第12話 遺書と統合失調症
【木村 冬眞 十二】
部屋に入ると、鉄の匂いがした。
部屋は真昼だというのに真っ暗だ。僕は部屋の電気をつける。すると、壁の隅から隅まで血で書かれた文字がびっしりと
床も、天井にも細かく、何が書いてあるのか全く分からない。見たこともないような文字だ。
そして部屋の中心に大きな魔法陣が描かれている。その中心には血だまりの乾いたものが残っている。
事件の概要と同じ、白いツローリングの床に、物凄く精密な血で書かれた魔法陣。しかもすべてひすみさんの血液で書かれているとなれば……相当な時間がかかっただろう。
――何のために……
部屋はそこまで広くはなく、ベッドに小さい棚が二つ。そして机と椅子が置いてあるだけだ。
しかし、武器と思われるものがそこかしこに置いてあった。枕元、机の上、机の隣、棚の隣……ここにもし、不審者が侵入したら悲惨なことになるだろうと僕は考えた。実際に酷い目にあっているのはひすみさんの方なのだが……。
窓を開けようとカーテンに触れた。分厚い遮光カーテンだ。しかし部屋が異常に暗いのは遮光カーテンのせいではなかった。
窓にアルミを貼ってある。更に遮光カーテン、窓はガムテープでガチガチに固められていた。酷い病質感を僕は感じ、恐怖すら感じた。
ホラー映画などでありがちだ。新聞などで窓を総べて覆い隠し光を遮断して室内を暗くするという方法だ。
――でも……なんで……
僕は窓を開けることを諦め、彼女の机を調べることにした。
ノートやルーズリーフの類が入っている。そして、机の下の部分に小型のトランクのようなものがあるのを見つける。これがお母様の言っていた箱だろうか。
僕は一つ一つ鍵をそのトランクに試し、金色の鍵でそのトランクが開いた音が聞こえた。そこにはノートが6冊入っていた。いくつか手に取り、表紙を見る。
「遺書……?」
ノートの表紙に書かれていた文字はすべて【遺書】だった。
100枚1冊のノート。
――なんだこれ……殺されたのではなく自殺だったのか? いや、どう考えても自殺は状況的に考えてありえない。
そう思い、遺書の一冊目をめくると、酷く神経質な小さい字で隙間なく文字が書いてあった。綺麗とも汚いとも言えない癖のある字。しかし見た事のある字のような気がした。
〈私が死にたいと思い始めたのは、小学生の低学年からだった。大人になって色々勉強して解ったけれど、これは『自殺念慮』というらしい。どうやら私は生きる事そのものが向いていないらようだ〉
それに、そんな幼少期から自殺念慮があったなんて…………。
僕はそれを読み進める。
〈大切な人の痛みや苦しみに触れることができないのは、十一歳くらいのときに痛いほど解った。いくら私がその人の為に何かしてあげようとしても、それは結局『自分がそうしたいから』という欲求でしかない。それは相手の意思とか感情なんて、微塵もそこには介在していない。仮に求められたとしても、その求めに応じるか応じないかは自分の選択でしかない。私は一生、大切な人の苦しみや痛みを理解することすらできずに生きていかなければいけないのか〉
ページをめくる。
〈例え相手と同じ状況になれたとしても、感覚量が異なれば苦しみの度合いも異なる。育ってきた環境や、本人の脳のパラメータによって本人の感覚量というのは計り知れないものだ。だから結局どうあがいても、相手を『解る』ことはできない。結局、人間は一人では生きていけないなどと
これが……子供が考えることだろうか。
一体どんな幼少期を過ごしたらこうなってしまうのだろう。僕はその神経質な文字を、やはり見たことがあったと確信する。どこで見たのかはまだ思い出せない。
僕は一時そのノートを閉じ、他の場所を探そうと棚の方を見た。CDが大量に並んでいる。どれも知らないアーティストだったが、明らかに他のCDと異なる扱いをされているCDがあった。
丁寧に布でくるまれていて、傷や指紋がつかないようにしているようにも見える。僕はその包みを開いた。
また紙が入っていた。四つ折りの紙を開くと『魔の呼び出し方』と書かれている。
現実主義なのに対し、こういうところは少し変わっているなと感じる。子供時代が遺書の通りなのだとしたら、奇行に走るのも別におかしくもない。
気持ちの逃げ場がないと人間は壊れてしまう。
〈魔と契るには性行為を行うという方法が語られることが多いが『指切り』が非常に有効であるということが解った。指切りと言っても、ただの小指同士を絡ませるものではなく、実際に指を切る行為である。切り落とすまでにいく必要はない。しかし、魔を従えるには並の精神力や覚悟では不可能である。大体は魔を知覚する前に知らずのうちに貪られるのが大概だ。その筋の人間がケジメとして指を詰めさせたりするが、これは知らず知らずの内に魔を呼び寄せている。たまに
――妄想……? 何か幻覚でも見えていた……? 幻覚や幻聴があったと思われる教授の手記はなかった。真面目にこれを書いているのか?
更に僕はそれを読み進める。
〈ただ、魔と契るにはそれなりの代償が必要となる。命か血液だ。私は魔と対話することに成功し、それを知った。私が話した魔は白蛇の姿をして私の前に現れた。にわかには信じがたいが、記憶と時間を司ることができるそうだ。上級の魔なのだろう。白蛇は神話の中でも、魔王ルシファーとして描かれることもある。いつか私が本当に時間を戻したい時のために血液を定期的に魔に与えよう。だがけして、私が魔に飲まれてはいけない。常に魔は私を狙っているのだから〉
僕は酷く不安な気持ちになった。
恐らく、これが悪魔崇拝と言われている原因だろう。
――幻覚や妄想やあるのなら…………
僕はそこまで考えて頭が痛くなってきた。それ以上考えるのを辞め、CDの方を見た。
パッケージにアーティスト名などは書いていない。裏を見るとヴォーカルの名前やバンドの楽器担当別に名前が書いてある。
ヴォーカルの名前の部分を見て、僕は硬直した。
「日隈……弥生?」
歌詞カードを取り出してヴォーカルの顔を見ても、明らかに女性ではない。
――同姓同名? そんな偶然があり得るのか? もしかして……日隈弥生は偽名?
そう思ったとき、まとまった記憶が僕の中で蘇る。
――お願い……君を助けたいの……。
病室に突然現れた女性が、真っ赤に泣き腫らした目を向け必死に訴えてくる。
――……君を助けたい。でも私には……できなくて……ごめん……。
肩につくくらいの淡い栗毛色髪の毛。涙で濡れた目は充血しているが、二重の大きな目で、長い睫毛が涙で濡れてよりその存在感を増している。
泣いているせいか、声は酷く震えていた。
――この人なら、絶対に……君を……助けてくれるから……。
そう言いながら、名刺を一枚渡してくる。
なぜだろう。この人を知っている気がする。初めて会ったはずなのに。
問う。なぜ泣いているのか。なぜあなたではできないのか。あなたともっと話がしたい。そう伝えた。
――……私には、時間がないの……もっと、君と話がしたかった……。
彼女は歩み寄ってきて、涙で濡れた手で頬に触れる。なおも彼女の目からはとめどなく涙が溢れ、その顔を濡らしていた。戸惑い、どう答えていいか解らずにいると、彼女は手を離し半歩ほど離れた。
――もう、行くね…………。
躊躇いと迷いが見て窺える。
――最期にひとつ……憶えていてほしいことがある……。
彼女の目を見つめる。
――私の名前は――――………。
僕は彼女の机にあるノートや書類をすべて引っ張り出して名前が書いていないか確認した。すると、大学のプリントか何かに名前が書いてあるのを見つけた。
「水鳥……麗……」
僕はその名前を見た瞬間、断片的な記憶が繋がり、顔を思い出した。いつも悲しげな顔をしていた女性の顔。
その美しい
「なん……だ、これ……」
僕が放心していると、後ろから声がした。
「何故知ろうとする?」
お母様かと一瞬思ったが、それにしては
振り返ってはいけない気がしたのだ。
しかし、僕はゆっくり振り返って声の主を確認する。
そこには白い大蛇が、魔法陣の真ん中からとぐろを巻いて首を
白蛇は僕を静かに見据えた。言葉を続ける。
「知らなければ幸福になれるところだったものを。無知は罪とは言うが、知らない方が人間の尺度で言うならば『幸福』になれるものだ」
蛇が流暢に話している。信じられない光景だった。話しているというよりは、頭の中に直接響いてくるような感覚。
「誰……なんですか」
緊張のあまり、敬語の癖が出てしまう。
蛇に対して『誰』というのは違和感を覚えるが、言葉を話す蛇などありえない。これは、明らかに現実的ではない『ナニカ』だ。白蛇は首を
「何を成せる? 脆弱な精神の者よ」
その蛇の問いかけに、抵抗する術もなく僕は答えた。
「教授に……僕の過去とこの事件が関係あると聞いて……」
白蛇は僕が恐れ
「確かにお前と関わらなければ、あの女はこのような有様になってはいなかっただろう」
「どういう意味ですか……。僕と日隈さん……水鳥さんの関係を知っているんですか……? 答えてください……」
その白蛇は舌を素早く出し入れしながら僕を見つめる。血の色のような紅い目。今にも絞め殺されそうで僕は極度に緊張する。
「私はあの女と契約した。人間が『神』『悪魔』『天使』と呼ばれるものと考えれば捉えやすいだろう。あの女は私を『魔の者』と呼んでいたがな」
「魔の者……」
その白い身体をよく見ると、まるで神聖なものであるように鈍く光を放っているようにも見えた。しかし、邪悪なものであるようにも見える。
先ほど読んだ紙に書いてあった「魔」というものなのだと僕の思考は繋がって行く。
僕が目にしているものが幻覚でないとしたら、水鳥さんの言っていたことは本当だ。けして妄想や幻覚症状があった訳では無い。
「今のお前に話をしても、理解には及ばない。お前の幸福があの女の最たる願いだった。手に入れたであろう? 『人生をやり直したい』と言っていたお前の願いは叶ったのだから……」
今まで蘇った記憶の日隈さんが、本物の水鳥さんであるなら、先ほどの紙に書かれていたように、自分の為に魔に与え続けたものを、僕のために使ってくれたということだ。
そう理解したとき、そこまで愛されていたことも同時に理解する。
まして、これだけ自己愛が強い人が……どうして…………。
「待ってください! 思い出したいんです!」
蛇は僕のことを黙って睨む。
「思い出したいのなら、全ての記憶を戻してやってもいい。ただし……この女が自身の代償を払ってまでお前に対して願ったことは、お前の『幸福』であり『やり直し』だ。こんなことを思い出したところで、お前は幸福にはならない」
「……」
恐れよりも、その奇怪さに言葉をただ失うばかりだった。
しかし、決断は迷うことなく一瞬だ。
「僕は……思い出したい。お願いします」
僕が頭を下げると、蛇は感嘆とした声を僕にかけてくる。
「人間とは、かくも愚かしい生き物よ……」
白蛇が僕にどこからともなく、林檎のような果実を出して差し出してきた。
「その知恵の木の実を食すがいい。人の罪の根源は浅知恵をつけたことに起因する」
僕は真っ赤なその果実を一口、口にする。甘酸っぱく、それでいて濃厚な罪の味がした。
それが喉を通過するたびに、せき止めていたダムが決壊するかのように記憶が蘇ってきた。一口食べるごとに涙が流れてきた。
思い出すことがつらく、途中で食べる手が止まることもあった。しかし、水鳥さんの受けた仕打ちを想えば僕は食べるのを辞めなかった。
そして全て食べ終えた時、何もかも思い出した。
何もかもを思い出すと、僕はなんて愚かだったのだろうとあふれる涙が止まらない。
――どうして……どうしてこんな大切なこと……
僕の姿も、その実のせいだろうか、不思議とその当初の姿に戻る。
髪は伸び、ガリガリに痩せた姿。確かにこれが自分の姿だと自覚する。水鳥麗さんの笑顔も泣いていた顔も全て思い出した。思い出すと同時に僕はすべてを悟った。自分の犯した罪もなにもかも。先ほど白蛇が言っていた言葉の意味も。
僕の目からとめどなく涙が溢れる。
今までの彼女の言葉をすべて思い出した。その言葉の意味も。
「思い出したか? お前を助けるために、私と正式に契約し、過去に戻りお前を助けた哀れな女のことを」
僕の今までの記憶の彼女は、未来からきた彼女だったんだ。
「どうして……死んでしまったんですか……」
涙で僕の目に映る白蛇の姿が歪む。
「あの女はお前を助ける過程で命を賭けた。だから死んだ。更に契約を違反したことによってあの女の過去は歪み、何度も何度も悲惨な死を遂げる煉獄に囚われている」
「そんな……!」
どうして僕のために……どうして僕なんかの為に……。そう考えると涙が止まらない。
助けたい。彼女が僕を助けてくれたように。
「僕も……僕も契約できますか? 彼女を助けたいんです……」
白蛇は品定めをするように僕の目をじっと見つめた。
「私は下級の者とは違う。目先の無粋な欲を肥やすためにそう簡単に契約はしない。…………が、あの女よりも劣る条件での契約であるなら、考えてもよい」
「協力してくれるんですか……?」
白蛇は僕を静かに見据える。
「あの女は賢く、気高い女だった。私と対等に話ができる人間などそういない。大体は私を感じるけで発狂し、耐えることはできない」
この部屋に入った人間が次々に発狂していったのは、この白蛇の魔に当てられたからだということが解る。
でも、なぜ僕はそうならないのか不審に思う。僕は精神的に強い方ではない。今も麗さんのことを思い出すだけで、美那子との平穏な“幸せ”を演じていたことも、何もかもが辛い。
気が狂いそうだ。
「歴史に名を残してきた異人の何人も裏では私と契約している。どの人間も有象無象の失敗作から群を抜いていた人間であり、そういった人間の血は特別だ。『契約』できる証でもある。その特別な血をもつあの女が、自分を犠牲にしてまで助けたお前は一体どれほどの者なのか、見定めてやろう」
僕は自分の過去を思い返す。僕なんかに一生懸命になってくれた麗さん。
僕は、別に何も持っていない。どうしてそんなに僕に尽くしてくれたのか、記憶が戻った今も解らない。
「契約は……生贄が必要ですか?」
白蛇は呆れたような声で僕に話す。
「人間はおかしなことをする。自分の祈りの為に他者の血や命を生贄として捧げるなど。その卑劣な祈りに、どれほどの価値があるというのか。自らの祈りであるなら、自らが血を流すべきではないのか」
白蛇は身体をうねらせ、口を大きく開けた。鋭い白い牙がその口から顔を見せる。
「『指切り』だ。あの女もお前の前で『指切り』をしただろう」
白蛇は身体を這わせ、ベッドの横に置いてあったナイフを一本僕に渡してくる。そう、普通の指切りではなく、本当の意味の『指切り』。
僕はそのナイフで左手の小指を深く傷つけた。鋭い痛みが走り、ゆっくりと流れる血が部屋に垂れる。
「契約成立だ」
僕はその白蛇…………『魔』と契約した。
◆◆◆
【水鳥 麗 十二】
「……え?」
私には理解できない状況が眼窩を突き抜けていった。法廷の呼ばれた被告人はラファエルだった。
――いやいや、おかしい。さっき捕まって今公判? そんなわけがない。では今までは脱走して会いに来ていた? それもおかしい。脱走したなんてバレていたら国中そのニュースで持ち切りになるはずだ。それに先ほど見たときと着ている服が明らかに違う。
私は絶句している間に公判が始まった。
「では開錠してください」
裁判官の声と共に、手錠と紐を解かれる。遠くからでも私の目はいいのですぐに解る。特徴的な長髪が何よりもそれを物語っている。
絶対に見間違いではない。ラファエルだ。
「被告人尋問を行いますので、被告人は前へお願いします」
ラファエルは証言台へと移動する。あの後姿を忘れるわけがない。先ほど見た後ろ姿と酷似している。
「では、まず検察官からお尋ねします。あなたは死亡した被害者の方と面識はありましたか?」
「いいえ、ありません」
私は驚きが隠せなかった。
普通に受け答えが始まったことにも。なにより、これは殺人の公判だ。
――ラファエルは人を殺していたのか……?
疑問の泡が水面にとめどなく膨れ上がる。水面が見えない程にその疑問の泡が溢れ出す。しかし答えはでてこない。
「死亡した男性のことは知っていましたか?」
「知りませんでした」
「なぜこの場にあなたはいたのですか?」
「犯罪組織の教唆により指示を受けました」
「その教唆とはどういう形で受けたのですか?」
「脳を実験に使われたので、脳に不可視の最先端チップが入っています。そのチップを遠隔操作し、私に指示を出しています」
私は唖然としていたところに、更に追い打ちで不信感が募る。ラファエルの言葉を聞いていて、ある言葉が浮かんだ。
心理学科の出だった私にはすぐにそれがなんなのか解った。実際に、本などで同じような話を読んだことがある。
『統合失調症』。
私は紙にそうメモした。
「警察や、国からつきまとわれ、監視されていました。パラボラアンテナのついた車が頻繁に走っていましたし、ラジオでも私の個人情報を放送していました」
「あなたが被害者を殺害したときに使用した凶器はこちらで間違いないですか?」
「その刃物は私のもので間違いないですが、私が部屋に入ったときにはすでに死亡していました。私は殺していません」
その後の裁判の内容をすべて事細かにメモをとった。
彼の訴える、推定妄想症状と思われるものもすべて。途中の証拠で『妄想型統合調症』と診断されている証拠が提示された。
――やっぱり……
私は話を聞いていてすぐに解った。冗談などではなく、真剣にそう訴える彼は自分が言っていることを事実だと確信している様だった。
「あなたのインターネット検索履歴に、統合失調症のことを調べているような履歴がありましたが、自分が統合失調症だと自覚はありますか?」
「統合失調症というのは、国から脳の実験を受けた人間がつけられるレッテルです。その診断を受けたら誰にも言葉を信じてもらえなくなります。そうやって事実を隠蔽しているんです。それに私は統合失調症ではありません。誤診です」
自覚症状のないのも、統合失調症の病理の特徴だ。誤診ですと言い放つ彼の言葉の、偽りのなさは私は真実だと感じた。
全部の背景が語られることもなかったので、解らなかった部分もあったけれど、それでも私はその公判をすべて聞いていた。
知らない住宅に侵入して人を一人殺したこと。その家族を次々と切り付けた事。重篤な統合失調症だということ。私の2つ年下であること。
犯行の動機は教唆によるものだと一貫して主張していた。これでは検察は動機を挙げられないだろう。
――ただでさえ本人もあの状態では……
私はどうしようもなくつらい気持ちになった。精神疾患は理解してもらえない。特に統合失調症では
でも、私に会いに来たラファエルは統合失調症ではなかった。しかし、見た目も証言台にいる彼と相違ない。
――どうなっているんだ……。何が起きているのか解らない
途中、証言台にいる彼が感情的になって取り乱す場面があった。
裁判長の命によって裁判は休廷した。そのとき、おとなしく両手を刑務官に差し出し手錠をかけられて紐を繋がれ、連れていかれる彼の近くに私は駆け寄った。
それを感じたのか、彼は私の方を見る。
うつろな目だ。
私と目が合って数秒、見つめ合う。
「ラファ……」
口に出そうとした名前が、真の名前でないことを思い出す。
――君はなんて名前なの?
他の言葉を口に出そうとしても、私の喉から言葉が出てこないままだった。彼は私を見つめていた視線を外して、刑務官に連れていかれた。
その光景を見て、私は前にもこんなことがあったような気がした。訳も解らず動揺する。
――これは一体……どうなっているの……
私は一度、法廷からでて、被告人の名前の蘭を見た。
そこには『木村 冬眞』と書かれていた。
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