第56話貧血の村

 借りを返すということでルティアの頼みを了承したソリトは、ルティア達と増血剤を欲している村へと向かった。

 その道中で霧が立ち込めてきた。ソリトはドーラに竜車を止めるよう指示する。


「着替える。一応入るなよ」

「入りませんけど?分かりました」


 ソリトは竜車内で紅姫の籠手を外してバトルジャケットからコート・ザ・ガードに着替え直し、再び籠手を装備し直し、外に出る。


「良いぞドーラ」

「はいやよ」

「そういえば、アランさんに頂いてから着ていませんでしたね。でも、突然どうしたんですか?」

「念のためだ」

「増血剤を売るだけですよ」

「そうだな」


 ただの勘違いだと良いが、ソリトは胸騒ぎを抱きながら進んでいると、村の影が小さく見え、しばらくして村に着いた。


「誰もいないんよ?」


 村の方も霧が掛かっている。村の状況は人がいるような雰囲気がないほどに閑静としていた。


「霧が出てるわりに寒くないですね」

「…………ああ」

「ソリトさん?どうかしました?」

「……いや」


 ソリトは気配感知で探る。


「気配が奥に集まってるな」

「話によれば教会を診療所代わりに使ってるそうです。おそらくそれでかと」

「………」

「ソリトさん?」


また黙り込んだソリトにルティアが呼び掛ける。


「ドーラ教会へ行け」

「分かったやよー」


 それからソリトは教会から少し離れた所でドーラに竜車を止めるよう指示して降りる。


「さて、いくらで売れるか」


 ルティアによれば、高くても良いから増血剤を買い取りたいという話だ。

 ソリトとしては出来るだけ高めに売りたい所。

 最終、どのくらいの金額になるだろうか。


「相場に詳しい奴がいれば良いが」

「出来れば程々に」

「一応商売だ。期待するな」


 とにかく聞いてみないことには分からない。

 ドーラには待ってもらい教会へ向かった。




「酷い」


 ルティアが見て言葉を溢した教会の中は床に敷いた毛布やシーツで寝込んでいる顔を青白くした村人で溢れていた。

 ポロッと言葉が出てしまうのも仕方ないとソリトは思いつつ事を進める。


「増血剤を持って来たんだが」


 近くにいた神父らしき修道服を来た男に尋ねる。


「もしかして、〝行商〟の方ですか。良かった」


 待っていたとばかりに即答して安堵の言葉を漏らす。


「しかし、酷いもんだな。全員が本当に貧血なのか?」


 ソリトは改めて教会内で寝込む村人達を見渡しながら聞く。


「はい……もう五日程になります。この村に【嵐の勇者】様が立ち寄られたのは」


 その言葉を聞き、ソリトはギルドからの報告でクロンズ達が村や町を回りその内の一つの村の悩みを解決したと聞いていた事を思い出す。


「ここ最近食糧難に見舞われていたのです。そこに【嵐の勇者】様が現れまして、これを使えば食糧難を解決できるだろうと一つの箱を村長は頂いたらしいのですが、箱を開けて中身を使ってから暫くして一人二人と徐々に貧血になって倒れていき」

「逆に悪化する一方って訳か」


 確認の一言に神父の男が頷く。

 改めてソリトは教会内を見てみた所、寝込む村人達は食事もまともにとれていないのが見て分かる程にやつれている。貧血もあって悪化の一途を辿り危険な状態だろう。

 無事な村人が少しずつ食事を与えているようだが、それも余り効果が無いように見える。


 何を思ってか、何か企んでいるのか、ただ名声を広げるために行った事なのかは分からないが、逆に苦しめる結果を出しているような様では馬鹿としか思い付かない。


「それで増血剤ね」

「はい」

「ちなみにその中身は何なんだ?」

「宝石のような大きな石だったそうです。そして【嵐の勇者】様はそれを飲むことで食糧難を解決する力を得られるという言葉に従ったのですが……それから暫くして村長は姿を消しました」


 クロンズは同じパーティだった時も独断専行したいのが行動に出ていて余り連携での戦闘が上手くはなかった。あの時は仕方ない、経験で分かっていくだろうと思っていたが、今でははっきり無理だとソリトは断言できると思った。


 ソリトの中で今はただ迷惑で不快な奴でしかない。抜けてからも今現在に至るまで迷惑と不快しか与えない。

 もはや一種の能力スキルだ。


「あぁ何故このような事に」


 勇者だから大丈夫だと無条件で信じた村長や村人達が悪いだろう。しかも飲み込む事で力を得るという怪しげな石、普通は怪しむ物だろうとソリトは考えるが、鵜呑みにするくらい追い込まれていたのかもしれないという別の考えが同時に浮かぶ。


「村長が消えたのは何時だ?」

「勇者様が去っていった日の二日後位だったと……その翌日から貧血になる人が出始めました」


 その宝石の実際の用途は食糧難を解決するようなものではない。このまま行けば貧血と餓死で村人は亡くなる。

 悪い意味では食糧難は解決するといっても良い。

 その考えはどうでも良い。

 本来は何に使われる物か、結果を見れば貧血を起こすという物となる。

 しかし、それなら村長が消えた理由は何だという話が出てくる。消える必要はない。消えたということは、消える必要が飲み込んだ石にはあった。

 何のために?

 神父も詳しい話は知らないようだ。

 とはいえ、考えた所でソリトには関係無いことだ。


「とにかく増血剤を寝込んでる奴に飲ませる。他の治療はそこにいる一匹の聖女がやる」

「まだ一匹って思ってたんですか!?」

「後ろを付き纏って来る鴨猫?」

「誰が鴨猫ですかぁ!ふしゃぁ!って鴨猫って何ですか?」

「知るか」

「言ったのソリトさんですね!」

「イメージが鴨と猫だったわ。ワルイワルイ」

「心が籠ってない!?」


 その時、誰かが笑った声が聞こえた。

 探ってみると、看病している村人やその子ども達が次々とクスクス笑いだし始めた。


「もぉ、笑われたじゃないですか」

「好都合だろお前には」

「え?」

「目の前の楽しく過ごせる日々を守りたいんだろ」

「………覚えてて」

「いや、すっかり忘れてた」

「ソリトさんらしい返事です!」


 それから、若干和やかで変な空気の中ルティアが【癒しの聖女】と名乗るとほんの少しだけ村人達の表情に明るさが戻った。


「あぁ、良い忘れたが俺は聖女様と違って慈善事業家じゃない。薬代はきっちり払ってもらう」

「ソリトさんそれはい…」

「黙ってろ。いいな神父」

「……はい」


 頭を少し起こして増血剤を飲ませようとしている途中、まばらだが、「【嵐の勇者】が来なければ……」と嘆く小言にソリトの心が少し浮わつく。

 とりあえずソリトは増血剤を出し、身近で苦しそうにしている女性の前で屈み飲ませようと頭を起こす。

 しかし、かなり衰弱していて飲める状態ではないようだったので、【想像詠唱】で中級レベルに向上している初級回復魔法を使い楽にさせてから再度増血剤を飲ませた。

 暫くして顔色が良くなり、赤みが戻った。

 増血剤は【見習い薬剤師】と【薬剤師】のお陰で品質は二段階向上し、とても良いとなっている。全快したらしく意識が戻った。


「これで安心だろう」

「ありがとうございます」

「安心はまだ早い。状態の酷い奴から優先に飲ませるから教えろ」

「ソリトさん私も半分請け負います」

「……そうだな。時間が掛かって急変されても困るしな……半分請け負ってもらうか」

「はい!」


 それからソリトとルティアは貧血の状態が酷い村人から優先的に初級回復魔法を掛けてから増血剤を一人一人飲ませていった。

 全員が回復した瞬間、看病していた神父と村人達の表情は明るくなった。

 悪化の一途だった状況が改善の方向に傾いたのだから当然の反応だろう。


「ありがとうございます!」


 神父と村人達が何度も感謝を述べる。


「礼はいい。それより増血剤と治療の代金だ」


 感謝などいくらでも表面で言い繕える。それよりは金銭で感謝を示す方が信用できる。ソリトが【調和の勇者】だと知ればきっと態度を裏返すのだろう。


 それからソリトは相場より高めに金銭を要求すると、村人達はそれに渋ることなく払った。


「感謝くらい素直に受け取るところですよ」

「とにかく俺は帰る。ここに用は無いからな」

「あ、私は残ります。実は、増血剤の他にもこの貧血の調査を頼まれてまして」


 ソリトは暫く黙ってじっとルティアを見た後、彼女の両頬を横に伸ばした。


「何を勝ってやってんだ?」


 言い終わると同時に頬から手を離す。


「ぅぅ……痛いですぅ」

「知るか」

「〝アインス・ヒール〟……でもソリトさん聞いたら断りますよね」

「そうだな。ただ、今回は手伝ってやる」

「……今日、やけに素直で優しいですねソリトさん」

「じゃあ後は頑張れ」

「ああああ!一言余計でしたぁ!待ってください!」


 外に出ようとするソリトの足にルティアがしがみつく。子供染みた止め方に驚愕してソリトは思わず足を止めてしまう。


「冗談だ。手伝ってやる」


 その時ソリトは自分達を見る視線に気付きそちらを見ると神父と村人達が集まって膝をつき懇願するような姿勢を取っていた。

 そこには回復させたばかりの者もいる。


「チッ胸くそが悪いな」

「え?」

「勘違いしないよう言っておくが、俺の場合、慈善事業じゃないから金は払ってもらう。必要ないなら別に構わないがな」


 後で請求して言葉を投げつけられるのは面倒なので、ソリトは言っておく。


「いえ、こちらとしても早急の解決を望んでいます。どうかよろしくお願いいたします」


 神父が頭を下げる。


「分かった、ただし先払いだ。安心しろ逃げる気はないというかしがみつくこいつがいるとあっても失せる」


 ソリトは足からルティアの首根っこを掴み引き離して持ち上げる。


「私はまた猫ですか」

「にゃーん。オレネコノコトバワカンナイ」

「理解してないのに猫が人と同じ言葉は話しません!」

「つまり喋る猫聖女」

「ち・が・い・ま・す。猫から外れてください」

「ほらポチお手だ」

「犬じゃないですし、私の名前変わってるじゃないですか!」


 今日も今日とてルティアのツッコミを無視して、ソリトは他に思い当たる事など情報を探ることにする。その間に村人達に金銭をかき集めて貰うことにしてもらっている。


 そうして、集めた情報の中で老人の話に一つ気になるものがあった。

 何でも東の方にある山の何処かに歴代の勇者が封印石という石に封じた邪悪な存在を隠した祠があり、一定の距離まで来ると何かに阻まれて行けないそうだ。

 クロンズ達が持ってきたのはそれかもしれない。入れた理由はもしかすると同じ勇者という存在だからかもしれない。

 ソリトも確信はないが思い当たる節や共通点がそれしかないので仕方ない。

 しかし、普通祠の物に手を出す奴がいるだろうか。


「………それでか?」


 他にも尋ねるがこれ以上はないという。

 それから金銭を渡されたが意外とかなりの額があった。

 契約書を互いに書き、サインをしてそれぞれの契約書を交換した。その際、万が一を考えて王国に目をつけられないよう、ソリトは自分とルティアの存在は伏せておく条件をいれた。信用はしていないので保証は出来ない。が、この件を解決すれば無下にはしにくくなるのは間違いないだろう。


「行くぞ、聖女」

「はい。それはそれとして、首根っこ掴むの……止めませんか」

「……後悔するなよ」

「ど、どういう事ですか?」


 ルティアの言葉を無視して、ソリトはルティアをつれて原因を探る行動に移り、ドーラと合流して村を探索する。



―――

気付いたら20万PVです。

ありがとうございます("⌒∇⌒")

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