小説家人形

五島タケル

第1話 プロローグ

 今からおよそ二十年前、

これは私が三十になろうという2〇2〇年の春から始まる物語だ。

その頃に書いていた日記を元に、この話は構成されている。

 

 当時世界では、未知の肺炎ウイルスによるパンデミック騒ぎが起きており、

世間的にステイホームという全ての外出行動を自粛するムードが蔓延していた。

そんな雰囲気に乗せられた私も、ある一つの大きな決意を行動に移すことにする。

 

 それは小説家になるということ。


 子供のころはともかく、社会に出てからは一人で過ごす時間を重視していた私は、単純なヒマつぶしの趣味として本を読むのがわりと好きだった。

その流れから当然小説に触れる機会も多く、興味を惹かれたものならあらゆるジャンルのものをとりあえず読んでみるクセはあった。


 そして読み終えた後にはこの程度なら私にだっていつでも書けるという、

いらぬ自尊心だけ何故か昂らせることが多かった。

自分が数多く吸収している分、書く上での素養もあると考えていたんだろう。


 いつか小説を書いて世に発表しよう!という気持ちだけは、生きる上での目標として常々持ってはいたが、いつでも書けるという思いからなかなか実際の行動としては踏み切れずにいた、

 

 典型的な口だけ野郎の台詞を胸に秘め結局は何もせず、

自分の好きなことだけをしてダラダラと過ごす、無駄に年月だけを重ねる生き方をしていた。


 そんな自堕落な生活に対する戒めだったのだろうか。

世界的なパンデミック騒ぎが起こり、

それをきっかけとして私は職を失うことになった。


 否応なく自分と向き合う生活を強いられることになったわけだ。


 世間的に自粛ムードが広まっていき、

一部の職種ではリモートワークという

家で仕事をおこなうスタイルが徐々に浸透し始めていた。


 無職には縁のないことだったが、日ごろからステイホーム気味だった私は

それに便乗する気分でなんとなくなのだが、ついに小説の執筆に乗り出すこととなる。


 これは天啓かもしれない。

神の存在など微塵も信じたことのない私だったが、

いざ小説を書こう!という気分が

そのようなセンチメンタルな感情を引き起こしてしまったのだろう。


 それから長い期間、年月に渡り

小説家になるという目標のせいで、おまけに世界的なシステム変更にも見舞われて、数々の挫折や苦労を経験し悲惨な生き方をすることになった。

 

 あとから考えれば、何故もっと早い時期に淡い夢などから手を引いて、

まっとうな生き方を探らなかったのだろう?と思ったことはある。


 小説を書いていた当時は、

どんな理不尽な振る舞いを受けても、

または自分が人に対してどんな異常な思考を抱いても、全ての経験は小説のためなら許されると考えていた。


 これはいずれ私が描くことになる物語のための体験なのだと、

自分の姿をどこか小説内に登場するキャラクターのものとして思い描くことで、

哀れな自分を正当化していたのだ。


 つまりは絶対の自信があったのだ。

いつかは小説家になるはずの自分に。

いつかは絶対になるべきなんだ、私は小説を書くためにこの世にいるのだからと。


 そんな漠然とした自信から私は多くの人を傷つけ、なにより自身の人間性を大きく損なう結果となっていった。


 その頃の世界の大きな潮流の変化にも引きずられ、いつからか私は世界のシステムの一個の駒としてうごめく、

何も考えない人間以下の存在、

モノを書かない小説家となっていくのだが・・・・・。


 ・・・・・前置きはこれぐらいにして、そろそろ始めていくとしようか。


小説家になった私が、結果的に人間ではなくなっていた、その物語を―。



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