第22話 配慮はするが、遠慮はしない

 これは確か、落合博満選手が中日に移籍してきた際の星野仙一監督のお言葉です。

 相手は確かに確かに、大物選手。となればそれなりの「気配り」は当然こちらもするが、当方として言うべきことは遠慮なく言わせていただきますよ、という趣旨。

 星野さんと落合さんの野球観その他、違いが目立つことのほうが多いようですが、よくよく見ていくと、共通点も多々あるはずです。


 今回は、星野さんと落合さんじゃなく、三原脩氏と水原茂氏のほぼ同一の条件下における対応の違いについて、ちょっと述べてみようかと。


 三原監督時代の巨人の主力選手は、赤バットの川上哲治。彼はなんせ「野球道」なんてことを言い出すようなお方ですから、毎日のように素振りをしている。これを見て少し年少の青田昇選手、自分も一緒に素振りをするがいいかというと、構わないという。それで、彼ら二人、夜な夜な素振りをして、ちょっと休憩ともなれば、近くで大福もちを買ってきてお茶でもすすりながら、バッティング談義。

 それを聞きとめた監督の三原さん、じゃあ、わしも聞かせてくれと間に入ってくるが、だからと言って余計なことを言ったりはしない。黙って聞くだけ。それでも、議論が白熱して、じゃあちょっと監督、この件どうでしょうと意見を振られたら、その点について、的確な回答を出す。自分よりはるかに実績も高い打者たちの前でも、遠慮することなく、持論を披露されたとのこと。

 大打者たちが、職業野球の「選手」としての実績がない監督とはいえ、その指摘にうならされたことも少なからずあったそうです。


 さてさて、後に監督が三原さんから水原さんになって後のこと。

 川上さんと青田さん、それに千葉茂さんもいて何やら野球の談義をしていたとき、水原さんがやってきた。まあええわと大選手の皆さん、構わず同じように議論をされている。そこで水原さん、よせばいいのに? いろいろ意見を述べた。

 おそらく、ちょっとずれたこともあったのでしょう。

 赤バットの大打者いわく、

 「二割五分の人は、ちょっと黙っておいてくれるか!」

とか何とか、選手としてはともかく、大先輩で上司でもある人に向かってそんなことをおっしゃったとか。

 こんなのをたまたま聞いた新人の広岡達朗選手は、何とも恐ろしい人らのいる世界に入ってきたものだと、びっくりされたそうです。

 

 三原さんという人は、なるほど、赤バットの川上や青バットの大下といった戦後の大スター選手の上に立ってチームをまとめていた大監督ですが、彼らに対してはものすごく配慮されていた反面、言うべきことは言っていた、つまり、遠慮することはなかったことが、複数の文献やインタビュー等の資料を読むにつれてわかってきます。

 もちろんこれは、水原さんがダメというわけじゃなく、この人はこの人でまた、すごい人であることは言うまでもないですけどね。


 三原脩という野球人は、確かに、「魔術師」とさえも言われた人ですが、物事に係る情報をもとに見極めて、それをもとに的確に対応していた人だということが、数々の文献にあたっていくことによって、判明していきました。

 三原氏の死後すでに40年近くがたちますが、その後出された書籍もあまたあります。そういう本をさらに読んでいくことで、かつて学んだ知識がさらに補強されていきます。そしてまた、他者の視点を通して三原脩という人を見ることで、こちらもさらに、自らの視点が補強されていく。

 これは何も三原さんだけではなく、他の野球人の方々についても同じです。

 もちろん、新しく出たものを読むだけでなく、あえて、高校時代に読んだ本を読むことによって再発見できることも、多々あります。

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