第六章 6

 「てい!」


 手にした大鎌を横に振るい、優子が立ち塞がる二体の敵を同時に両断する。そのままの勢いで流れるように大鎌を右手だけで回転させ、更に寄ってきた三体を薙ぎ払い道を切り拓く。


 (すごい!本当に思いのままに操れる!私、戦えてる!)


 説明は受けていたが、本当に大鎌を自分の体の一部みたいに扱えてしまう事に優子は感嘆していた。先の戦闘では無我夢中でただ武器を振り回していただけだが、今回は違う。自分でも驚くほどに的確かつ冷静に戦えている。


 (でも、これはリョウさんが私に活を入れてくれたからよね)


 あそこで覚悟が定まっていなかったのなら群がる敵を前にして恐怖で何も出来なかったかもしれない。いや、今も確かに怖い事は怖い。しかし――。


 「よいぞ。そのまま囲みを突破するのじゃ!」

 「ほらほら、狙うならこっちを狙え!」


 優子の後方、つかず離れずの距離を保ちつつ、茶々が背後から迫る敵の注意を自分へと引き付けている。

 誰かと一緒にいる、仲間がいる事がこれほど心強いと思った事はなかった。

 自分より大きい熊の一撃をバックステップでかわし、相手の態勢が崩れた所を逃さずジャンプしての大振りの一撃で体を両断する。

 

 「お見事!でもね、スカートであまり飛び跳ねないほうがいいよ!茶々的にはかわいい下着だと思うけどね」

 「!!!?」

 「じゃから作戦前に着替えるかと聞いたのに変な遠慮をするから……」


 確かに出発前にズボンに着替える事を勧められたが緊張やその前の陽太郎たちとの話を頭の中で整理することで手一杯で生返事をしていたような記憶がある。


 「ごめんなさい。全然話を聞いていませんでした……」

 「まぁ、気にする必要ないって。師匠は遠くにいるし見たのは茶々だけだから!」

 「まぁ、例えリョウがここにいても何も言わんと思うぞ?以前に茶々が下着どころか裸をさらしても何も反応せんかったしの」

 「は、裸?」

 「はい、その話は終わり!もう少しで囲みを突破できるけど、その後はどうするの?」

 「敵の出現速度よりリョウの殲滅速度の方が上回っておるから、数が減ったところで合流しこの場を離れる、といったところかの?」


 離れた場所では喰らうモノ数十匹が高々と空を舞って散っていくのが見える。


 「さすが師匠……っとと。ああ、もう、この揺れる足場なんとかならないかな!?」

 「どうにもならんじゃろ。我は飛んでおるから影響ないがな」

 「ずるいな~。ってまた増えた!優子ちゃん、危ない!」

 

 優子の行く手を阻むように五体の喰らうモノが地面から現れる。まとめて斬りはらうには間隔が空きすぎている。ならば、どうするか――。


 『あなたは多分能力を使う方が向いている』


 沙織の言葉を思い出した瞬間に、すでに優子の手が青く輝き、力が形になって喰らうモノに襲い掛かる。


 「おお、敵が見事に氷漬けになっておる」

 「そのまま追撃だ~!」

 「はいっ!」

 

 氷の彫刻と化した喰らうモノを切れ味を落とした大鎌を鈍器の様にして粉砕し優子は一息つくが背後では新たな脅威が近づきつつあった。

 

 「こ奴ら、今までの雑魚と違って核をもっておるな。数を抑えて質を上げてきたか。油断するでないぞ、茶々!」

 「わかってるって!」


 今までより一回り大きい熊に似た喰らうモノの太い腕と茶々の大剣がぶつかり火花を散らす。

 

 「硬っ!」


 剣を受け止めた腕の下にあったのは金属であり、これが火花が出た理由だった。グンと腕に力を込め熊が茶々の剣を押し返し半歩詰め寄り、もう片方の腕を振り上げる。


 「あらよっと!」


 剣を弾かれた勢いと熊が踏み込んだ結果、たわんだ地面の反動を利用してジャンプした茶々が空中で大剣を構え。


 「叩き潰すっ!」


 渾身の力で無防備の熊の頭を叩き潰し、そのまま剣が胸まで食い込んだところで剣を引き抜き。


 「ドトメだっ!」


 熊の凹んだ部分から見える赤い核に向けて剣を突き入れ破壊した。自らの体を維持する力を無くした熊の体が崩壊し黒い粒子が辺りに飛び散る。


 「す、すごい……!」

 「師匠譲りの見事な力押しじゃな。向こうもそれが分かってきたから防御重視の調整を施してきたのじゃろう。であるならば……」

 「私の出番、ですね?」

 「茶々の能力は制限があるからの。敵の勢いを削ぐだけでもよいから頼むぞ」


 再び地面から現れた敵の数は九体。それぞれが先ほどの熊同様の装甲をもっているなら物理攻撃一辺倒の茶々には戦い辛い相手である。


 (大切なのはイメージ。……よしっ!)

 

 より広範囲に力を伝搬させるイメージ固める優子の腕の紋様が輝き先ほどよりも強い光を放つ左手を突き出し叫ぶ。


 「凍れぇっ!!」


 突き出した左手から放出された力が極寒の地獄を生み出した。走り出そうとした喰らうモノ達が次々と地面ごと凍り付きその動きを封じられる。


 「まだ、ここから!」


 更にそこに追い打ちをかけるように空中に現れた氷の槍が喰らうモノの黒い皮膚を穿ち不気味な赤い世界に次々と氷の墓標を作り上げていく。


 「うわ~、すごいな~」

 「感心しとらんで、まだ動いておるのを仕留めるのじゃ!」

 「分かってるって!優子ちゃんが作ってくれたチャンスを無駄にはしないよ!」

 

 九体のうち五体は既に核を貫かれ消滅していた。残った四体は四肢に核を持っていたため胴体を狙った氷の槍の一撃から生き残る事が出来たようだ。だが、凍結した体を温める為に核を活発に動かしている結果、本来隠さなければならない核が発光しその場所が明らかになっていた。


 「ひとつ、ふたつ、みっつ……!」


 弱点が明らかになっている上に身動きもできない喰らうモノの間を文字通り滑りながら移動しつつ茶々が核を破壊していく。

 

 「よっつ!これで終わり、かな?」

 「増援はなさそうじゃな。こちらに構っている余裕がなくなってきたのじゃろう」


 相変わらず離れた場所で戦うリョウの周囲には天と地から喰らうモノが続々と出現しているが明らかに勢いは落ちてきていた。


 「あっちも、もう少しで片がつきそうだね。応援に行くのは……」

 「止めておいた方がいいじゃろ。あの暴風のような戦いに巻き込まれたら危険じゃからな」


 それは正に荒れ狂う暴威であった。

 近寄ってきた喰らうモノを掴み、投げ捨て、切り裂き、踏み潰し、叩き潰す。全身凶器と化した白銀の獣人が、無数の世界に死を与えてきた侵略者に制裁を加える姿に優子は畏怖した。


 「あれが勇者ギルドの最強……」


 接近戦は無理だと判断した喰らうモノたちが距離を置き魔術や体の一部を銃火器に変化させ遠距離から攻撃を仕掛ける。

 だが、荒れ狂う獣を止める事は出来ない。

 その攻撃を避ける事もせず、そして怯みもせず走り寄ってくる獣人に喰らうモノたちは為すすべもなく蹂躙されていく。

 今まで他の世界で行ってきた行為をそっくりそのままやり返されて喰らうモノ達が次々とこの世から消されていく様は爽快ですらあった。


 「すごい……んですけど、あれじゃ援護も出来ないですよね」

 「うむ。一緒に戦うなら遠距離での支援に徹した方がいいじゃろう。もっとも、それすら不要に思えるがな、あの御仁の場合は」


 喰らうモノの出現スピードは明らかに落ち、勝利は目前。それに優子が思っていたよりも戦えている事に茶々もティアーネも安堵し、それ故に油断をしていた。

 そして、その僅かな警戒の緩みを巣を作り出した主は見逃さなかった。


 「きゃっ!」

 「どうしたのじゃ?」

 「地面が揺れて……!」

 「優子ちゃん、こっち!」


 茶々の差し出した手を取るより先に足元を見てしまった優子。その一瞬の判断が運命を別けた。

 あっと思う間もなく優子の周囲の地面が陥没。斜面になった地面を滑り台のようにして転んだ優子が底が見えない暗闇に落ちて行く。


 「優子ちゃん!!」


 ぎりぎり陥没した場所から離れた茶々が叫ぶが落ちた優子からの返事はない。どうすべきか迷う茶々の背を押したのは離れた場所で戦う師匠リョウだった。


 「お前らは急いで追いかけろ!俺も後から追う!」

 「りょ、了解!行くよ、ティア。しっかり掴まっててよ~!」

 「うむ、急げ、茶々!」


 ティアーネが肩に掴まったのを確認してから茶々は陥没した地面、その底を目指し立ったまま勢いよく滑り落ちていく。

 それを確認してリョウは最後の一体の胸を腕で貫き核を破壊する。


 「はん、どうやら俺向きの遊び相手を用意してくれたらしい」


 ドスン、ドスンと柔らかい地面を揺るがし巨大な影がゆっくりとこちらに向かってくる。ソレが一歩歩く度に地面が大きく揺れるがリョウはそれを軽くいなし不敵に笑い向かってくる挑戦者に語り掛ける。


 「わざわざギャラリーを除けてくれるなんて気が利いているじゃねぇか。これでお互い思いっきりやれるな。なぁ、おい、デカブツ。てめえは張りぼてじゃねえよな。頼むからちっとは手ごたえがあってくれよ」

 「GYUOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」


 耳障りな咆哮をあげて全長二十メートルサイズの熊が走る。

 それを迎えうつべくリョウもその体を巨大化させていく。


 「うおおおおおお!!」

 「GOOOOOOOOO!!」


 雄叫びをあげながら二体の巨獣の激突し地面が激しく揺れ周囲のオブジェクトが粉砕される。その最中で優子たち三人を飲み込んだ穴が音もなく静かに閉じた。

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