第44話 訪問

 重村さんが起こした事件から間もなく、同じ班の古村くんも同様の事件を起こしていたことからC3部隊を除隊扱いとなっていた。

それによって、私が班長を務めていたヌーB班は解体処分となり、私も責任を取らされる形で2週間の謹慎扱いとなる。

以後の任務は機動的に別部隊への補助人員としてあたってもらうとのことで、追ってスケジュールは通達すると言われ、それまで私は自宅謹慎をすることになった。


 誰も責める気にはなれない。

私が悪いとも思っていない。


 C3隊員を辞める選択肢もあったが、ここで辞めれば社会との接点を失うし、仁村くん、なにより安西さんとの接点まで絶たれ、生きる上での糧や何もかもを失ってしまう気がした。


 私はこの期間を利用して、しばらく自宅で過ごしながら今書いている小説の詰めの作業を行うつもりでいた。

C3部隊の入隊とほぼ同時に書き始めていた小説は、ようやく山場にさしかかり結末が見えるところまで達しつつある。


 安西さんの肯定的なアドバイスもあってか、久しぶりに小説に専念しながら時を過ごしていると、自分が何を書きたいのか少しずつクリアになっていく感覚を得ていた。 


 せめて今書いている小説、

『魂の境界線(ボーダーライン)(仮)』

この作品を書き上げ、投稿し、作家としての一歩を踏み出すまでは粘って見せようと、これから始まるであろうさらにツラく、厳しい任務(既にそう伝えられている)のことも考えず、執筆作業にひたすら没頭する。

―――――――――――


『ずっと待ってたの。助けを、私の助けを求めてくれるって・・・・会いたいよ、兄さん』


 一筋の希望を込めて送ったメッセージから間もなく、返信が届く。

その瑠璃からの言葉を見て、三島は抑えきれない感情により涙がこぼれでてしまっていた。

 

 ≪ピンポーン!≫


 あれから何度も、この世界を支配するシステム、当局により指示や行動計画が送られてくるようになった。

≪規定違反により、あなたの個体識別コード並びに生存認識コードはロックされる可能性があります。指定の期間までに、所定の人材登録センターへと出頭し、個体識別をやり直し、認識コードを再登録してください≫と。


 自分の識別コードの横に数字が入っていて、少しずつカウントされ減っていく。

あと17。どういった基準で減るのかは分からないが、見ると少しずつ減っている。

おそらく麻里香へ通達された、遺伝子結合活動の手順を無視したからだ。

指示通りに性交をしてその結果報告を行うなど、人の生命や営み全般をモノ扱いするバカげた行動など、三島は一切とるつもりは無かった。


 ≪ピンポーン!≫ ドンドン


 元の世界への復帰を促すため、三島は麻里香を説得する。この世界はおかしい、システマティックになりすぎている。アナタはもっと人の感情に訴えかける、素晴らしい女優だったじゃないか?

もう演技はやめよう、素のあなたにもどってくれ。この世界で演技はいらないと。


 ≪ピンポーン!≫


 当局からの通達を見ては異常な興奮を見せ、しばらくしては酷く落ち込むという躁鬱状態を繰り返す麻里香。

そんな彼女を見ていられず、彼女の原点を探ろうと、三島は麻里香とコミュニケーションを図ることにする。


『ねえ麻里香さん、少し昔の話しない?麻里香さんが劇団に入った頃や、その前の役者になろうと思った理由やきっかけでもいい・・・・、あなたはもっと豊かな感覚をもっていたはずだよ・・・・・、何か』


 ここを抜け出す気概を持ってほしくて、少しでも何かのきっかけになればと考えて、彼女の心に触れようとした。


『私には何もない、生まれた時からずっと。私はモノとしてこの世に生み出された・・・・・。感情や人間らしさなんかは全てプログラムされたものだけ。感情は何かと考えて、人の真似、好かれようと人のフリをして生きてきた、だからここまで生きてこられたの』


 虚ろな表情で語る麻里香の過去は、三島の想定をはるかに通り越す深い闇に包まれていた・・・・・。

――――――――――――


 ≪ピンポーン!・・・・・すんませ~ん≫


 一瞬、彼女の声が聞こえた気がして執筆の手が止まる。


 さっきからインターホンの音は聞こえていたが、郵便や宅配など明らかに分かっている相手でなければ無視しようと考えていた。

だが今一瞬聞こえたのは、確かに彼女の声だった。


 私は確認のため一度玄関へ向かうことにする。


「やっ、やあっす五島さん。・・・・・元気?じゃないっすよね、やっぱ」


 開けるとやはり、声の主は安西さんだった。

鼓動が高鳴るのを感じる。

私の住むアパートのドアの前に彼女が立っている。


 いまいち状況が飲み込めず、私は不可解な顔をしたまま、まじまじと彼女の姿を見つめていた。

「はっはははは、やだなあそんな驚いた顔して・・・・、ちょっと心配なったっつーか、様子を見に来ただけっすよ・・・・・」


 少し照れているのか、私から目を逸らす安西さん。

いつもは肩より少し長いくらいの髪の毛を簡単に束ねているだけの彼女が、今日はアップにしてキレイにまとめ、凝った編み込みなどもして見違えた印象だ。

だが化粧の不慣れ感は否めず、頬に入った淡いピンクのチークや、リップのべたつきが若干過剰な演出だと感じさせてしまう。


 女性の色気を見せようとでもしているのだろうか?まさかこの私に対して。



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