第八章 暖かな場所

第34話 冬模様

雪が……。

雪が降りやまない。

この部屋の外の雪は。

今も、しんしんと、降り積もり続け。


止まない雪が。

人々を疲弊させてゆく。

それでも。

それでも、私達は。


二人寄り添って生きている。

たった一つの<罪>を抱えながら。

私達は生きている。


この音すらも凍らせる世界の中で。

私達は、生きている。


―――


雪……。

雪原に。

雪が降っていた……。

ひらり、ひらりと……。

花の様に……。

ひらりひらりと舞い降りる。


そして……。

それは……。

その少女は。

ひらりひらりと、真白な羽を羽ばたかせながら。

雪原を歩く私達の前へと……。


ふわりと舞い降りた……。



「こんにちは」



私達が呆然と羽の生えた少女を見つめていると。

羽の生えた少女は私達に向かって、にこやかに挨拶をしてくる。



「……こんにちわ」



ソリスが警戒感丸出しの声で、返事をする。

うーん……まぁその気持ちは分からないでもないんだけど……。

私も正直怖くて逃げ出したいくらいだ。

でもその羽の生えた少女は……。

真っ白な雪がとても。

とても似合う女の子だな……と。

まるで幼い頃に読んだ絵本から抜け出してきたように思えた……。



「ニクスとソリス、あなた達に会いに来たの」



少女は微笑みながらそう告げる。

私達に会いに……?

何故……?

何だか急に胡散臭くなってきた……。

私達が胡散臭そうな瞳を向けているのを気付いたのか。



「えっと。私は天使で。それで、ずっとあなた達の事見てたから。大体の事は知ってる」



少女は手をバタつかせながら。

狼狽えながら釈明する。



「帰ろ、ニクス」


「そうだね。ソリス」



私達は釈明する少女の横を通りぬけ、家路に着くことにした。

そんな私達の姿に慌てたのか、少女はパタパタと慣れない雪に足をとられながら追いかけてくる。



「ちょ、ちょっと、待ってよー……私の話、聞いてって、うわっ」



あ、コケた……。

少女は雪に突っ伏して動かない。

しょうがないな……。

そう思い、スタスタと少女の元へと戻り、手を差し伸べる。



「あ、ありがとう。ニクス」


「どういたしまして。胡散臭い天使さん……」


「あ、自己紹介がまだだった。私は翼希。翼希ってよんでね」



はぁ……。

なんか、調子が狂うなぁ……。



「……で、その胡散臭い天使の翼希は何しに来たの……?」


「うぅぅ……胡散臭いは余計だよ……」



私の言葉で余程傷ついたのか、それとも突っ伏した時に打ち付けた顔が余程痛かったのか。

涙目で、少女は私達の事を見つめている。



「私はあなた達の事をひきとめに来たの。あなた達が、また願いを叶えないように」



翼希にその言葉を言われて胸がざわつく。

願い……。

私の願い……。

それはこの真っ白な雪。

私は真っ白な雪を願った……。



「おまえ、言っていい事と悪い事があるよっ!!」



ソリスはそう言いながら、翼希に掴みかかる。

この少女は知っている……。

知っているのだ……。

私の<罪>を……。

この降りやまない雪の事を。

私達が交わした<罪>の事を。

それを知っている。



「私達は……、願いは叶ったから……。もう願いを叶える気はないよ……」



私は翼希にキッパリとそう告げる。

そう。

私達の願いは叶っているんだ。

もう二度と願ったりなんかしない。

絶対に。


この冬の世界で、どんなことがあっても二人と一匹で生きて行こうと決めたのだから。

だから……。



「私達は願う事はないよ……。だから、安心して……」


「そっか。それなら良かった……」



ソリスに胸ぐらを掴まれながらも、にははと翼希は微笑む。

その声色は本当に安堵の音色を奏ていて。

悪気があって、願いの事を言ったのではないという事が分かった。

ソリスもそう思ったのか、掴んでいた手を放す。



「なぁ……お前、なんで私達の所に来たの?」


「この世界に願いを叶える"魔法使い"、<小さな星>リトル・スターが居るって聞いて……。だから、あなた達の事が心配で、飛んできたんだよ」


<小さな星>リトル・スター……」



それは、私の願いを叶えた張本人。

幼い頃の私が出会った願いを叶える"魔法使い"。


私達はもう二度と願いを叶えるつもりはないけれど。

他の誰かが、願いを叶える……?

その可能性はある気がした。


この冬に閉ざされた世界に嫌気がさして。

太陽を求める願いを叶える人物がいてもおかしくない。

そんな気がした……。



「とりあえず、ニクス、<小さな星>リトル・スターの館まで、案内して欲しい」



翼希は私に向かってそう告げる。

<小さな星>リトル・スターの館……。

幼い頃に行ったあの場所。


雪が降りやまなくなって何度かもうやめてとお願いしようと足を運んだけれど。

誰の姿も無かった館……。

今も、魔法がかかっているかのように、昔と変わらずに佇む館。

そこに行くのは今も怖いけれど……。



「……うん。いいよ。私、案内する……」


「ニクスっ!」


ソリスは私の事を心配そうに声を上げる。



「大丈夫。私はもう願わないから。だから、安心して」


「ニクスが行くなら私も行く」



言いながらソリスは私の服の裾を掴む。

ソリスも私と同様に<小さな星>リトル・スターの元に行くのは怖いのだろう。

けれど、その気持ちはとても心強かった。

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