4―3

〈ウェンズデイ、今回の任務、本当に二つ返事で受けて良かったのですか?〉

「ジウどうしたの? 何かヤバい演算でも出た?」

〈いえ、まだ何も。強いて言えば危機を演算できるほど材料が揃っていないことが不安と言うか〉

「アンドロイドって勘みたいなものがあるの?」

〈……まあ、人間で言う所の『勘』なのでしょうね〉

 確かにマスターが極秘任務を伝える際に盗聴の可能性が低い場所を選ぶ事はありますが、だからって今回の案件は唐突にすぎます。任務の内容も通常の極秘任務であれば社員に情報の詳細を伝えるもの。それをあえて無知の状態にしていた方が都合がいいとなると……今まで様々な厄介ごとに巻き込まれて来ましたが、それは結果的にそうなってしまった事。はじめから難易度の高い任務に就くのは今回が初めてです。

「ジウってば心配性」

 ウェンズデイはそう言うと普段着を脱いで下着姿になり、その上に宇宙服を着始めます。

〈最近はツナギをめっきり着なくなりましたね〉

「ん? まあ、ね」

 そっけなく答えたつもりでも、私は彼女の声の揺らぎを聞き逃しません。

 サマートランスポートが誇る戦闘用宇宙制服「玄武ショワンウー」。ネーミングセンスに乏しく、また出身惑星から家出同然に抜け出したマスターは名づけに共通語を使うことが多いのですが、ここぞという兵器に関しては母星の文化を引用した名づけを行います。

 その特徴は玄武、亀の甲羅の如く緑がかった黒を基調にしたカラーリングと、上半身を覆う一体化したチョッキ。このチョッキはレイガンなどのホルスターやそれらのエネルギーチューブ、弾薬、手榴弾などを多数収納できると同時に通常の戦闘用宇宙服をはるかに凌駕した防弾性とレーザーの減殺性を誇ります。

 玄武は基本的にサマートランスポートの外勤の航路開拓部の職員が着用するものです。理由は二点。未到達の航路には宇宙海賊が潜んでいる可能性があり、交戦の際には装備の差が戦況を有利に導く事。そして、玄武は外見が戦闘をイメージさせるのでお客様への印象が悪く、BtoBである彼らの方が着用の機会に恵まれているという事。

 ロケット野郎は基本的に宇宙港から宇宙港へと荷物を届けますが、時たまお客様に直接お荷物をお渡しする事もあります。宙域の治安にもよりますが……一般的に武器などを大量に携帯した人間に対する印象はあまり良くない、と言うのがサービス業のセオリーです。

 加えて玄武は市販の戦闘用宇宙服と異なりストレッチ機能が無い、オーダーメイド使用。気密性の高い宇宙服は着用に時間がかかるので、一度着たら着替える事はほとんどありません。それに平均的な女性と比べて豊満なバストを持つウェンズデイは胸部の圧迫感を嫌い、ツナギばかり着る傾向があったのですが……惑星ホノールの一件以来一転、シャトルに乗るときは胸を潰す玄武を着るようになりました。

 理由を尋ねてもウェンズデイはそっけない笑顔で「なんでもない」の一言。話題をはぐらかしては仕事に打ち込みます。お世話係である私はこれが彼女に自立心が芽生えたのか、反抗期なのか――それとも別に理由があるのか。ホノールの一件で何か大きな変化があったのは間違いありません。サル部の部長として部下を導き、ロケット野郎としても精力的に仕事を打ち込む様子は保護者として嬉しいのですが……どこか表情に影があると感じるのは気のせいでしょうか。

 せめて記憶さえあればよかったのですが、あの時の私はSOS発信のバッテリーを維持するために、その機能の多くをウェンズデイの手によって解体されました。ゆえに、私はホノール前後の彼女の様子を比較することでしか変化を予測することが出来ません。核心に触れられない事のなんと歯痒い事か。

「よーし、準備完了!」

 ロッカールームにウェンズデイのやる気に満ちた声が響きます。まあ、元気に越したことはありません。そのまま私達はマスターに指定されたシャトルに向かって歩みを進めます。

「ねえジウこれって……」

〈……〉

 業務用宇宙港には貨物か納品先に合わせて様々な種類の宇宙船が所せましと並んでいます。この二年間でウェンズデイと私はそのすべてに乗り込んだ経験がありますが――

「新型⁉」

 ウェンズデイは見慣れぬ五〇メートル級のシャトルを前に興奮を隠せません。

 外見こそ普段使用している貨物シャトルに似ていますが、本来貨物スペースのあるシャトルの後部には外側からハッキリとと分かる見慣れぬ装置が装備されています。一体これは何なのでしょう。

 しかしそれも船としてしまえば子細が分かる物。私達は普段通り宇宙船に乗り込み、誘導に従って宇宙空間へと飛び出しました。

「どう? 何か違う所ある!」

 左隣のサブシートからウェンズデイはエメラルドグリーンの瞳を興味に輝かせて私の顔を覗き込んできます。ウェンズデイ、船と一体化した私の視覚はすでにそちらに無いと言っているのですが……。

 私は瞳を閉じた自身のハードを覗き込む彼女を船のカメラで見下ろしながら、船のマニュアルを読み込んでいきます。

〈……そうですね。まず一点、この船は外観通り新装備が貨物スペースの大半を占めています。武器庫は通常通りありますが……緊急時以外はその奥の僅かに用意された貨物を解放できないようになっていますね〉

「冬眠ポッドに入っているのってお金持ちの親戚なんでしょ? そんな、本当に物みたいな扱いで大丈夫なのかな……」

〈こればかりは人間性よりも安全性を優先したようですね……。機械の私も引くレベルの処置です〉

 人道上の問題はもちろんの事、運送中もの確認が出来ないというのはロケット野郎としてもあまり気分が良いものではありません。荷物によっては少しの衝撃で性質が変化するものもあり、それに合わせて運転のやり方を変えるのも腕の見せ所。完璧な加減を設定できないのは機械としても気分が良くありません。

〈それと、この船戦闘モードがありません〉

「……え?」

〈そもそも船自体に兵装の類がありませんね〉

 星間運送業社は宇宙海賊との交戦等のトラブルに対応するために何かしらの兵装を装着するのがセオリーですが、船の中のあらゆるシステムと一体化しているから理解できます。この船にはレーザー砲や機関銃といった通常兵器が一切備わっていません。コードAを受領しても船体の偽装が割れて変形するギミックも搭載されていないようです。

 それを伝えるとウェンズデイは「えー……テンション下がる……」と露骨にやる気をなくします。この辺りがレッキングシスターズと呼ばれる所以なのか、その戦闘寄りの思考はどのように教育するべきか課題ですね……。

〈その代わり――〉

 私は船にあらかじめ設定された航路へと舵を取るために新装備を起動させます。

「……⁉」

 ウェンズデイは慌てて玄武付属のヘルメットを被り、バイザーをスモークモードへ。私も船のシャッターを下ろしつつ新装備の出力を徐々に解放してゆきます。

 亜空間の歪みに干渉し船の目の前に眩いライトブルーのトンネルが開きます。人間であればシャッター+スモーク越しでも眩しいと感じる強烈な青の中を進む、宇宙を航行する現代人にお馴染みのワープ航法。

「今日はいきなりだね」

〈この船我が強いんです。既定の航路に入ると操縦者の意思を無視するとかふざけてやがります〉

 マスターはどれだけ過保護なのか航行ルートの設定に装備の発動タイミングまであらかじめ船に詳細にプログラムを施していました。よほどのことが無い限りこのプログラムは解除できないようですね。ほぼほぼ自動操縦。これでは私の出番もありません。

〈その代わり、この船かなり面白いものを見せてくれるそうですよ〉

「?」

 首を傾げながらもウェンズデイは気配を察知してモニターへと目を向けます。そこには光を抑えたライトブルー一色のワープ空間が表示されています。その一面の青がいきなり歪むとトンネルが広がります。

「これって……」

 スモーク越しにウェンズデイの表情が驚愕に歪みます。私も船から情報を得ていなければフリーズしていたでしょう。

 貨物船に備えるにあるまじき巨大な装置。その正体は惑星メルボの宙域を脅かしていた宇宙海賊が使用していた次世代のワープ装置「ダイバー」だったのです。

 正確にはダイバーを改良、小型化した「ダイバーⅡ」と呼ぶべきなのでしょう。本来であれば数分間で通過する、宇宙空間をショートカットするワープ航法なのですが、この装置を利用する事で件の宇宙海賊は長時間ワープ空間に潜航し、宇宙軍の捜索から姿をくらます事に成功していました。

 ダイバーⅡにもその機能は備わっていますが、この装置の真価はそれにとどまりません。巨大な装置はワープ空間の安定化と亜空間に広がるマップの深い演算を可能にし、亜空間から亜空間へと、潜航状態のまま目的地に移動することが出来ます。

 宙域に姿をさらさずに移動できるとなれば武器が要らないのも納得です。現状、この状態で攻撃を仕掛けられるのは同じようにダイバーⅡを搭載した宇宙船だけ。欠点があるとすれば貨物スペースを圧迫する事と、亜空間移動を繰り返すごとに装置に熱がこもって臨界点に到達する前に冷却する必要がある事の二点にありますが、プログラムを確認すると冷却目標地点は通常のワープ一回分を残す距離。何かトラブルが発生しても十分に対応できる地点です。

「……何も知らされていないのは嫌だけど……ママって本当にすごい……」

 尊敬と呆れとで大きなため息を吐きながら、ウェンズデイはモニターで繰り広げられる青い穴が広がる様を食い入るように見つめています。私も船がトンネルを通過するごとに経験値が強烈に増加するのを感じます。MaiDreamシリーズの処理能力をもってしても、突飛なスケールの出来事は月並みな表現ですが「驚く」他ありません。

 普段であれば航行の間の空き時間をウェンズデイの勉強時間に当てるのですが、人間の視界ではワープ空間の光は手元が暗く、また予想総航行時間は一時間にも満たない、ちょっとしたお使いの時間。そんな状態で勉学の集中力が発揮できるはずがありません。

「すごいなぁ……」

〈……〉

 大人びる事は嬉しいのですが、私としてはウェンズデイが今のように無邪気に笑っている姿が何よりもしっくりきます。このところ無理に気を張っていた彼女が感情を無防備にさらけ出している貴重な時間に水を差すのは野暮というものです。

 私はダイバーⅡを中心に航行を続ける船を監視しつつ、船内カメラでウェンズデイの姿を観察し続けます。これが親心なのでしょうか。やはりウェンズデイには無邪気な笑顔が一番似合っています。


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