第14話 似た者同士


「あ、お兄ちゃん!ありがとっ!」


 入ってきた玄関から外に出ると、結衣ちゃんが僕の元へ駆けてきた。

「いいよ」と言って小さな頭を撫でるとえへへとくすぐったそうに笑っていた。


「涼川くん、ごめんなさい。結衣ちゃんが変な事頼んだみたいで」

 僕達の声を聞いて気付いたのか、玄関の方から詩織が出てきて申し訳なさそうに頭を下げている。


「いいんだ。冒険みたいで楽しかったよ」


「そう?だったらいいんですけど」


「だから言ったでしょ?お兄ちゃん優しいんだからぁー」

 詩織は結衣ちゃんに近づきほっぺを軽くつねると「いでで」と両手を振り回して喚いていた。

 ちょっとしたお仕置きが終わると彼女は手に持った清涼飲料水を僕の手元に置いた。


「外は暑いですから、よかったら・・・どうかしました?」

 不思議そうに首を傾げ、覗くように僕の方を見てきた。


「いや、なんでもないよ。さ、暗くなる前に早く行こうか」


「そうだね!早く行こうっ!」と結衣ちゃんが声を上げ、それを合図に石階段のステップに座り込んでいた子供達が立ち上がり門の方へと駆けていった。


「お姉ちゃんたちも早く早くー!」

 結衣ちゃんは僕がもらったものと同じ飲料水のペットボトルを振り回し、眩しい笑顔をこちらに向けていた。


「じゃあ、涼川くん。追いかけましょうか?」

 頷くと、僕と詩織も結衣ちゃん達を追いかけ走り出した。




 雑木林の中に入り、土の開かれた山道を子供達が先導し歩いていく。

 木漏れ日の照らす様子が幻想的で、横から入ってくる涼しい風が火照った体を冷やしてくれた。

 詩織が途中振り返り、僕の方を見て聞いてくる。


「そういえば、涼川くん。なんで私があの施設にいることが分かったんですか?」

 あぁ、そのことかと思い僕は返答する。


「綾瀬さんが僕の部屋で目覚めた日、僕の携帯を借りてどこかにかけていたでしょ。それで履歴の番号を調べて、もしかしたらここにいるのかなって思ったんだ」

 

 シオリを返すためにそこまでするかと引かれたくなくて、できれば言葉にしたくなかったことだ。

 結果的には彼女との関係がかなり好転することになったので、その行動自体は後悔していないのだが。

 

 しかしまさか本当に児童養護施設に詩織がいるとは思わなかった。

 その点に関して聞いてみたかったが、踏み込み過ぎかと思い置いておくことにした。


「そっか、そういえばそうでしたね。わざわざすみません」


「いや、いいんだ」

 彼女が視線を外し前に向き直ろうとした時、「ねぇ、綾瀬さん」と呼び止める。


「はい?どうかしましたか」


「あの、ちょっとだけ気になっていたんだけど。綾瀬さん、なんでそんなに言葉遣いが丁寧なの?」


 あぁ、と言葉を漏らし彼女は頬を指先で掻く。ついに指摘されたかと思わせるような素振りだ。


「これは、ちょっとした癖みたいなものです」


「癖?」


「はい。知っての通り、私は同じ年頃の人達と気兼ねなく話せるような相手は基本いなかったんです。今は涼川くんがいますけど、それまでは本当に一人っきりで過ごしていました」

 彼女は俯き、自嘲気味に笑う。


「だから人と関わらざるを得ない時、どう転んでもいいように予防線を張るようにしていたんです。その一つが丁寧口調で話すこと。相手から一歩距離を置いて話すことで、近づこうとも離されようともいいようなスタンスを自然と構築していたんです。それなら相手から求められていると勘違いすることも、拒絶されることで傷つくことも避けられますから・・・ごめんなさい、性格の悪い話で」


「・・・いいや、少しだけ分かるような気がするよ」

 僕の言葉が意外だったのか、彼女は「えっ」と声を漏らした。実際僕は彼女の話が少しどころか、共感する部分はかなり多かった。


「僕も少し前まで、といってもあの時から変われているのかは分からないけど。他人を威嚇することで相手との関係がどう転んでもいいように予防線を張っていたんだ。僕の過ごした中学校は、いわゆる不良の吹き溜まりのような学校で、昨日の友は今日の敵なんてことは珍しい事じゃなかった。だから相手と一歩距離を置くことで、殴っても罪悪感が沸かないように、殴られても心が傷つかないように、自然とそんな生き方が仕上がっていた」


 彼女は立ち止まり、真っ直ぐに目を見て話を聞いてくれた。そこには似た傷を抱えた者同士で通じ合うものがあったのかもしれない。


「ねぇ、綾瀬さん。僕達は案外似た者同士なのかもしれない。君が相手から自然と距離を置いてしまうのは分かるし、それは僕も同様の事が言える。だからこうしないか?僕達の間では互いの生きづらさを共感し合うことで、余計な感情を抜いて距離を置かずに接する。そうすれば、本当の友人関係がどういうものなのかを知ることができるのかもしれない」


「本当の友人関係・・・ですか?」


「うん。どういうものなのかは、僕にも分からないけど」


「なるほど、でもそうすれば、私達の厄介な癖も治るのかもしれませんね・・・ううん、治るかもしれないね」

 彼女はまた敬語で話していたことに気付き、崩した言い方に訂正する。友人同士の会話としてはそっちの方が自然で抵抗なく言葉が耳に入ってきた。


「敬語を使わないで話すのは久しぶりな気がする。なんだかくすぐったいね」

 僕は笑って、「すぐに慣れるさ」と返した。


「お姉ちゃんたちー!何してるのー?」

 奥の方から声が聞こえ、見ると先に歩いて行っていた結衣ちゃん達が立ち止まり「早く早くー!」と手を振って催促していた。


「行こうか、涼川くん?」

 頷くと、僕達は小走りで結衣ちゃん達を追いかけた。

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