第2話 楽しくなる、魔術

 彼と出会ってふた月が過ぎた。

 通称・魔法使いくん(自称・魔術師)との関係は初めのころより友達に近づいているのだと思う。

 そんなころだった。

 中学からの唯一といってもいい程の友達関係を築けている、アイツが声をかけてきた。

 彼女居るくせに。彼女と勝手にイチャコラしてろっての、別にちょっかい出さないから。



  *



「藍原、お前……」

「へ?」


 憐れみに満ちた目で見つめるのはこのクラスではまだ会話することができて仲の良い矢崎くんだ。

 彼とは中学からの付き合いで、友達の少ない私の貴重な男友達だった。好き嫌いでいえば好きだけれど、恋愛感情じゃない。

 それに矢崎くんにはちゃんと彼女がいるし(その娘とも仲良くさせてもらっている)、私には憐れみで話しかけてくれている訳ではないらしい。まあ、香水の匂いと化粧がきついキャピキャピした人よりマシというだけだと思う。

 昼休みに一人サンドイッチをかじりながら、図書館で借りた小説(推理ものでなかなか面白い)を読んでいると前の席が空いているのをいいことにパックジュースを片手に矢崎くんが冒頭の言葉と同時にドカッと腰を下ろした。

 きっと何かしら話があってきたのだろう、私は本に栞を挟んで鞄に直した。


「最近魔法使いと仲良くねぇ?」

「いい……かな? お喋りはするね、別に悪い人じゃないよ」


 言葉も丁寧であんたとは違う、とそこまでいうと、


「ひでぇなぁ……俺とお前の仲じゃん」


 なんてアンタこそ何誤解を招く様なこと言ってるんですか、と殴りたくなるような事を言った。

 誤解にならないのは、彼と私の関係が明白だし私はその彼女とも友達だということがはっきりとしているから分かってるんだけど。

 それを解っているのか居ないのか、彼は呑気にジュースを啜る。

 それに倣って私もペットボトルを取り出して紅茶を口に含んだ。


「噂でさ」

「うん?」

「お前があいつに……」

「あの、むぎさん」


 矢崎くんが何か言いかけたとき、いつの間にか戻ってきていた通称魔法使いくんが私を呼んだ。

 矢崎くんがびくっと肩を震わせるが、そこまで驚く登場ではなかった。


「お話中にすみません。むぎさん、シャープペンシルの芯を二本下さいませんか……」


 申し訳なさそうに言うものだから、こっちも何か畏まる。彼とはいつもこんな感じだ。

 机に直したペンケースを出してガサガサとペンをのけてお目当ての物を見つける。


「はい、どーぞ。……またルーズリーフの時みたいには使わないよね?」

「はい、今回は真面目に書き物が出来なくなります。けど、この間もなくなったのは本当ですよ?」


 ただ余分に貰った物にちょっと別の意思が入り込んだんですよ、と含んで笑う彼を、矢崎くんはまじまじと見ていた。


「ありがとうございます。せっかくの会話を邪魔してしまってすみません」

「いいの、いい。だってきっと、たいしたことな――」

「たいしたことない訳あるか、俺はお前の事が心配で心配で」


 私の話を遮って来た割にたいしたこと言えてないし。私を心配する理由がどこにもありませんが。


 「何も心配してもらうことないよ、私普通じゃん」


 私は魔法使いくんに、コイツは無視していいよ、と合図をだした。が、本当にいいのか、という風に矢崎くんと私を交互にみていた。


「お前、最近じゃ回りからも心配されてんだぞ?」

「どーして。いっつも放置じゃん、そのままでいいじゃん」

「そりゃ……」


 矢崎くんはちらりと魔法使いくんに目をやる。

 魔法使いくんがきょとんとした目を向けると矢崎くんのそれと視線がばっちり当たってしまった。バツが悪くなったのか矢崎くんはふいっと顔を逸らす。

 結局それ絡みなんだ?

 私は呆れるしかなかった。



「……お前がコイツに魔法やら呪いやらで洗脳されてるんじゃないかって」

「そんなことあるわけな」

「そうです。洗脳なんてとんでもない……ただの魔術です」



 私は言葉を遮った彼をみ、次に矢崎くんをみた、彼もきょとんと目をまるくして私をみた。しばしの見つめ合い。

 ……いやいやいや。なぜ遠回しに肯定するんだろう、この人は。ツッコミを入れようにも、彼は真剣だった。


「魔術は使えます。が、僕には魔法は使えません。呪いも洗脳も専門外です」


 知っていたさ、高々ふた月されどふた月の付き合いだもの。

 誰よりも彼と会話をしているつもりだし、誰よりも彼と近い位置に私はいるもの。自惚れかもしれないけれど。

 彼は天然だ。周りが変人と言おうが魔法使いや魔術師とからかおうが、彼は自分が魔法を使えない魔術師であると信じているし解っている。

 私はそのことを知っているし、自慢する訳でもないのに堂々とそういえることが彼の素晴らしく惹かれる面であると知っている。


「魔術も魔法も一緒だろうがっ!! って使えんのかよっ、藍原、俺今ヤバくねぇ!?」

「(アンタの頭が)ヤバいわね、もう私じゃどうにも出来ないわ」

「うっ、お願いだ、魔術は使わないでくれ……」


 矢崎くんは十字をきってから手の平を合わせて南無阿弥陀仏を唱えだした。……それじゃ無理だ。

 呆れているときょとんと、今度は魔法使いくんが矢崎くんと私をみていた。


「どうして彼は祈るのですか?」

「馬鹿だから」

「馬鹿なんてそんなはしたない。むぎさん、言葉遣いには気をつけないと」

「魔法使いに十字きってもどうにもならないでしょう……しかも失礼過ぎる」

「魔術師です。けれど僕はうれしいですよ、むぎさんが楽しそうで」

「……はい?」


 彼が満面の笑みで私をみる。

 笑う意味が解ら無くて、表情が緊張しつつも笑う時のように頬があがるのを感じた。だからきっと、今の私はとても複雑な顔をしているだろう。


「僕の魔術は、むぎさんが楽しさをより多く感じますように、ってかけてるんです」

「――くんはホント……人が良すぎるよ」


 きょとん、と目を丸めた彼に気づいて慌てて顔を背けた。名前、呼んでしまった……?

 それが悪いことではないと、解っているのに妙な感覚と照れに似た恥ずかしさが込み上げる。


「藍原、お前もしかして……」

「わーわー。てかもういいでしょう、ほ、ほら、先生に呼ばれてたんじゃなかった?」


 矢崎くんを適当にあしらってこの場から退散させる。何を言うつもりだったかが気になるけどしかたない。

 何となく魔法使いくんにとっても私にとってもよくない事だと思った。


「むぎさんは、照れると可愛らしいですね」

「はい? 熱でもありますか?」

「いいえ。ふふふ……、本当に愛らしいですね。僕も楽しいです」


 さりげなく私には使われる日が来ないであろうと思っていた言葉がこの短い間に二回も発せられた事が酷く恥ずかしくて、その日はまともに隣を見ることが出来なかったなんて、誰になら言えるだろう。

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