第833話 お薬飲んで

 揺れているような気がする。フワフワと宙を浮いているようだ。



「ん……」

「ごめん、揺れが大きかったかな?ウィルやノクトのようにはいかないね」



 眉尻を下げ、申し訳なさそうにジョージアが私を覗き込む。大好きなハニーアンバーの瞳が心配してくれているのがわかった。



「大丈夫です。それより、自分で……」

「いいよ。もう少ししたら部屋だから」

「……はい」



 優しく微笑むジョージアに任せ、私は再度目を瞑る。

 揺れが停まったので、部屋の前まできたのだろう。ゆっくり瞼をあげると、扉をあけるのにどうしようかと悩んでいるようだった。



「おりますね」

「えっ?」

「少し、頭痛がおさまっているので、大丈夫ですから」



 そういうと、ジョージアがおろしてくれた。微妙にバランスを崩し、腕に捕まったが、ベッドまでは、なんなく歩くことができた。



「えっと……」

「あぁ、黒ずくめの男だよね?アデルが来てくれて、今、処理をしてくれているよ。あと数人の警備隊も来てくれているから、朝には元通り。でも、あの料理人は、もしかしたら、病むかもしれないな……」

「……ごめんなさい。失敗しちゃって。命まではと思っていたんだけど……」

「仕方ないよ。そういう覚悟の上、こうして来たんだろうし」

「ジョージア様は、その……大丈夫ですか?」

「あぁ、死体がってこと?」



 えぇ、と曖昧に返事をすると、ベッドに腰掛けてる私の側に自身も座った。



「死体に関しては、なんとも思わないよ。一応公爵家の跡取りだから、狙われたり攫われたりと、それなりにあったんだ。目の前で、人が血を流して死んでいくところは、多くはなくても見ている」

「それほど、狙われていたのです?」

「生まれてから5歳くらいまでは。貧乏貴族であっても、冠は立派だし、祖父がわりと恨まれていたからね。そこかしこに。生きていられるのは、ディルのおかげでもあるけど……そこまで、アンバー公爵家に忠誠を誓っているって感じじゃなかったから、死なない程度に警護されていた感じ?」

「あの完璧主義のディルが?」

「そう。っていっても、まだ、そのときは、ディルが筆頭執事ではなかったから、掌握しきれていなかったっていうのもあるかな」



 意外な話を聞き、驚いた。



「ジョージア様って、狙われたことあるんですね?」

「まぁ、それなりにはね。アンナは、なさそうだね……?お義母さんが強すぎるし、お義父さんも報復に経済制裁とかしてきそうだな……」



 私の両親を想像しながらジョージアがクスっと笑う。実際あった話なので、曖昧に笑っておく。狙われたのは、じゃじゃ馬な私ではなく、大人しく女の子のような兄であったのだが……『侯爵が溺愛している娘』と間違えられたなんて、どっちも恥ずかしくて公表出来なかった。当の娘は、令嬢とはかけ離れどろんこになっていて、兄が攫われたことを知らせに帰ったのだから。



「それにしても……アンナが領地にいる間に仕掛けるなんて、よっぽど考えなしなんだね?」

「でも、ちゃんと、ジョージア様が一人になったところを狙っていましたよ?」

「狙われたのは、アンナじゃなくて、俺だった?」

「えぇ、そのようです。殺してしまったので、背後関係をあらうのは、難しいかもしれませんが、玄人ではないように感じたので、案外調べられるかもしれません。ただ、とかげのしっぽ切りにされる可能性はないとはいえませんね」



 ふぅっとため息をついたとき、また頭痛で呻く。ふだん、病気らしい病気を全くしないので常備薬が少なく、困っていると、ジョージアが薬を手渡してくれる。



「俺のでよかったら。ヨハンが作る薬に比べると、効き目は薄いかもしれないけど、ないよりかはいいだろう」



 水を持ってきてもらい、その薬を流し込む。粉薬なので、口に苦いのが残ったので、もう一杯水を飲んだ。

 そのとき、コンコンとノックされる。どうぞと返事をすると、アデルが見え、そのあとお湯を持ったリアンが一緒に来てくれた。



「アンナリーゼ様、おケガはありませんか?」

「えぇ、平気。どこもなんともないわ!それより、処理を任せてしまって、ごめんなさい」「いえ、それも仕事ですから。それより、お守り出来ず、もうしわけありません。罰を与えていただきたく」

「罰なんて、いいわ。ジョージア様も私もこの通り。領地での警備については、緩いところがあるから、明日にでも見直しを考えましょう」

「……はい。ウィル様とノクト様のいない間の失態。どうお詫びしたらいいのか……」

「今後に期待するわ。今日は、少しだけ警備を増やして、休みましょうって、もう明け方ね」



 カーテンの向こう側が明るい気がする。



「あの、ジョージア様がお湯を所望だと伺ったのですが……」



 アデルとの話がひと段落したと見て、リアンが話しかけてきた。元々、ジョージアが用意してくれていたものだが、冷めてしまったらしく、料理人が新しく沸かしてくれたらしい。リアンも、微力ながら、後始末を手伝ってくれたので、今、ここにいるのだと聞いて驚いた。



「リアン、その、大丈夫?」

「えぇ、大丈夫です。そういうこともあるって、学んではいますから」

「学んでいるのと、実際は違うわよ?」

「いえ、アンナリーゼ様が、今は全て。どんなことでも大丈夫なのです」

「そう。ありがとう。今日は、もう少しだけになったけど、休んで頂戴。あとは、自分でするから」

「そういうわけには……」

「俺が手伝うから大丈夫。そのつもりで、お湯をもらいに行ったんだから、大丈夫だよ」

「……そうですか」



 リアンを見れば、口でいうほど、大丈夫そうには見えない。こんな時こそ、アデルの出番だ。ここで、しっかり好意を示せとばかりに、ニッコリとアデルに向かって微笑む。



「アデルに部屋まで送ってもらってください。なんなら、少し話をしてはどうかしら?私たちの身の回りのこと、警護や世話のことで、話し合ってくれると、助かるわ!」



 リアンは困惑しつつもわかりましたと返事をくれ、アデルは言うまでもない。ペコペコと頭を下げる。

 下がっていいというと、二人で部屋から出ていった。

 リアンとアデルの様子を見ながら、ジョージアと目を合わせクスっと笑ったのである。

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