第17話 怪我とメンタル

 合宿四日目となれば他校同士でも仲良くなっている。特に司は元々仲の良かった水色の近藤明音もそうだが、キャッチャー同士で鳳凰の白夜楓とも話すところを目にする。


 あとは陽依や伊澄は誰にでも話しかけるタイプなので、琥珀もそうだが、楓や夜狐とも話す。あとは水色の成瀬未紗や志水柚葉などと話している時はいつもの数倍うるさい。


 あと意外だったのは黒絵と夜狐だ。黒絵は一人ではあまり積極的ではないのと、夜狐も楓以外とはあまり積極的に話をしないのだが、ピッチャー練習の時に徐々に仲良くなっていったようだ。


 瑞歩は同じ打撃タイプの一年生、光陵の八重樫颯や水色の石岡祐希と仲良くなった。マネージャーの由衣はマネージャー同士の交流も深まったようだ。


 仲良くなることで競争心が芽生え、似たタイプの仲間が成長すると負けじともう片方も成長するという相乗効果もあった。特に一年生は万能タイプの琥珀に対抗心を燃やしているのが見ていてわかる。


 合宿と折り返し地点ではあるが、まだまだ三日もある。三日しかないとも言える。それでも何人かは合宿前よりも何か掴んでおり、そうでなくとも基礎体力は上昇している。


 四日目は打撃練習だ。各校では味気ないので三箇所のグラウンドで各校ある程度均等に分けられての練習だ。ピッチャーの負担を考えてマシン打撃とその他は守備につき、それでも余ったメンバーはトスバッティングに勤しんでいる。


 練習は二十球ずつの交代としている。各チーム十八人ずつとなっているため、各チームさらに九人ずつに分けている。ピッチャーとキャッチャーはマシンなので守備に就かないためバッティング余り組と守備の余り組はトスバッティングだ。


 巧は分けられた上で一人足りないグループに入り、神代先生の指示でバッティングにも参加していた。


「これ意味あるのかなぁ……」


 巧は自分のバッティングの番になって思わず呟いていた。


 自分が打ったところで他の人の打撃練習にはならない。せめてと思い、ホームランは狙わずに守備練習を考慮して一二塁間、二遊間、三遊間と狙って打つようにした。


「お? バッター、ショボイ当たりばっかなやー?」


 煽ってくるのはレフトの陽依だ。腹が立つので陽依の方を狙い撃つ。極力捕れるかどうかの際どい当たりだ。


 巧のチームは巧が最後なので二十球が終わると攻守交代をする。


「ちょっと、カントク酷いわ……。これがシゴキってやつか……」


 守っていた陽依は息絶え絶えで詰め寄ってくる。煽った陽依が悪いのだ。


「狙って打てるわけないだろ」


 もちろん嘘だがそう言って適当に陽依をあしらう。


「流石のカントクもそこまで上手くないかぁ」


 陽依はニヤニヤしながら煽り返してくる。


「あ゛?」


「きゃー、暴力反対ー」


 棒読みでそう言いながら走っていく陽依に怒る気力もなくなり、巧はもう片方のチームのバッティングを見ることにした。トスバッティングは由衣がトスをするため、その際にはバッティングを見てできるアドバイスをしていくという形だ。二、三年生には言いづらいと思っていた巧だったが、女子野球でも有名な夜空や神代先生が頼ってくるということもあってしっかりとアドバイスを聞いてくれる。


 プライドの高い琥珀でさえ旧知の仲で巧の実力を知っていることもありアドバイスは聞いてくれた。もっとも、琥珀はあまり言うこともないためちょっとした細かいところだけだが。


「美雪先生的には珠姫どうですか?」


 珠姫のバッティングを見ながら巧は美雪先生の隣にいく。メンタル面で問題があるというのは共通認識だが、今回の練習では特に問題がないようで長打を連発していた。


「練習じゃあ問題なさそうだから、やっぱり試合の時の打席に立つとダメなんじゃないかなぁ?」


「やっぱりそうですか」


 以前から練習では打てるが試合では打てないというのが続いているというのは知っている。ただ、メンタル的なところは巧はわからないため、人生経験も巧より豊富な美雪先生に頼っている。


「私も学生時代はバスケしてたけどさ、実際に何かトラウマがあってシュート打てなくなったりあとリバウンド……ゴール下でシュート外れた時にジャンプしてボール取るんだけど、その時にジャンプできなかったりとかいう人も見たことあるよ」


「イップスってやつですね」


「そうそう、私も野球のイップスについて調べてみたんだけど、珠姫ちゃんは打撃恐怖症ってところかなぁ」


 打撃恐怖症。それも練習では問題ないが、試合をすることに原因があるということだ。


 元々怪我の原因は、珠姫が三年生の頃の日本代表戦でデッドボールを受けたことが始まりだ。日々の疲労に加えて肘への硬球のデッドボール、さらにはデッドボールを受けて転けた際に落とした金属バットの上に肘から落下したという不運が重なってのことだ。


「私も初心者だからわからないことだらけであんまりハッキリと言えないんだけど、試合の時と練習の時のバッティングの感じ? フォーム? が違う気がするんだよね」


 美雪先生の言うことは間違いなく巧も気になっていたところだ。


 バッティングの際の踏み込みが甘い。それは巧もわかっていたし、珠姫自身も自覚していることだ。


「どうやったら治るものなんですか?」


「うーん……。何かきっかけがあったら治ることもあるけど、大半の選手はイップスが理由で引退するって言うし、私の知ってるバスケ時代にイップスになった子はそのまま辞めちゃったなぁ」


 イップスになった人は身近にいない。知っていても実際に話したことがなかったり巧には縁がなかった。


 怪我は治っている。正確に言うと肘の怪我でボールが投げられなくなったが、バッティングに関しては怪我の影響はもうほとんどないだろう。それでもまだ打てないのはやはり精神的な影響だ。


「どっちがいいんだろうなぁ……」


 珠姫がイップスを克服すれば貴重な戦力となるのは間違いない。珠姫自身もグラウンドに戻れることなら戻るというのは望んでいる。しかし、マネージャーとして過ごしている今でも十分充実しているとも言っている。


 選手としてグラウンドに立たせるべきか、マネージャーとしてこのままチームを支えてもらうのか、巧には悩ましいところだ。

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