第76話 ルティ、負傷する

 今さら驚きもしないが、ルティの攻撃力は頼りがいがありすぎる。

 ルティの専属ヒーラーと化しているアクセリナも、動きやすそうだ。


 王国に向かう道。

 そのほとんどは砂地が占めているが、体を休める草地が所々存在する。


 盗賊連中は冒険者パーティーの装備を、草地で回収するらしい。

 理由は、アクセリナが話してくれた。


「草地は土の地面だからね。砂地は砂ばかりで、休めない。魔物から逃げて、手をついて休めるのは草地だけ」

「砂だって同じでは?」

「それは駄目ですよ。流砂が起きる時がありますから、助からないことの方が多い」

「流砂か……。だから草地に逃げ込んで、そのまま息絶えてしまう……そういうことか」

「男たちはそう言うけど、それなりに強い冒険者たちがその場で全滅するなんて、ちょっと考えられないんだけど」


 全滅した連中の装備だけを外して盗るというのも、調子のいい話に聞こえる。

 ルティが装備を見つけた時は、放置してあったのを持って来ただけだ。


 しかし何であれ、それが盗賊連中の身を助けているのなら、詮索する必要は無いか。

 

「アック様、何か見えます~」

「……む?」


 地下都市を出てから、かなりの距離を歩いて来た。

 道中、盗賊たちの姿はちらほら見えていて、声をかけられたりしていた。


 途中で魔物と遭遇はしたが、冒険者パーティーと出会わないままだ。

 それとも、言うほどここを通らないということなのだろうか。


 レイウルム半島の地形は海に囲まれ、南北にまっすぐ突き出た半島だ。

 中央部の所々に森林があり、小さな山も見える。


 森林の奥には、流れる川や魔物の棲み処となっている湖があるようだ。

 冒険者のほとんどは、山の洞窟を経由して砂地から王国を目指す。


 おれとルティが漂着した海岸が、半島の最奥部らしい。

 地下都市は中間に位置している。


 そんな地下都市からも遠く離れ、王国に近づいたと思っていた時だ。

 小高い丘あるいは、盛り上がった土の辺りに人影が見えている。 


「セリナ、あれは……砦か?」

「そんなはずは……話した通り、ここは余裕なき道。砦を作る余裕なんて――」

「アック様っ! 何か飛んで来るです!!」

「うっ?」


 ルティは動体視力がいいことに加え、素早さに長けている。

 その彼女が庇うようにして、おれとアクセリナに覆いかぶさって来た。


 一瞬の出来事ではあったが、アクセリナとおれにケガは無い。

 しかし、


「はぎぅぅぅ……ちょっとだけ当たってしまいました~」

「お、おい、大丈夫なのか?」

「はひぃ~」


 呪われていようが何だろうが、おれは装備を身に着けている。

 回復士アクセリナも、専用のチュニックで防御力は高い。


 だがルティは、変わらずメイド服エプロンのままだ。

 今まで彼女は拳の強さと隙の無い攻撃もあって、ダメージを負うことが無かった。


 それがまさか、不意打ちによる攻撃だけで負傷するとは。

 しかも背中から腰にかけて、何か所か当たってしまったようだ。


「――これは、毒のやじり……!?」

「毒か……」

「ルティちゃんは、今まで毒を受けたことは?」

「いや、無い。というより、ダメージを負ったことは無い」

「そ、それもすごいけど、問題はこの毒です。魔物から受ける毒じゃなくて、これは明らかに薬師くすしが調合した毒……」

「それじゃあ砦に見えるあそこにいるのは、高レベル冒険者なのか?」

「恐らく」


 これは油断でしかない。

 事前にサーチしていたのに、細かくは見ていなかった。


 まさかこんな何もない所に砦があるなんて。

 しかも魔物でも無い奴から、ケガを負わせてしまうとは。


「早く毒を取り除いてくれ、セリナ」

「この毒は薬師によって作り出されたもの。回復魔法ではどうにも……」

「な、何とかならないのか!?」

「アック様~……大丈夫~ですから~……ふぎぅ」

「と、とりあえず、少しだけ後退して水のある所に……」

「分かった」


 魔物からなら分かるが、よりにもよって人間。

 それも冒険者から毒攻撃を受けるとは、完全におれの油断だ。


 アクセリナに付き添われ、湖に近い森まで後退した。

 湖には魔物が棲んでいるだけあって、冒険者が寄って来ることは無い。


 そこに抱きかかえたルティを寝かす。


「応急手当……いえ、体力を回復させるだけなら出来ますが、毒を出すとなると……」

「どうすればいい? おれに出来ることは無いのか?」

「お、お待ちください。考えますから!」


 回復に関しては、回復士に任せるしかない。

 一応おれも、精霊魔法を使える。


 それでも、毒だけを取り除く魔法はさすがに分からない。

 ガチャを引いて何か出来そうな気もするが、


「アック様、それは駄目です~ほへぇ~」

 ガチャの力を人前で見せてはいけないと、ルティも分かっているようだ。


 こういう時の為に、おれもそういうスキルを覚えていれば……。

 もちろん、ルティが死ぬわけではない。


 だが弱っている姿を見るのは初めてなだけに、どうにも出来ないもどかしさがある。


「アックさん。ルティちゃんの服を脱がしてくれませんか?」

「――はい!?」

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