第25話 逃れられない罰


 デートを重ねるにつれて、彼女が度々見せていた陰りのある表情は段々と少なくなり、今ではもうすっかり純度の明るさを取り戻していた。

 

 自主退学をしようとしていた件はなんとか取り下げてもらえたものの、彼女に纏わりつく問題がなくなったわけではない。

 教室内で孤立している彼女、そこにいじめも加わってきたため、学校生活を送る上で精神的に辛い状況が続くことだろう。

 

 全日制の普通科高校では出席回数や授業単位取得が重視され、保健室通いや別室登校をしたところで肝心の卒業条件を満たすことができない。

 そのため不登校の生徒に用意された救済措置といったものは特に無く、彼女は生き地獄ともいえるあの教室で耐え凌ぐ他ないのだ。

 

 小林から夏休み前に海に行く約束をした件で電話をもらった時、僕は相談を投げかけてみた。

「えっ!お前ら付き合い始めたの!?」と驚きを隠しきれないリアクションを取られた後、「隅に置けないのぉー」と楽しそうにしていた。


「まぁまかせとけ。皆がついてる。お前等だけで背負う必要ないって」と頼もしい返事をもらえた。

 小林達のグループの中に混ぜてもらえれば、あいつらも易々と手出しはできないだろう。


「明後日の海、綾瀬も連れて来いよ。皆に紹介するし、いい奴ばかりだから」


 彼が言うのなら間違いないのだろう。つい一か月前に遅れてやってきた奴にここまで親切にしてくれるなんて、彼と友達になれて本当によかったと思った。


「あぁ、聞いてみるよ」


「おっけー。そんじゃまた教えてくれーい」


 通話が切れ、僕は携帯電話をポケットに入れて部屋のベッドから起き上がる。

 そういえば、夕飯買いに行かないとな。


 母は今日も仕事に出ていない。いたところで大量のお酒を摂取し机に突っ伏して寝ているだけなので料理を作ってくれるはずもないが。

 僕も途中までは自炊を心掛けていたが、最近は施設で料理を頂くことが多くなりそれについつい甘えすぎてしまっていた。

 

 ポケットにカギと財布を突っ込み、折りたたまれたエコバックを持つと、そのまま玄関の方へと向かい買い出しに出かけた。




 その後、僕は一番会いたくない連中と鉢合わせしてしまう事になる。

 スーパーを出て食材のパンパンに入ったバッグを持ち、近所の公園前を通った時。

 日が暮れようとしていて各家庭が忙しくなる中、近隣迷惑など考えていない下品な笑い声が聞こえてきた。

 

 思わずそちらを見てしまうと、おそらく僕とあまり変わらない年齢の男子が二人、女子二人、計四人のガラの悪い集団が居座っていた。

 男の内二人は煙草を咥えてうまそうに煙を吐き、ベンチに座っている女子二人は大股を広げ耳障りな高い声を上げて笑っている。

 

 関わらない方がいい、普段ならそう判断して目を逸らし、何も見ていない様子で立ち去っていただろう。

 目を剥いてしまったのは、彼らの一部の人間が僕と同じ中学に通っていた、かつての不良仲間だったからだ。

 

 最後に会ったのは春、高校入学式前に僕の足をへし折ってきた奴らだ。

 早く逃げないと、きっとタダでは済まされない。

 

 しかしベンチに座っている一人の女子に、僕は見覚えがあった。

 あいつは確か、詩織の弁当を庭に放り投げた連中と一緒にいて、後ろでケラケラと笑っていた奴だった。

 

 当時の心境を思い出し、僕は拳を強く握り締め怒りが込み上げてくるのを感じた。

 じっと睨んでいると女子はこちらに気付き、「あ?」と表情を歪ませて目を鋭くした。

 

 僕の姿を捉えると男は煙草を足元に落とし、気怠そうに首を回しながらこちらに近づいてきた。

 一人が動くと後ろの連中も続いてきて、僕はあっという間に男三人に周りを囲われてしまう。


「よぉ、涼川。久しぶりじゃねぇか」

 ドスの効いた声が空気を震わし、僕は表情を引き締めて彼を正面から見据える。


「八谷・・・」


 そう言うと、彼はにやりと笑い黄ばんだ歯を覗かせる。

 殴りやすそうなものを見つけた、そう言わんばかりの狂気じみた表情をしていた。


 何故僕はこんな奴らと関係を持ってしまったのだろう。

 せっかく不良というろくでもない囲いから抜け新たな一歩を踏み出せたと思った矢先、また彼らはこうして邪魔をしてくる。いい加減ほっといてほしい。


「何?こいつ八谷の知り合いなのぉ?」

 金の頭に焦がした肌といかにもギャルを意識した女子は頭の悪そうな声で言う。

 八谷はけらけらと笑い僕の肩に手を回してくる。


「あぁ、中学ん時の友達だ。つっても、こいつは途中俺らと縁を切るとか一方的に言い出しやがってよぉ。寂しかったんだぜ、涼川よぉ」

 近距離で囁くように話され、臭い息が顔にかかる。

 表情を歪めると、直後右足に衝撃が走り僕は路上に転がっていた。


「足、まだ痛むか?」


「前田・・・!」


 追撃で僕の膝裏をぐりぐりと踏み潰し、苦しむ姿を見て彼はへらへらと笑う。

 彼も中学時代よくつるんでいた内の一人だった。


「そう睨むなって。骨折程度で済んだのは、むしろ俺らの優しさみたいなもんだ。本当は殺したい気持ちを抑えてうずうずしていたのによ」


「おいおい前田。久しぶりの再会なんだ。手荒にすんなよ」


 八谷は僕の胸ぐらを掴んで無理やり起こし、「おっと手が滑った」と言い再び僕を路上に叩き落した。

 汚らしい笑いがどっと上がり、僕は反撃したい怒りを抑えながらふらふらと立ち上がった。


「なんだ涼川。やり返してこないのか?あ?」


 誰がその手に乗るかよ。今更なお前らの餓鬼みたいな喧嘩に付き合うわけがないだろう。

 心の中で悪態を吐き、勝ち誇ったように笑って見せると八谷は僕の鼻を目掛けて思いっきり殴り飛ばしてきた。

 コンクリートの塀に背中が叩きつけられ、急な衝撃に体が追い付けず激しく咳き込む。


「調子乗ってんじゃねぇぞ」

 項垂れてコンクリートの粗目を見ていると、髪の毛が捕まれ八谷の顔が真正面に来る。


「さて、どうしてやろうか」

 八谷は煙草を口に咥え、ライターを胸ポケットから取り出し手慣れた動作で火を点ける。一息吸うと、思いっきり僕の顔に向かってそれを吹きかけてきた。

 

 煮るなり焼くなり好きにしろ、リンチなんて今更な話だ。


「あ、涼川って。やっぱり」

 八谷の隣で誰かが呟くように言い、見ると高校で詩織をいじめていた女子が僕に気付いて近寄ってきていた。

 ショートの黒髪を靡かせ、好奇な目でこちらを見る。


「なんだ、お前の知り合いかよ」


「ううん、高校が同じなだけ。でも地味な奴だから、ぜんぜん気づかなかったよ」

 僕の殴られた痕を痛そーと興味なさげに彼女は呟く。

 小綺麗な容姿で清純そうな感じがするが、似た目に反して彼女は冷めた目で僕を見下ろしていた。


「お前、綾瀬と付き合ってんの?」

 彼女は髪を指先でクルクル回しながら聞いてくる。


「あぁ、付き合ってるよ」

 指先に纏まった髪をぐしゃりと握り潰し、彼女はキッとこちらを睨む。


「キモイんだよ」


 キモイ、か。気に食わないことがあれば何でも転用できる都合のいい言葉だ。

 僕が鼻で笑うと、八谷が「てめぇ何笑ってやがる」と首を掴まれ息が詰まる。


「こいつ、やっぱ痛い目合わせた方がいいよ。縁を一方的に切られた件やっぱりむかつくし、普通に高校通って彼女作ってる不似合いな状況もむかつくし」

 前田は横目で見下ろしてきて、指の関節をパキパキ鳴らしている。


「だな。しばらくデート行くのも恥ずかしくなるくらい、顔パンパンに腫らせてやるよ」

 にやりと笑い、僕を両手で引き上げ力ずくで立たせると、「ほら、歩けや」と言われ背中をドンッと押された。


「行く場所は分かってるだろ?」


「・・・あぁ」


 リンチされる場所、それは当時する側だった時によく使用していた場所だった。

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