第19話 朝に願う。

何故こんなことになってしまったのか。

願いを叶える館に入ると、既に先客がいた。

それは那直兄だった。



「刹花。お前に、願わせはしない」



那直兄は私に向かってそう告げる。



「そんな訳の分からないこと、那直兄に任せる事なんてできやしないよ!!」



私は那直兄の言葉に抗するように言葉を紡ぐ。

そうこんな自分の一番の<夢>を犠牲に、願いを叶えるなんて訳の分からん事、人に任せられるわけがない。



「……まぁ私はどっちの願いを叶えても良いんだけど……」



そう告げる<小さな星>リトル・スターと名乗った少女はボソリと呟く。



「いいや、俺の願いだけ、叶えてくれ、<小さな星>リトル・スター!」


「駄目だよ、私の願いだけを叶えて、<小さな星>リトル・スター!」


「面倒くさいからどっちの願いも叶えちゃうよ……」



私と那直兄と<小さな星>リトル・スターが言いあっていると、突然再び扉を開ける音が響き渡る。



「密閉!!!密集!!!密接っ!!!さ・ん・み・つ!!!よくもまぁ、こんなに揃えてくれたもんだなぁ、お前らぁぁ!!!」



何故か、いつものマスクのおっちゃんが突然闖入してきた。



「はいはいはいはいはい………」



私はマスクのおっちゃんに向けて半目で冷たい視線を送る。

人がマジになってる時に、空気を乱さないで欲しいんだけどなー。

このおっちゃんマジでKYじゃないだろうか。



「ていうか、密集はマスクのおっちゃんが来たことで更に発生したわけだが?」



那直兄は的確なツッコミをマスクのおっちゃんに入れる。



「シャラーーーーーープっ!!!」



いちいち五月蠅いおっちゃんだなぁ……。

ていうか、ここって秘密の場所じゃなかったの?

あの紅い洋服の少女はよっぽどお喋りが好きらしいね……。



「ソーーーーーシャルディスターーーーーーーーンスっっ!!!」



おっちゃんは私と那直兄の間に無理やり割って入ってくる。



「やかましいわっ!!!」



流石にその行動に業を煮やし。

私はその辺に転がってあった本を、おっちゃんに投げつけてやった。



「あうちっ……」


「もういいから、<小さな星>リトル・スター。さっさと私の願いを叶えてよ」


「いや、俺の願いを叶えろよ、<小さな星>リトル・スター


「……めんどくさい。どっちの願いも叶えてあげる。それで満足?」


「駄目っ。那直兄は生きなきゃいけないんだからっ」



どうせこのシスコン那直兄の一番の<夢>なんて決まっている。

那直兄の一番の<夢>はきっと私と一緒に生きる事。

もし那直兄の願いが叶ってしまったら、那直兄は命を落とすかもしれない。

それは駄目だ。

絶対にそれだけは駄目だ。

だから、那直兄の願いは叶えさせるわけにはいかない。



「マスクのおっちゃん、那直兄を連れてって」



私は本の角を頭にぶつけて目を回してるおっちゃんに向かって、そう叫ぶ。



「お、おう。それで三密が防げてソーシャルディスタンスも確保できるんだな。わかった」


「放せっ!放せよっ!おい、刹花っ!!!」



私の言葉を聞いたマスクのおっちゃんは、那直兄を連れて部屋の外へと出て行った。

さてこれで三密も防げて、ソーシャルディスタンスも保てたわけだけど。

まぁ、あっちのソーシャルディスタンスは保ててないけどね。

てへぺろ。



「それじゃ、<小さな星>リトル・スター、私の願い、叶えてくれる?」


「……分かった」



そう<小さな星>リトル・スターが呟くと私は眩い光に包まれて。

気が付くと、いつのまにか、朝顔畑の中にいた。


蝶々が飛んでいる。

朝靄の中をひらりひらりと。

私の頭上を飛んでいく。

この青い朝顔の咲き誇るお花畑で。

辺り一面朝顔畑のこの場所で。

私はその光景を眺めながら。

あの日、見た、光景を見つめながら……。



「もう、この光景を見られることはないかな……」



私はそう呟く。

体から急に力が抜けてくる。

ああ、そうか。

もう限界か。

そう悟った。


ひらりひらりと散っていく。

朝顔たちが、私の目の前で散っていく。

私の<夢>はこの朝顔のお花畑をいつまでも見ることができますように。

その<夢>はもう二度と叶わない。


もともと私は体が弱い子供だった。

生きられてもせいぜい後一か月の命だと、お医者さんからも言われていた。

だから。

こんな私の命で、世界の流行り病が終息するなら安いものだ。

こんなちっぽけな私の命で世界が救えるのだから、安い勘定だと思う。

さようなら世界。

また、会えるその日まで。


―――


ガタゴトガタゴト……。

私は何かに揺られていた。

脇で誰かが、馬鹿みたいにわめいている。

私の手を力強く握る誰かの手。



「自分はめでたく綺麗に散れて、めでたしめでたしって思うなよっ!!」



その声の主は……。

その聞きなれた声の主は。



「俺はなぁっ。刹花、お前に生きてて欲しいんだっ!!だから世界なんて関係ねぇっ!!」



恥ずかしげもなくそう叫ぶ声の主は那直兄だ。

私はうっすらとした意識の中で馬鹿っと小声でささやく。

けれどその声は届かない。

届きはしない。

私の口には救命マスクが付けられていたからだ。

でも、それで良かったのかもしれない。



「だから俺は願ったんだよっ!!!お前が元気で過ごせますようにってな!!!」



本当に馬鹿なんだから……那直兄は。

シスコンが過ぎるんだよ、まったく……。

大好きだよ、那直兄……。

そうして私の意識は遠ざかっていった。

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