢がれるものだったり。ここに来る冒険者達は美しい光景が黄金の山に見えているだろう。
「あぁ、だから『菜園』…」
『森の中』でも『草木生い茂る』でも『庭園』でもなく、つけられた名は『菜園ダンジョン』。人間達はここを『魔物が管理してくれている、良い植物が実る畑』として捉えているのだろう。腹立つ。
と、開けた空間に出る。そこにあったのは同じように蔦で編まれた東屋。丸太で作られた机と椅子代わりに生えている柔らかな花が置かれているその場で、お茶を楽しんでいる女性がいた。
「どう?私のダンジョンは。手入れ行き届いているでしょう?」
彼女の髪は緑色、それどころか肌も緑である。頭頂部からは大きな葉が生えている。腰から下は鮮やかな色の巨大花に包まれているが、それは椅子ではない。彼女の下半身なのだ。
種族、アルラウネ。植物型と人型を併せ持つ魔物でありこのダンジョンの主、「ローゼ」さんである。
「すっごく綺麗ですね!感動しちゃいました!」
椅子代わりである花にモスンと腰かけ(正確には私が箱のまま乗せた形だが)、社長はフンスフンスと鼻息を荒くした。よほど楽しかったのだろう。かくいう私も、この空間にいるだけで癒されていた。
「ふふっ、ありがとうねミミン社長。はい、淹れたてのハーブティーと採れたてのフルーツで作ったタルトよ。召し上がれ」
木を削り出し作られたカップや皿に美しく盛られ出てきたそれらを私達は有難く頂いた。
「「~! 美味しい~!」」
新鮮だというのもあり、格別に美味しかった。訂正、やはりダンジョンだったのだろう。人だけでなく魔物ですら惹きつけるほどの「美味しいお宝」は確かにあったわけだから。
「うへへ…幸せ…」
美味しいもてなしを受けて、にへら顔の社長。ローゼさんに笑顔で見つめられているのに気づき、慌てて顔を振り正気を取り戻した。
「失礼しました!それで今回の依頼は、『生えている花や果物を守って欲しい』でしたよね」
「あら、可愛いお顔だったのに…。ゴホン。えぇ、そうよ。でもちょっと条件があるの」
「条件?」
「正確には、『盗り過ぎた人間達だけ捕らえて欲しい』の」
「実を言うと、人間達が花や果物を採っていくのは別に構わないのよ」
「「そうなんですか!?」」
思わず私達は声を揃えて驚いてしまった。ローゼさんは頷き、言葉を続けた。
「えぇ、沢山生えすぎていても植物たちには毒だから。普段は私が手入れの際に間引きをしているのだけど、このダンジョン結構広いでしょ? 同胞や眷属を使っても手が回りきらないことがあるし、間引いた花や果物が勿体なくて」
それならば、人間達が採っていってくれた方が良い。間違いなく捨てることなく有効活用してくれるだろうし。 そう語る彼女を見て、私は気づいた。恐らくローゼさんは『菜園ダンジョン』と言う名を気に入っているということに。
「でも、『盗り過ぎ』というのは…」
「そうね…少し昔話も交えていいかしら。タルトのおかわりはどう?」
「是非!」
社長は食い気味に了承する。ちょっと食い意地が張り過ぎなのでは…?
「このダンジョンは私の趣味で運営しているの。前まで…ギルドにダンジョンとして登録されるまでは僅かな商人や冒険者達がこっそりと来て幾つか採っていく程度だったわ」
お茶とお菓子のおかわりを出しつつ、ローゼさんは懐かしむように語りだす。私達も思わず聞き入ってしまった。
「中には律儀に肥料やお金、勝手に採ったことに対する謝罪とお礼の手紙まで残していく人達もいたのよ。魔物である私の報復が怖かったのでしょうけどね」
「きっとそれだけじゃありませんよー!こんな美味しい果物達ですもの、作ってくれたローゼさんにお礼がしたくて仕方なかったに違いありません!」
パイをもぐつきながら、社長は断言する。淑やかに喜ぶローゼさんとの対比は、失礼ながら親子に見えてしまった。…こんなこと書いたのバレないようにしないと。多分2人はほぼ同じ歳だし。
「でも、ギルドに登録されてしまってから大量に人が来るようになってしまって。それでも間に合うほどには成っているのだけど、中には酷い人達がいるの…」
ローゼさんの声が一段と沈みこむ。どうしたのかと私達が気にかけていると、彼女は机をダンと叩いた。
「採れるだけ片っ端から千切っていって、バッグに入らないからって捨てていく人。熟していないものまで盗っていく人。根っこごと引き抜いて盗っていく人。他にも…!」
罪状をあげているだけでむかっ腹が立ったのか、ローゼさんはわなわなと肩を震わす。彼女の身体から生える蔓は逆立ち、怒髪天ならぬ怒蔓天。慌てて私達が宥め、大分落ち着いた。
「…ふーっ、ごめんなさい。話していたらつい…」
今度はしょぼしょぼに萎れるローゼさん。だが怒りが完全に消えたわけではないらしく、恨みが垣間見える声で訴えた。
「だから、そんな彼らをとっ捕まえてほしいの。食人植物とかで対策はしているのだけど、そういう人に限ってしっかり仕留めてから盗っていくのよ。お願いミミン社長、力を貸して!あいつらを草木の栄養にしてあげるんだから…!」
そんな彼女に、社長は満面の笑みで答えた。
「お任せくださいローゼさん!ご協力は惜しみません!」
「でも社長、どうするんですか? 宝箱置けるような構造でもないですし…」
私はこそりと社長に耳打ちした。盗られるのは壁や天井になる花や果物。地面に置く宝箱とは相性が悪い。ぶら下げるという方法もあるが、綺麗な景観をぶち壊してしまうだろう。
「大丈夫よアスト。ローゼさん、
そう言い社長がポンポンと叩いたのは、座っている大きな花だった。
「これよりも小さく、そうですね…私の頭が入るほどの花弁があれば充分なのですが」
「あんな感じかしら?」
ローゼさんが指さした先にあったのは、そこそこ大きな花。確かに社長の条件通りである。ようやく私は気づいた。
「社長、もしかして…」
「気づいた? そう、下位ミミック『群体型』の子を派遣するわ!」
「群体型?」
首を傾げるローゼさん。社長はここぞとばかりにカタログを取り出し、該当するページを開いた。
「このダンジョンにはこの子がおすすめです!」
「あら…蜂みたいね」
ローゼさんの感想はほぼ的を得ている。社長が勧めたミミックの別名は『宝箱バチ』。姿こそ普通の蜂だが、赤と緑というなんとも奇妙なカラーリングをしたれっきとした魔物である。
「本来宝箱の中に潜んで小さな巣をつくり暮らす子達なのですが、最大の特徴はその毒針にあります。一刺しで人間を痺れさせ、丸一日は動けなくするんです!」
「それ良いわね!動けなくしてくれたら簡単に蔦で絞めることが出来るわ!」
「更に食べるのは花の蜜とかお肉ですから、ここならば勝手に調達してくるでしょう。必要以上に巣を大きくすることもありません。常に警戒飛行させて、盗り過ぎた冒険者達を狙うように教育させときますよ!」
「いいことずくめじゃない!その子でお願い!」
「毎度あり!ただ、一つ問題があって…」
「なにかしら…」
「この子達、一つの巣に住む絶対数が少ないんです。この広いダンジョンをカバーするにはそれなりの数を派遣する必要がありまして、その分お代金が…」
「あぁ、なら捕まえた冒険者達の装備は全部あげるわ。要らないもの。足りなければ私が育てた作物でどう?」
「最高です!商談成立ですね!」
交渉がまとまり、和やかな空気が流れる。と、社長はローゼさんにある提案をした。
「先程間引いた果物が残っていると仰っていましたよね?」
「えぇ。持っていく?」
「是非! …いやそうじゃなくて。多分私達が貰っても余る量でしょう。腐らすのも勿体ないですし、追加案として提案なんですが…」
「ふんふん…アリね、それ!」
「ありがとうございます! そのお代金なんですが…」
「ぐっ…重い…」
帰り道。社長入りの箱(大量の果物入り)を抱え、私はひいこら言いながら歩く。台車持ってくればと心底後悔した。
「頑張ってアスト!帰ったらこれでケーキ作ってあげるから!」
「社長料理できたんですか…。いえそれよりも、追加案で貸し出したミミックの代金、果物で貰っていいんですか?」
「なんかさらっと酷いこと言わなかった? 良いじゃない、美味しいんだから。これから継続的に貰えることになったし、社食が豪華になるわよ!」
「いやまさか、あんな大量にくださるとは…。人間達の相場に直すと、それだけで今回派遣するミミックの代金を大幅に上回りますよ」
「その分しっかりアフターサービスや追加無料派遣しないとね! ん、美味しい!」
「あ、社長ずるい!」
…追加案の内容を書き忘れていた。一言で言うと、それは如何にも『ミミックらしい』ものだった。
でも、もう頁も終わりかけだし書かなくともいいか。どうせこれ、日記のようなものだし。
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