第32話 即席温泉でステータスアップ!?
「――え!? 入る資格が得られないと?」
「決まりは決まりです。たとえ剣闘場で勝利をされても、あなた様は貴族では無い……ということです」
「じゃあどうすれば?」
「アグエスタでは依頼は受けられない……そういう意味ととらえてください」
何という頭の固さなのか。
そして何て融通の利かない連中なんだ。
剣闘場で騎士団の連中に勝利したおれは、アグエスタのギルドに来ていた。
しかしここでは門前払いだった。
ノーブルナイトの国というだけあり、貴族でなければギルドに入ることは出来ない。
商売を始める、あるいは資金稼ぎと思っていたのだが……。
「マスタぁ。貴族の国は大体こんなものなの。冒険者も来たがらないし、ここで稼ぐのはやめた方がいいと思うの」
「う~ん……そうか。身分差を露わにしてるし、剣闘場も注目されなかったしな。引き上げるしかないか」
宝剣のフィーサだけが、おれと一緒について来ている。
彼女だけに聞こえる音量で話しているのだが、それでもギルドにいる騎士からは変な目で見られているようだ。
「それがいいと思うの。ここを出て、別の所で稼ぐべきなの」
「よし、じゃあ宿に戻ってここを出ることにしようか」
「はいなの!」
剣闘場のことはあれで終わらせるしかない。
それと、スキュラに任せていたもう一人の男の件はどうなっているのか。
フィーサの言うとおり、おれたちは宿に戻った。
部屋に入ろうとすると、何やらドアの隙間から湯気が立ち込めている。
まさか留守の最中に火事でも起きたか。
「な、何が起きて――い!?」
部屋の異常さに気付き、驚いてしまった。
何故なら、部屋の中に温泉ともいうべき光景が広がっていたからだ。
「あっ! おかえりなさ~い! 丁度いい湯加減ですよ~」
「はっ……? ルティ? 一応聞くけど、それは?」
「はいっっ! 即席温泉ですっ! とってもおっきめの桶を持って来たんですよ~!」
自前の即席温泉とは驚きだ。
「持って来た? え、どこから」
「もちろん、わたしの家ですよ~! アック様が帰って来る前までに、大急ぎで!!」
何をどう突っ込んでいいのやら……。
元気づけようとしてくれているのは分かりやすいのだが、やりすぎだ。
「小娘!! イスティさまのお気を引こうとそこまでするなんて、ズルい、ズルイ!!」
「いや~それほどでも~。フィーサも入る?」
「錆びたくないから嫌だもん!!」
スキュラはまだ帰っていないようだが、帰って来たら何て言うのか。
「ささ、アック様。どうぞ、お入りください~」
「は、裸で? ――でいいんだよね?」
「もちろんですよ~! そうすれば効果も上がりますから!」
「うん?」
一度見られたからではないが、ルティが恥ずかしがる素振りが無い。
そうなればおれが覚悟を決めて入るしかないわけだ。
お湯を嫌がるフィーサを、部屋の外に避難させた。
そしておれは着ていた装備を外し、裸になることを決意した。
ルティがやたらとニコニコしている中、おれはゆっくりと湯の中に浸かった。
「うっ……!?」
こ、これは、もしや体力の全回復なのか。
全身に沁みわたる力の増幅な感覚……単なる温泉じゃない。
ステータスアップの温泉みたいなものだろうか。
「ご主人様。お湯加減はいかがですか~? お背中お流ししますよ~」
「あぁ、悪くないな」
「ではでは、参りますよ~」
「――んっ!? 背中……? わー待った待った!!」
裸で無防備なのに、ルティに背中を流してもらう。
これは何かとまずいのでは。
しかし宿の部屋の中で、逃げ場もない。
「あ、わたしは服を着てますから、ご安心を~!」
「……だ、だよな」
何か安心したような落胆したような……。
これが回復魔道士である彼女のやり方なのだとしたら、身を任せるか。
しかし――。
「――まぁ、こんなもんだろうな」
「はい~? 何です?」
「いや……気にしなくていい」
自分の想像とは全く異なり、現在、ごくごく平和な背中流しが繰り広げられている。
そもそもの話だが、ルティに対し色気のようなものを求めてはいけない。
淡い気持ちをほんの少しだけ抱いていたのは、内緒にしておく。
とても平和な時間が流れているが何てことは無い。
ルティから、一つの作業のように背中を洗われているだけだ。
実はこの背中洗いも、防御力がついているのではないかというような妙な感じがある。
彼女が自称回復士だからかもだが。
彼女にはもしかすれば、隠れスキルがあるのかもしれないな。
「しかし宿の部屋に温泉とは、よく許可されたな」
「えっ? してませんよ」
「――えっ」
まさかの自己判断というやつか。
「樽をわたしの家から持って来まして、そこに温泉水を入れただけですから!」
どや顔されても答えに困るが、まぁいいか。
ルティは手先が器用らしいし下手な真似はしないだろう。
これも彼女の錬金術スキルによる賜物かもしれない。
しかし、どこまで無茶苦茶なことを可能に出来るのか。
温泉水も単なるお湯ではないようだし、支援だけに特化させたらすごそうだ。
「ルティ。その温泉水は万能効果があるようだけど、いつでも作れるのか?」
「それがですね~、そろそろ手持ちの素材が尽きそうなんです。アック様は、ダンジョンとか魔物狩りをする予定がありますか?」
やはりそうだよな。
素材は無限じゃなくて、きちんと調達しなければどうにもならない。
剣スキルを上げるのには魔物狩りがベストだろうし、必要なことだ。
ダンジョンはやみくもに探すわけにもいかないしどうするか。
「スキュラが戻ってきたら、ここを出ようとは思っている」
「本当ですか! それは楽しみですっ! ところで、ガチャで出した防具はどうするんです?」
「あ~……目立つよな、やっぱり」
あの荒くれ騎士たちにもからかわれたし、赤は目立って仕方が無い。
「……アック様がよければ、装備の素材を頂いてもよろしいですかっ?」
「素材を?」
「はいですっ! 何かに分解出来そうなのです」
「まぁ、いいかな。どのみち、ここを赤い装備のままでは目立つだろうし、いいよ」
錬金術で何かしてくれるということか。
「ありがとうございますっっ! 嬉しいですっ、アック様!!」
「――っ!? なっ……!? うごぁっ」
突然背中に感じられたのは、ルティからの抱きしめと、羽交い絞めの連続攻撃だった。
嬉しさのあまりに抱きつかれたまではいいが、このままではよろしくない。
「――何を……されて?」
それがまさにこれだ。
悪いタイミングで、スキュラが戻って来てしまった。
「こ、これはだな、うぐぐぐおお……」
「あぁ、そういうことですのね。それでしたら――」
ルティの暴走に気付いてくれた。
スキュラは、おれの背後にいるルティに麻痺をかけたようだ。
「ほええ……ぶくぶく~」
その効果はすぐに出て、ルティは樽の中で弱り切っている。
「全く、宝剣がふてくされていたかと思えば、今度はその娘と一体何をしていたのかしらね」
スキュラの後ろから、宝剣フィーサの心配そうな声が聞こえて来る。
「イスティさま、大丈夫~?」
「あ、あぁ……な、何とか」
どうやらスキュラと一緒に行動していたみたいだ。
「アックさまの為に動いていましたのに、ドワーフ娘に振り回されているようでは困りますわ」
「ご、ごめん。それで、首尾は?」
「まずは、アグエスタを早急に出る必要がありますわ!」
「――え?」
スキュラによれば剣闘場での勝利に関係無く、良くないウワサが騎士国に伝わったらしい。
暴れたおれを介抱した老人が話を広めたようだ。
「ですので、外での騎士団もどきが全ての元凶ですわね」
「――というか、無許可で剣闘場を使用したのか」
何の疑いも無く戦いを挑んだが、あちらさんも勝手にしたことだったとは。
「あたしが取引をしたアルビン・ベッツなる男からの話ですわ。勝手に剣闘場を使ったのは、キニエス・ベッツ。騎士団を勝手に率いたことで、破門されたようです。その男は、ベッツ一家の追放者のようですわね」
酒場でスキュラにあっさりやられた男か。
「本物の騎士団がアルビン・ベッツ?」
「そうですわ。そして、アックさまが魔石化された勇者グルート・ベッツの兄でもありますわね」
なるほど、勇者グルート・ベッツの家の者か。
「その兄が追っているのは、もしかしておれなのか?」
「いいえ。敵討ちでは無いようですわ。目的は勇者が放置した魔物を倒せる強さの人間。敵討ちでしたら、出会った時点で襲って来ますわよ」
それもそうだ。
こっちのことは全く知らなそうだったし、単なる興味本位だった。
「魔物を放置……?」
「あの勇者はSランクとなるまで、悪行三昧を――」
言いかけた所で、スキュラに口を封じられてしまった。
何か感じたか。
「……むごうっ?」
「アックさま、ここにいては捕まりますわ。今すぐ裏から逃げなければ!」
「むう、むうう?」
敵が近づいているようだ。
「この国は、貴族以外の人間がしたことを罪に問うのですわ。剣闘場でのことが公(おおやけ)になった以上、アックさまは罪人なのです」
スキュラが声をひそめながら言うように、外が騒がしい。
おれの破壊活動と、騎士団との私闘による悪評が広まったようだ。
「ぷはぅっ……そ、装備を代えないと――」
「あら、失礼しましたわ。目立ちますけれど、その赤い装備を急いで整えてくださいませ!」
「わ、分かった」
貴族騎士の国というだけで嫌な予感しかなかった。
しかしまさか、追われる身になるとは。
「ほへほへほえ~……あれれ、アック様、どこへ~?」
麻痺が和らいだのか、ルティが上体を起こしている。
「ルティ、おれの背中につかまれ! ここを出るぞ」
「は、はいっっ!!」
「あたしは、宝剣と一緒に出ますわ! アックさまは、ドワーフ娘と共に、外門へ!!」
もはや資金稼ぎどころじゃなくなった。
剣闘場での行為も、まさかそんな濡れ衣を着せられていたとはな。
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