異世界"イルト" ~赤の領域~

28.硫黄の街 ~メルカンデュラ~

◇◇

 "赤の領域"。砂嵐すなあらしの吹きすさぶ乾燥かんそうした大地。急峻きゅうしゅんな崖の側面に、幾つもの家が連なっている集落。家屋はことごとく破壊され──住民は一人もいなかった。


 人気の無い集落の中央には、黒い甲冑かっちゅうを着た二人の騎士達が、座り込んで話している。


「なあ、この村は"ドワーフ"共がいるんじゃなかったか? ──誰一人、いやしねえじゃねえか」


「他の連中に先を越されたのかもな。村人が全員いなくなるなんざ、俺達──"黒の騎士団"以外の仕業しわざとは思えねえからな」


「へへっ、そりゃそうだな。──ん? おい、あれ見ろよ」


 騎士の一人が指差した先に、二人の人影が見える。巻き上がる砂塵さじんに隠れて、人相にんそう判然はんぜんとしない。


「おっ、あいつらか。──さてはあの野郎共、"シェスパー"様の配下だな」


 二人の人影が、ようや視認しにん出来る距離まで接近した。騎士の二人は──剣を抜いて立ち上がる。


「な……誰だ、てめえら!?」


「──こんにちは。通りすがりの──伝説の"人間"です」


 人影の一つはそう言って、やいばの無い──つかだけの剣をかまえた。


「何だ、その剣は……? 刃がねえじゃねえか?」


「正直者にしか見えない剣なんです。……なんちゃって」


「馬鹿にしやがって、俺らを誰だと思ってやがる……。覚悟しろ、クソ野郎!」


 騎士は二人そろって、緑色の服を着た"夜色"の髪の男に斬りかかる。


 男──クウがつかを握りしめると、緑色の透徹とうてつした刃が突如とつじょとして現れた。


 騎士二人の剣がクウに振り下ろされる寸前、交差こうさしてはなたれた二筋ふたすじの斬撃が、騎士達を甲冑かっちゅうごといた。


 騎士達は、斬撃と同時に生じた風圧を受けて倒れ、そのまま動かなくなった。


「──お見事。クウ、随分ずいぶん剣が上達したじゃない」


 クウの隣の人影──フェナが賞賛しょうさんの言葉を送る。


「毎日、私と剣技けんぎ鍛錬たんれんをしてた成果が出てるわね。──討伐とうばつした騎士は、そいつらで通算つうさん何体目かしら?」


「16体目──かな」


 クウは今しがた倒した騎士二人のそばひざまづくと、両手を合わせて一礼した。


「──前にも、倒した騎士こいつらに同じ事をしてたわね。それはどういう意図いとの行動なの?」


謝罪しゃざい……みたいなものかな。亡骸なきがらには哀悼あいとうの意味を込めてこうするのが、僕の前世では当たり前だったんだよ」


「そんな気遣きづかい、無用だわ。──そいつらの鎧を見なさい。黒くて見えづらいけど、何度も返り血をびて出来たみがあるわ。他種族を幾人も理由なくあやめてきたクズのあかしよ」


「分かってるよ。だけど、そういう相手にも、同じ様にするって決めてるんだ」


「人間って、変わってるのね」


 フェナは倒れた騎士達の身体を探り、何かを鎧から抜き取ると、クウに向かってそれを投げた。


「うわっと。……何これ?」


「鶏肉のサンドイッチね。──こういう雑兵ぞうひょうは、携帯食料を常備してる事が多いの。ついでにお金とかもね。こいつらなんかには勿体無もったいないから、頂いておくべきよ」


「毒を食らわば皿まで、だね。僕も次からはそうしようかな」


 クウは早速さっそく、フェナに渡された携帯食料を食べる。


「壊され過ぎてるよね、この村。──フェナ、どう思う?」


「何かに襲われたみたいね。住民達は──集落を捨てて奥の方にそろって逃げ出した。黒の騎士団の仕業しわざという可能性もあるけど……別の、何かかも知れないわ」


「何かって、何?」


「"魔獣ビースト"──かも知れないわね」


 聞き覚えの無い単語に、クウは首をかしげる。


「イルトの脅威きょういは、大悪魔デーモンひきいる"黒の騎士団"だけでは無いの。"魔獣ビースト"とは、イルトの全領域に存在する、魔力を体に内包ないほうした大型生物の俗称ぞくしょうよ。この赤の領域で代表的なのは──"魔竜ドラゴン"ね」


「ドラゴン……。ファンタジー世界じゃ鉄板てっぱんだけど、やっぱりイルトにもいるんだね。──ドラゴンが、この村をこんな風にしたの?」


「確証は無いけど、考えておくべきかもね。村の壊れ方を見る限り、大型生物がいる事はまず間違いないから。──どうする? この奥に、行ってみる?」


「今、それを考えてるよ」


 警戒に満ちた目で、クウは村の奥へ続く空間をにらむ。


「まずは、"大盾のドルス"を探そうと思うんだ。──結局、セラシア王女の言ってた白と赤の境界付近では、彼を見つけられなかったからさ。彼がいるとしたら、もうこの先ぐらいしか考えられないんだよね」


 クウはそこではっとして、腰の袋をごそごそと探り、セラシアからもらった石魔ガーゴイルを取り出す。石魔ガーゴイルの目が、赤く発光していた。


「あ、着信アリだ」


 クウは石魔ガーゴイルを自分の口元に近づける。


「──もしもし、セラシア王女。こちらクウです。」


(セラシアですわ。クウさん、御機嫌ごきげんよう。……クウさん? その、"もしもし"というのはどういう意味ですの?)


「あ……気にしないで下さい。人間が遠距離で会話する時に、必須ひっす挨拶あいさつみたいなものです」


(あら、そうですの。覚えておきますわね)


 石魔ガーゴイルかいして、セラシアの上品な声が届く。


「セラシア王女、ご報告ほうこくします。現在僕らは"赤の領域"内の、ある集落に到達とうたつしました。がけ壁面そくめんに家屋がいっぱいくっついてる集落です。あと、砂埃すなぼこりがひどいです」


がけに家屋……。きっと、"メルカンデュラ"ですわね。別名、硫黄いおうまちと呼ばれる、高い建築技術を持つドワーフ達によって作り上げられた鉄鋼業てっこうぎょうさかんな土地ですわ」


「セラシア王女、ドワーフ達はいません。集落の大半は物理的に破壊され、住民の姿は皆無かいむです。──フェナの見立てでは、"魔獣ビースト"らしき大型生物が街を急襲きゅうしゅうしたみたいで……」


(それは、よろしくありませんわね。──わたくしからも一つ、お伝えしなくてはならない事がありますの。"大盾のドルス"ひきいる部隊が、黒の騎士団の猛攻もうこうを受け、赤の領域内へと撤退てったいした事が判明はんめいしましたわ。彼らは退路たいろふさがれ、赤の領域に追い立てられてしまったのです。そしてそれは、おそらく今まさにクウさん達がいる"メルカンデュラ"なのですわ)


 クウの予想は、どうやら当たっていたらしい。


("ドルス"の部隊は半数が死亡してしまいました。増援ぞうえんとして送り込んだ白の騎士達が、白と赤の領域の境界付近にて同胞達どうほうたち遺体いたいを……確認しましたの。生き残っていたわずかな騎士によって、今の情報はもたらされましたわ。──彼らが戦ったのはあんじょう、"十三魔将"のひきいていた"黒の騎士団"だったんですの)


「"十三魔将"……そうですか」


(クウさん、はじしのんでお頼み申し上げます。──ドルスを探し出し、彼の部隊をウルゼキアまで撤退てったいする手助けをして頂けませんか? 彼の部隊の被害ひがい甚大じんだいで、負傷兵も多くおりますの。今の彼らは黒の騎士団の雑兵ぞうひょうにさえ、不覚を取ってしまいかねませんわ)


「分かりました。これからどうしようかと思ってましたけど、これで迷う必要が無くなりましたね」


(ああ、クウさん……。感謝いたしますわ)


「お互い様ですよ。僕らだって、あなたに助けて頂きましたから。──では、セラシア王女。今後でまた連絡しますね」


 クウは、赤い光が石魔ガーゴイルの目から完全に消えたのを確認してから、腰の袋に石魔ガーゴイルを仕舞った。


 続いてクウは真横のフェナを見る。フェナは地面すれすれに顔を近づけ、何かをいでいた。


「クウ。この先──血のにおいがするわ。砂嵐すなあらし所為せいで鼻がきづらいけど、確かよ。今の話に出て来た、"白の騎士団"のノーム達かもね」


「負傷兵が多いって言ってたね。急がないと。──行こう、フェナ」


 クウはフェナと共に、"メルカンデュラ"の奥に駆け出した。

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