第72話 昇華

「で、五島さん。あなたは無名の新人作家でこれは処女作であるけれども、私どもは自信を持ってこれを世間に推していきたい。ズバリこの小説を強気に1万部売ろうと思ってます」

 本が並ぶテーブル横のソファーに促され、座ったところでお茶を出されながら説明を受ける。


「はあ・・・・・えっ!いっ1万部も!?」

 私の作品が1万もの人々の目に触れるということだから信じられない思いはする。だが自信たっぷりに言われてもその数字が多いのかどうかピンとこなかった。


『普通は新人の本ではそんなに刷らないらしいんすけどね、五島さんの本は特別だからきっと今の沖縄の人々の心に響くんじゃないかって、八重原さんは決めたみたいっすよ』


「えっとそれってつまり・・・・僕の本は沖縄を中心にまず売り出すってことでしょうか?」

「はいそうです。初版の約半分は沖縄で売ろうと考えています。今の県民たちは迷いの渦中にあるのです。その心に五島さんの小説のキャラクターたちの心境はマッチしていると思いますので」


「規律か、自由かってことですか・・・・?」

 にこやかな印象の八重原さんだが、まだ初対面である以上得体も知れず、私の小説の内容をどのくらい把握しているのか探る意味も込めて尋ねてみる。


「まさにその通りです。沖縄県民は結果として自由には裏切られた、裏切られ続けた。本来彼らは自由の民、どこにも属さず独立した島として生きてきましたが、それにはある程度ルールが必要だった。ゆるい縛りの中で生きていくルールを。

日本がやっていた押し付けなどではなく、自分たち自身で望む生き方を決められるルールをです」


「それを私の書いた小説のキャラ達がどこか示唆していると?確かに私はこの小説で最後は規律の元で幸福に生きる3人を描いて終わりました。

ただ・・・・いや、今の県民の人たちがはたしてそれに共感する部分があるでしょうか?私にはそこまではとても・・・・」


「疑う気持ちも分からなくはありません。あなたもまだコチラへ来たばかりですから」

 きつく私のことを見る彼の目線に、少しいらぬ疑問を挟み過ぎたかと思って目を逸らす。


「ただね、気持ちは分かります。安西さんに勧められ仕方なく、私も途中までは疑い半分であなたの小説を読んでみたんです。それが・・・・」

 しばし言葉が止まり、その間に安西さんの方を眺めて互いに笑みを浮かべうなずきあっている。


「いやあ実に素晴らしかった!特に自由を求めていたはずの3人がそこに疑いを感じていく過程が。一見滑稽なSF小説にも見えるんですけど、自由を求める人の愚かさが妙にリアルといいますか。ゾクゾクっと私はきましたね。だからこれを本にすると固く私は決断したんですよ」


 身振り手振りを交えて、小説のページをめくりながら語っている八重原さんの言葉に、こころざしを同じとする者同士ウソはないと感じさせる。私はホッと息をつく。


「それを、これからの沖縄の人たちがまた違った体制下で出来ると思いますか?彼らは望んでますかね?規律に基づいた暮らしを、どう思いますか八重原さんは?」


「ええ間違いなく。沖縄はこれから独立し発展していくでしょう。かつて明国や清国に朝貢し、台湾やアジア各国と交易していた頃の様な本来の姿を取り戻すはずです」


「はっははは。じゃあ売れますよね、売ってください。じゃないと僕は全てを失うことに・・・・」

 私の本が出版できたのは、人々の災難と引き換えにしているように思えてきて、それを喜ぶ自分がみっともない存在に思えた。


「ええ間違いなく売れますとも。沖縄の県民の心を、自信を取り戻す不朽の一冊としていきましょう!あっはっはっはっは!」

 八重原さんの言葉は終始自信に満ちていて、私もそれに合わせることでこの出版の話はうまくいくことを確信できた。


「しばらくコチラにいますよね五島さんは?また正式な出版の日にでも、飲みに行きましょうよ?」

「はいもちろん、その時は喜んで・・・・、売れたらいいですけど。あとちょっと出版の件とはズレるかもしれないですけどいいですか?」

「ハイ?」


 安西さんや仁村くんとは同じ意志の元で活動していることは察して理解しているが、八重原さんに特別思惑を隠している感じもなく、どこか雰囲気が柔らかいことが気になった。


「八重原さん、あなたはどういった活動を担っているのですか?」

「活動とは?」

「大きな目的みたいなものがあるんでしょ?あなた方が属する組織のための。安西さんや仁村くんと同じく」


「五島さん、失礼っすよ」

 安西さんが本の一冊を手に取って、私の前に立ちはだかってくる。


「いいって。・・・・・はい、まあご覧の通り私は文化面での人心の掌握です。しかし私は彼らと違って工作行為をしているつもりではないんです。

実のところ、いや本当に良質な本を読みたくて、それを人々に知らしめたくてやっているだけなんです、いや本当に」


 ニッコリと穏やかに微笑みながら本の山を眺める八重原さん。

実際に彼は組織的な役割として動いている意識はないのかもしれない。ただ単純に出版物の配布をおこなう事務的な役割として利用されているのだろうか?私と同じく。


「もうっ五島さんのバカ」

 私は自分の本のカドで頭を殴られる。

嬉しそうに本のカバーを撫でている安西さんを見て、彼女の私に対する興味が薄れつつあるのを感じていた。


 

 その後まもなく私の本は沖縄で売り出され、実際にベストセラーになった。


 登場人物たちの心の揺らぎ、自由からの解放、導き手となるシステムの存在、その元で望み通りの暮らしが得られる安心感。それらが多くの県民の心と合致したという。

戸惑う私に対してなんどなくそう説明がなされた。


 実際に沖縄県民は自信と誇りを取り戻し、新たな規律の元で活性化していこうとしていた。


 それらの情報を私は喜びと不安半々の気持ちで受け止めながら、元の家には帰らず安西さんが押さえてくれるホテルを転々としながら、島の荒らぶる様子をテレビやネットで心配げに眺める生活をしていた。


 停戦状態にあった沖縄では、ふたたび住民らによる一気呵成の反抗が始まり、日本の治安組織との交戦が激化していく。

散発的な戦闘が繰り返され、急襲するゲリラ組織とそれに伴って侵入し、高度な戦略をもって襲撃してくる外国人部隊に、日本のC3部隊、機動隊らはなすすべもなく撤退を繰り返す。


 まもなく日本の警察、機動隊は正式に沖縄からの撤退を決定する。

表向きは県民による抗議の意思を重く受け止め、その意志を尊重するという名目だったが、実質は沖縄を統治下におくことを諦めたのだ。


 外国勢力が深く浸食している状況は、すでに取り返しのつかないラインに達しており、もはや沖縄の行政は日本の政府を尊重しなくなっていた。


 依然米軍は撤退の姿勢は見せず、ここにきてようやく場合によっては県民とその他勢力との交戦、排除の姿勢を見せていたが、やがて共産主義国家のミサイルが南半球の同盟諸国に狙いを定めていることを察知し、そちらの防衛を優先する名目のもと、ついに沖縄から退くことになった。


 戦後80年あまり。

ずっとそこにあり続けた米軍基地が沖縄から消え去る、歴史的な出来事となった。


 米軍が撤退していく引っ越し作業の様子を、県民たちは整然と周りを取り囲んで眺め、立ち去った後には踊りを見せて熱狂をあらわに表現した。


 米軍はその後沖縄の基地機能を全てグアムへと移行し、共産主義国家からのミサイルに備え、南半球の同盟国、および本土防衛を含めた固い反撃態勢をとって備えている。


 さらにその数年後には、沖縄は日本からも独立を果たす。

ひとつの体制下にある文化圏、”琉球王国”としての姿を、実質400年ぶりに取り戻すことになった。


 喜びに沸く琉球の人々の手には、私の白い本が握られていたという。


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