第72話 ヘンタルの丘
軍師役のシランは、ヘンタルの丘の頂上を本陣に定めた。1万の軍勢はこの本陣を中心に丘の中腹部に布陣する。中央の主力部隊3千をフランに任せ、その両翼を固めるように千人ずつの部隊が6隊、左右に展開する。
前線での指揮はフランに任せることにした。彼女は正式に、賢者の守護者である『
「私には荷が重すぎます!」
叙任は出陣前最後の軍議の中で行われた。軍議の終了後、彼女は叙任を取り消すようにオレとリョウに求めてきた。
「何を言うんです。ハンシイ姫から信頼されていて、兵士や離反転生者からの人望も厚い。あなた以上にふさわしい人はいませんよ」
「ですけど……シャリポさんと同じ称号ですよね? あの人と私なんかが同格というのは……」
「だから、でもあるんだフラン。シャリポと同位の人間が転生者にも必要なんだ。わかってくれ」
リョウは懇願するように言った。実はシャリポも、それより前に
この叙任が何を意味するものなのか、様々な憶測を呼んでいた。オレたち賢者グループとギョンボーレ族の間の軋轢を危ぶむ声もでている。そんな状況で、賢者の名のもとに軍権を司る職務を、シャリポ一人に独占させてはいけない。リョウはフランにそう説明した。
「俺たち賢者は、実戦の経験が殆どない。魔王との戦いも経験したキミにしか任せられないんだ。頼む!!」
リョウはフランに頭を下げる。まだ議場を退席していない人たちの目もあり、それ以上フランは、断ることが出来なかった。
* * *
「フランさんには悪いことをしたよな……」
「まぁな。けど、彼女にしか任せられないというのは事実だし、彼女も納得はしているはずだ」
オレとリョウは、眼下で布陣を進めている自軍を眺めながら話していた。その中心で、クルシュにまたがって兵士たちを激励しているフランの姿がよく見える。
「少なくとも、この世界生まれの誰かに任せるよりよっぽどいい。オクトがやらかしたけじめは、転生者でつけたいからな」
「そういう意味じゃ、申し訳ないのはむしろこの戦いに参加してくれた、転生者以外の全員ということになるか……」
そこに伝令兵が馬に乗って丘を駆け上がってきた。彼はオレとリョウの姿を見つけると、馬を下りて走り寄ってくる。
「ギーブ留守部隊からの報告書です」
伝令兵はリョウに一枚の紙を手渡した。ギーブにはごく少数の留守部隊を残している。難攻不落の城塞都市とはいえ、彼らだけで守り通すのは不可能だ。が、王都からギーブへ向かうためには、ここヘンタルを横切るか、大きく迂回するしかない。
リョウは報告書に書かれた文字に目を通した。
「…………」
「なんだって?」
「シャリポとギョンボーレの部隊が、ギーブを離れた」
「……そうか」
シャリポ達はヘンタルの布陣には参加していない。オベロン王からの命を待つという理由で、ギーブに残っていた。
報告書をくしゃくしゃと丸めると、リョウはそれをオレに手渡した。
「明日は決戦だ。早めに寝よう」
オクト率いる敵本隊にはハルマが潜入している。ガズト村での前哨戦と同様、クルシュと糸電話を利用した通信によって、敵本体の位置は正確に把握している。それによれば、本体の到着は明朝と予想されていた。
* * *
翌朝、街道の向こうから迫ってくるオクト軍の姿が見えた頃。矢継ぎ早にあちこちから伝令が入ってきた。
「敵本軍、その数6万!! 当初の情報の2倍です!!」
「世明け前に、密かに進発していた別働隊と合流した模様!!」
「別働隊はそれだけではありません!! ギーブに向かって2万の軍が迂回路で迫っています!!」
「内応者です!! 我が軍の情報が敵に漏れていた模様!! 兵力や布陣だけではなく、シャリポ殿の離反や、
オレとリョウはテントの中で朝食をとりながらそれを聞いていた。不意に、リョウの肩が小刻みに震えだす。
「ふふふ……ははははっっ!!」
ついに堪えきれなくなったリョウが高らかに笑い声を上げた。
「やったぞゲン!!」
「ああ。この戦い、もらった」
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