第六章

第六章 1-1

 午後四時十五分。

 ドーム状の黒いモヤに覆われ今は見えない西山への登山道に優子は立っている。

 朝に通った道だが、周囲に人の気配はなく酷く寂しく、そして陰鬱な印象を受ける。空気も朝に感じた爽やかさの欠片もなくただひたすらに重苦しさを感じるのは眼前の空の紅さのせいだろうか。


 先の戦いで予め本部と繋がっている簡易テレポーターが西山周辺にいくつか設置していた。その一つは郷土博物館の駐車場に設置しており、そこから出発した優子たちは別のテレポーターを使っている他の班よりも早く所定位置に付き、作戦開始の合図を待っている状態だ。


 優子の隣にはギルドの制服とも言える黒いコートに羽織った茶々が、その右上にはティアーネ、そしてそこから少し離れた場所にリョウが中が見えないドームを睨みつけている。


 優子も出発前に貸し出されたコートを着ているが、色は白で非常に目立つものになっている。

 ちなみに、このコートはエデンの技術を用いており、耐刃、耐衝撃など様々な攻撃に耐性を持ち、更に自動体温調整機能付きで着ている間は常に快適、さらに輝力に応じて防御性能が上がるという恐るべき装備である。

 色は黒が基本だが、作戦参加などで支給されるポイントで変色可能である。ちなみに優子が着ているのはゲスト用の物でサイズが微妙に大きく袖が少々余ってダブついてしまっている。

 サイズ的は仕方ないにしても、まるでどこぞの秘密結社の幹部が着ていそうな少々物々しいデザインがコスプレみたいで気恥ずかしく街中では着たくないなどと思っていたりもした。


 「どうした、緊張しておるのか?」

 「は、はい。それもありますけどコートが……」

 「サイズが合わんか?どこか動きにくい箇所があるのなら……」

 「いえ、そのデザインが独特というかなんというか」

 「そうなのか?我はあまり地球の服装に詳しくはないがなんとも言えんが。そういえば以前に『悪の秘密結社が使ってそうなコート』とやらをコンセプトにデザインされたものとは聞いたことがあるぞ」

 「うんうん、かっこいいよね、このコート!結構アレンジしちゃう人が多いけど茶々はこのデザインが好きだけどな」

 

 そういってクルリと回ってみせる茶々だが、小柄な体格と重厚な作りのコート、更にその下に来ているラフな私服の組み合わせはお世辞にも似合っているとは言い難いと思ったが、それを口に出さず優子は曖昧な笑みを浮かべ誤魔化した。


 

 「A班、突入準備完了したわよ」

 「B班も同じく。いつでも行けるぜ!」

 「C班、敵襲で少し遅れたけど今予定ポイントに到着。これから突入準備するから

少し待ってください!」

 「あいよ。A、B、D班は少し待っててやれ。ただし敵襲には十分注意しろ」


 C班の誠の報告を受けて指令室の陽太郎が注意を促す。

 コートと同じく貸し出されたヤオヨロズに無線接続されているイヤホンから聞こえる通信で優子は既に自分が戦場にいる事を実感し身震いする。


 「ちっ……!」

 「ひっ!?」


 だが、その緊張感を上塗りするような恐怖が優子を襲う。その元となっているのは一人離れた場所にいるリョウだった。


 (うう、やっぱり怖い……)


 一応ここにくるまでに自己紹介と挨拶はしたのだが、その雰囲気から予想された通り完全に無視されてしまった。


 (やっぱり足手まといがついてくんじゃねーよ、と思っているのかな?)


 ティアーネの説明では彼はギルド内で最強とも言われるエースなのだ。それなのにお守りを任されて不機嫌なのではないかと優子は思っている。

 だが、一方の茶々は「師匠は結構人見知りだから照れているんだよ」と言っていたが、その言葉を鵜呑みにすることは出来なかった。


 「どうしたの、優子ちゃん。変な声出して?」

 「いえ、そのリョウ……さんが、その不機嫌そうだなって」

 「ん?ああ、さっきの舌打ちの事?違う、違う。あれは遅れている事に苛立っているんじゃなくて、『どうせ出てくるならこっちに来やがれクソヤローっ』て意味だよ。そうですよね、師匠?」


 気安くリョウに話しかける茶々にひやひやする優子だったが、リョウはその確認に答えず相も変わらずそっぽを向いている。だが、特に反論はしなかったところを見ると案外茶々の言う通りだったのかもしれない。そう思いたいのだが……。


 (やっぱりこの人だけ雰囲気が違いすぎる……)

 「オイ、新入り」

 「ひゃ、はい!」


 取り付く島もないリョウに対してどう接すればいいのか分からない優子に意外にもリョウの方から初めて声を掛けてきた。


 「気を抜いてんじゃねぇ。自分てめえの身を守れるのは自分てめえだけだ。他をあてにしてんじゃねぇぞ」

 「は、はい……」


 怒られた……。

 おしゃべりをしているのを緊張感がないと見られたのかもしれないと落ち込む優子だったが――。


 「もう、そんな言い方じゃ伝わりませんよ?どこから敵が来るか分からないから気をつけろって言いたいんでしょ?師匠はホントに口下手なんだから」

 「勝手な事言ってんじゃねぇよ」

 

 あくまで剣呑な雰囲気を漂わせるリョウと茶々の間でオロオロする優子だが救いの手は通信の向こうからやってきた。


 「こちら誠。C班準備完了。お待たせしました」

 「はいよ。よし、それじゃ各班突入を開始せよ!」


 誠の報告に、気負う様子もなく発せられた陽太郎の作戦開始の声に再び優子は身震いする。


 (いよいよだ!)


 緊張を和らげるために何度も深呼吸するが、残念ながらその効果は薄い。

 そんな優子の様子を気に留めることもなくリョウが右腕を獣化させ躊躇いなく黒いモヤに叩きつける。

 鋭い爪がぶつかり火花を散らし甲高い音が周囲を震わす。


 「巣の中に入るのってああやるんですか?」

 「いや、あんな力技で巣への突入路を作れるのは数人しかおらんぞ。普通は機材を使ってやるんじゃ」


 話をしている間にリョウの腕が黒いモヤを切り裂き人一人が通れるスペースを作り出した。


 「行くぞ」

 「あいさ!優子ちゃん、お先にどうぞ」


 短く呟き、振り返りもせずにリョウの姿がモヤの中に消える。今更ながら足が震えてきた優子に茶々が笑いかけ先を譲る。


 (なんかにこやかに退路を塞がれた気がするけど……)


 尻込みする自分の心を𠮟りつけ優子は一歩を踏み出す。

 モヤは全てを拒絶するようにその先を見せない。

 止まりそうになる足を無理やり前へ押し出し「輝力開放」と短く呟き力を開放し大鎌を手にモヤの中へと足を踏み入れていった。

 

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