第十三話 クレーマー

 



「──いらっしゃいませ!」


 明るい声が店内に響く。接客慣れしたようなそれは存分に客を迎え、また来店した客を心地よい気持ちにした。

 見た目子供な猟奇的人間は、かなりの接客マスターのようだ。

 私は引き攣る目元をそのままに、客から手渡された金銭を受け取り情けない声で礼を述べる。客はそんな私を鼻で笑うと、買い取った瓶を片手、早々に外へと出ていった。出ていく際、イゼに対しにこやかに笑んでいたのは見なかったことにしたい。


「……なんなんでしょうね、今の客。腹の立つことこの上ない態度でした」


 出迎えた客をリリィの元へと誘導して一拍。呟いたイゼに私は軽く肩を竦めた。客の心境など知るものかと吐き捨てれば、「狩ってきましょうか?」と鉄パイプを掲げられる。


 お前はなぜそこまで好戦的なんだ。


 私は即座にイゼを止めながら嘆息した。


「どういうことだ!! 話が違うじゃねえか!!!!」


 と、突如として店奥より響いた怒声。何事だと振り返れば、小柄なリリィを見下しながら吠えている客がいる。

 唾を飛ばす勢いで大声を荒らげる客に、イゼと二人で顔を見合わせた。

 助けるべきか。否、助けずとも彼女ならばなんとかするはずだ。ここは大人しくしておいた方が身のためかもしれない。

 そう考えるものの、客が拳を振り上げたところで体は勝手に動いた。「なにしてるッ!!!」と吠えれば、振り返った客の顔に目がいった。


 その客は鬼の面を付けていた。怒りを表す、赤い鬼の面だ。

 つり上がった目元。剥き出しになった牙。そして面より伸びる赤い角。

 なぜ祭りでもないのにそんな仮面を付けているのだと問いたい気持ちに先ず駆られ、すぐにイゼにより足を蹴られたため現実へと舞い戻る。いけないいけない。しっかりしなければ。


 私はゴホンッと咳払いしてから、「何事ですか?」と問いかけた。この際営業スマイル(ただし下手くそである)はなしだ。なし。

 必要なのは相手を威圧する雰囲気。それだけで十分だろう。


「うるせえっ! 話に入ってくんじゃねえっ!!!」


 客は怒鳴った。力任せに。

 面の力も協力していることにより、その迫力はなかなかのものだ。現にちょっとばかし足を引いた。恐ろしい恐ろしい。


 イゼが呆れたように見てくるのを背中越しに感じながら、再びゴホンッと咳払い。「うちの店主に手を挙げられては困ります」と慣れぬ敬語を口にする。


「ああ!? 知ったことかよ!! 大体コイツが、この魔女が、俺を騙したのが悪いんだっ!!」


「騙した、とは?」


「俺の感情を制御することが出来ると言っていたんだ!! 確かに!! コイツは!! そう言った!!!」


「夢の中でのみ、とかそんなこと言われませんでしたか?」


「覚えてねえよんなことっ!!!!」


「知能の劣化が伺えますね。ちょっと刺激でも送りましょうか」


 言ってチェーンソーを取り出すイゼを慌てて止め、「やるならタライにしろ!!!」とよくわからないことを口走ってから視線をリリィへ。凄まじく面倒そうな顔の彼女を一瞥し、「真実はどうなんだ?」と問いかけてみる。おおよそイゼの言った通りだと返された。


「私は嘘で偽った商売など致しません。この方にはきちんと、説明しました。夢の中ではあなたの感情の暴走も治まります、と。お客様はそれを理解した上で夢を購入していった。こんな事もあろうかとキチンと言質も取っていますしサインも頂いています。怒鳴られる必要も殴られる必要もないはずですがね」


 取り出された録音機と一枚の紙。再生された小型の機械からは、確かにリリィの言う通りの会話がなされ、紙には『私は夢の中でのみ感情を制御できるということを理解し、これに同意し夢を買います』とサイン付きで記されている。抜け目ない店主に思わず脱帽したのはここだけの話だ。


「ということは、お客様が勝手に過去の記憶を消し、勘違いし、勝手に魔女リリィに怒鳴り散らしているということですかね?」


「そういうことです」


 頷き合う新人と店主。

 客はいつ変えたのか、黒い、かなり怒り心頭といった様子の鬼の面の下、「そんなの作ったに決まってる!!! 偽物だ!!!」と声を荒らげる。


「偽物かどうかはともかく、店員に怒鳴り散らすのは人として酷く情けない所業だと思いますがね」


「んだとガキっ!!!」


「い、イゼ、口を慎め! お、お客様、すみません! この子は少し生意気なところがありまして……!」


「ガレイス、敬語を使う必要などありません。我が店で荒事を起こそうとした輩など、既に客に非ず。これ以上喚き散らすならば──処します」


「頼むから落ち着け」


 どうして事態を悪い方向へ持っていこうとするんだコイツらは。


 思わず嘆息すれば、「ひいいぃいい」の声と共に客が私の後ろへ。青くなった、情けない表情を浮かべた面の下、「こ、殺さないでくださいっ!!!」と震えながら縮こまる。


「僕は記憶力が悪いんですっ! だから忘れることだって多々ありますっ! 今回だってそうですっ! 忘れたんですっ!」


「それだけなら別に構いませんよ? 忘れることなど誰にでもありますので。けれど、問題はそれに甘んじ、思い出そうという努力すらせずに我が店に怒鳴り込んできたこと。ましてや、か弱いレディである私にその拳を振りあげたことです」


 リリィの発言に「か弱い?」と思わず首を傾げたところ、客がさらに縮こまりながら「すみません……」と謝った。なんだ、謝れたのかコイツ、と若干失礼なことを思考した時、面の輩は言った。「謝罪代わりにいいこと教えてさしあげます」、と。

 菩薩のように穏やかな笑みを浮かべる白い面の下、客はにこやかにこう告げる。


「世間では間もなく、魔女狩りが開始されるそうですよ」


 落とされた爆弾は、この場の時を止めるには十分な力を持っていた。

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