第6話 選択

 空虚さと彼女への葛藤は日を追うごとに強くなっていた。

 今回の任務は実戦ではなく、新兵に生き残る術を叩き込む訓練教官としての役割だった。いずれ僕らにとって代わるであろう彼らは未だに、幼さを体に残していたが、目や心のありようは兵士として完成されていた。

 僕と同じように戦うためにデザインされた彼らをいたぶる。

 彼らはなにも感じない。一度犯したミスを繰り返したりはしないし、どんどん僕の攻撃パターンを学習していく。まるで機械かなにかのようだった。

 僕自身ができたことであり、それを多くの後輩たちができるというのは、社会には有益になりうるだろう。仕事としても楽に終わるのはありがたい。

 しかしどうしようもなく不快だった。彼らの鉄の体の中から見える無感情な目が、なにも感じない鉄の心が。それが僕自身と同じものだと理解できたことが。僕の神経を逆なでする。

 そして、それに何故不快感を覚えるのかという疑問すらも、また僕を苛立たせた。

 僕にもナノマシンは入っているはずなのに、なぜナノマシンは僕のこの苛立ちを解消してくれないのか。それともこれこそが今の僕の精神の安定に必要のものだとでもいうのだろうか。

 訓練用のD-roidがライフルからペイント弾を打ち出し、同型のD-roidを容赦なくペンキまみれにする。

 無様な色に染め上げられた敵の機体はまるで僕のまとまらない情動をそのまま映したかのように思えた。

 訓練終了を告げるアラーム音が響き、外部のオペレーターの操作で訓練用D-roidとのリンクが解除される。

 鉄の体は魂を失って、体に残された帰還命令がぼくたちを基地へとはこんだ。

 揺れる鉄の体はまるでゆりかごのようで、地獄が僕の故郷ならそこで僕を守り続けたD-roidはあるいは、母のようなものかもしれない。と感じた。そして連想ゲームのように考える。父はだれだろう。常に自分を律し,後押しし続けた体内の働き者たちだろうか。

 そんなことを考えながら基地につこうかというとき、体がバラバラになるような衝撃が背中に叩き込まれた。衝撃の原因を考えるよりも早く、さらに激しい衝撃がなんどもコクピットを襲った。リンクが切断されている今、D-roidの疑似神経から痛みを感じることはないが、D-roidの状況を把握することもできなかった。訓練用の薄い装甲を貫く衝撃は疑似神経など通すまでもなく、僕を物理的に殺しかねない。

 鉄のゆりかごはそのまま棺桶に変わろうとしていた。緊急通信はつながらない。どうやら僕は邪魔になったようだった。

 訓練中の新兵の暴走。なるほど、事故としてはありがちだ。依頼主への緊急通信手段すら封じる計画性のあるものを事故とよべるならば、だが。

 傭兵稼業でこういった裏切りを想定しない間抜けは当然だが皆無だ。ナノマシンの力で激痛にまで抑えられた感覚に耐えながら、たった三文字、緊急コードを端末に打ち込む。

「こい。アイビー。」

 僕のコードから危機を確認した僕だけのゆりかごは、ステルスを解除し、各部のブースターが咆哮する。ナノマシンと端末を利用した遠隔リンクでアイビーのカメラと僕の目は同一の物になる。久々の遠隔リンクは直接リンクよりも体の動きが鈍く感じた。それでも今の僕には十分だった。

 ペイントまみれの機体から撃たれ続けるボロボロの体に、僕の体が肉薄する。構わず打ち続ける敵の弾丸も関係なかった。弾よりも早く、ことをすませばよいだけのこと。

 振りぬいたブレードがコクピットハッチを切り裂き、僕の手は僕自身を取り戻す。

 僕の体を開き、魂を入れると靄のかかった体の感覚が晴れていく。ナノマシンとアイビーは直接リンクが開始された。

 そのあとは簡単だった。自分の今まで感じた苛立ちのままに。アイビー僕の力をふるった。

 そこまでする必要はなかった。敵の機能を停止させて上に報告してしまえば、それで違約金をうけとって終了だ。だが。


「関係ない。」


 はじめて、仕事以外で初めて誰かの居場所を。燃やし尽くして僕の故郷と同じにした。

 何かから解放されたような。見捨てられたようなそんな気持ちになった。新しくできた故郷は何故だか、僕の居場所ではないような気がした。


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