第30話 二年生と一年生② 武器と不完全

 試合は中盤まで一年生がリードし続けていた。


 棗と伊澄はお互いに三回まで投げて初回の失点のみだ。ヒットは出ているものの、なんとか得点にまでは結び付かせない。


 二年生チームは昨年度甲子園出場校である光陵の選手が九人中四人出場しているため、そこを一失点で抑えた伊澄は大健闘と言えるだろう。


 そして一年生チームも昨年のU-15の日本代表でもある琥珀、伊澄、明日香と、強力な打線だ。伊澄はピッチャーとしての能力を買われて代表選出だったが、それでも野手としての能力も高い。棗は初回に二失点してしまったとはいえ、そこから失点を許さない投球は見事だった。


 四回表に一年生チームは大幅な選手交代があり、ショートの琥珀がセンターに入り、セカンドの奏がショート。伊澄に代わって三番レフト黒絵、雫に代わって五番セカンド白雪、夜狐がセンターからピッチャー、七番の陽依に代わって楓がキャッチャーとなる。


 代わったところをまとめると、

一番センター立花琥珀

二番ショート乙倉奏

三番レフト豊川黒絵

五番セカンド黒瀬白雪

六番ピッチャー三好夜狐

七番キャッチャー白夜楓

 となっている。


 また、六番から始まった二年生チームは、七番の梓に光陵の馬場美鶴、八番の光に梨々香、九番の棗に光陵の佐野明菜を代打に送った。代打で出た美鶴がフォアボールで出塁したが、他は打ち取られたため九番で四回表を終える。


 そして、その裏の守備では代打に送った選手をそのまま守備に就かせながら守備位置を変え、七海をサードからライトへ、レフトの恭子がサード、代打で出た美鶴がショート、梨々香がレフト、明菜がピッチャーと入った。


 四回裏は一年生チーム、夜狐の打席から始まる。明菜はストレートに球威がある。初球から変化球を織り交ぜながらストレート主体のピッチングで、夜狐をサードフライに打ち取った。完全に夜狐の力負けといった内容だ。


 続いて途中から七番に入っている楓だ。楓は初球から狙い、セカンド後方のライト前に落ちるかという打球だったが、打球は伸びず、セカンドの友梨奈が少し苦しそうに捕球した。


「今の、結構良かったと思うんだけど飛ばないんだね」


「多分、力負けしてますね」


 夜狐もそうだが楓も力負けしている。芯付近には当たっているのだろうが、真芯ではない。それに加えて明菜の力強いストレートに打球が思ったより飛ばないのだろう。


 八番の琴乃に代わって代打として瑞歩が登場するが、今度もレフトフライと完全に打ち取られ、四回裏の一年生チームの攻撃は三者凡退、無得点に終わる。


 代打の瑞歩はそのままファーストに入り、ファーストの明日香はライトを守る。五回表はそのように始まった。


 五回表の二年生チームは一番の松永春海からの打席だ。


「一年生チームとしては流れが悪いですね」


 巧はポツリと呟く。ランナーを出しながらも無得点に終わるという流れがお互いに続いていた。その中であっさりと三人で攻撃を終えてしまった一年生チームとしては流れを二年生チームに持っていかれる可能性がある。


 二年生チームとしては一番から始まる攻撃、そしてこの回を含めてもあと三回しか攻撃がないことを考えるとこの回になんとしても流れを掴みたいところだ。


 初球、外角低めへの際どい変化球。外角のボールゾーンからから中のストライクゾーンに変化していくスライダーに、春海は反応するものの、三塁線を切れるファウルとなった。やや振り遅れたが、当たりは悪くない。


「今の三好さんはどんなピッチングを意識してるんだと思う?」


「夜狐というより、楓が変化球を投げさせているんだと思いますね」


 変化球は練習を始めたばかりで、実戦で通用するのかわからないところだ。だからこそこの練習試合で使える変化球と使えない変化球を見極めようと、楓が考えていると巧は思っている。


「シンカーは微妙か。シュートは良さそうだけど、カーブとスライダーはまあ成長次第かな」


 空振りを取るというよりも手元で変化するシュートは有効そうだ。いや、シュートというにはややシンカー気味で変化も小さいため、ツーシームに近いだろう。


 カーブとスライダーも同じように三振を奪えるものでもなく、夜狐が欲しているウイニングショットというには程遠いが、バッターの選択肢を増やして惑わせるためには有効だ。


 楓は巧が考えていることと同じことを考えているかもしれない。先ほどの回でもそうだが、シンカーを要求することは少ない。その代わりにツーシームが多く、カーブやスライダーを混ぜながらもストレートや元々使えていたフォークを主体としている。


 二球目にはシンカーを要求したが、これをあっさりとセンター前に弾き返された。


 そして二年生チームは二番の友梨奈に代打として光陵の西野美鳥を送る。


「さて、どうするんだ」


 動く二年生チームと、慌てず冷静な一年生チーム。楓も特にランナーを出したことを気にする様子もなく、平静を装っていた。


 初球から果敢に攻めていく。内角へのストレート、外角へのフォーク、内外高低と幅広く使い、五球を投げてツーボールツーストライクと追い込んでいる。


 そして六球目、左打者である美鳥の内角を抉るような高めのストレート。美鳥は反応し、辛うじて当ててファウルにする。


「投げにくそうだね」


「そうですね。流石に簡単には打ち取らせてくれないみたいです」


 光陵の選手は基本的には粘っていくスタイルだ。勝負できそうなら早いカウントで狙っていくこともあるが、去年は人数が少なかった分、相手のピッチャーを消耗させる戦略をとっていたのだろう。


 七球目。いつもと何かが違う、巧は直感した。夜狐の指から弾き出されたボールはストレートとの球速差が激しい。そしてゆらゆらと空中を漂い、バッターの手元にまで浮遊していく。


 それでも甘い球だ。


 巧から見て打ちやすそうな投球だが、打ちにくそうな変化をするボール。甘く入ったこのボールを見逃せばストライクとなるのは明白だ。


 美鳥はそのボールにバットを当てにいくが、打球は高いバウンドとともにセカンド前を跳ねている。ゲッツーコースではあるがバウンドが高い分、セカンドの白雪が捕球した時点で一塁ランナーはすでに二塁付近まで到達していたため、落ち着いてファーストへ送球をした。


「アウト!」


 結果的にランナーを進める形となったが、ワンアウトをきっちりと取ることに成功した。


「今の打ちやすそうだったけど、そんなに難しい球だったの?」


 ぱっと見ではちょっと微妙な動きをしたただのスローボールだ。ただ、あの打ちごろのボールを打ち損じたということはそれだけの問題ではない。


「多分、合宿中に教えたナックルを使ってきましたね」


 教えた時にはどうしてもボールが回転してしまい、本当にただのやや落ちるスローボール程度だった。しかし、今回は遠目で見た限りでもやや不規則な動きをしていたように思える。甘いコースだったのとまだ変化が足りていないということもあって当てられたのだろう。しかし、甘いコースを打ち損じたということは、手元でしっかりと変化したと考えてもいい。


「俺もさっきの試合で投げましたが、揺れて落ちるっていうのがナックルです。手元で変化してその変化も落ちながら右や左に決まっていない方向に落ちるのが特徴なので、打ちづらかったんでしょう」


 そもそもナックルボーラーは多くない。巧も実戦で使うことはなく、先ほどの試合では夜狐に見せるために投げただけだ。そんな不完全ななんちゃってナックルよりもさらに不完全ではあるが、教えた当初のことを考えると、たった数日で良く投げれていると感激してしまう。


「いや、末恐ろしい」


 巧はとんでもない選手にとんでもない武器を与えてしまったかもしれない。他校で甲子園に進めば当たるかもしれない言わば敵だ。その敵がナックルを完成してしまえば、とんでもない脅威となるだろう。


 巧は夜狐の成長に感動しながらも、後々のことを考えて冷や汗を流していた。

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