第825話 葡萄畑

 レオと朝食を取っていると、具合の悪そうなジョージアが部屋に入ってきた。明らかに二日酔いなのだろう。私はジョージアを見てクスっと笑った。



「アンナ様?」

「ジョージア様、たぶん二日酔いよ」

「……それは、辛そうだ。セバス様もたまになっていますよね?」

「セバスはお酒があまり強くないからね。それでも、ウィルやリリーたちとたまに酌み交わすと、だいたい翌日はあんな感じかしら?」

「二日酔いって、どうしたら治るのでしょう?」

「眠る前に大量のお水を飲んでおくといいのだけど……昨日は、ジョージア様に飲ませる前にぐっすり眠ってしまったからね」



 珍しく酔いつぶれたジョージアは、のそのそと私の側にやってきた。



「……おはよう」

「おはようございます。具合がわるそうですね?」

「……うん、珍しく酔いつぶれたみたいだね。頭が痛いのと気持ちが悪いよ」

「お水飲まれますか?」

「……うん、お願い」

「お薬もありますけど……」

「……アンナの何でもありの万能解毒剤?」

「そうです。ずっと具合が悪いよりかは、少し飲まれては?」

「……あるなら、くれる?その前に、お水……」



 だらしなく机に倒れこむジョージアにレオがお水を持ってきてくれていた。



「ありがとう、レオ」

「いえ、いつもセバス様に持っていくので。ジョージア様、大丈夫ですか?」

「……うん、大丈夫といいたいけど。ごめん、水……」


 レオから水を受取るとゴクゴクと飲んでいく。実は、レオが用意した水は、コップ1杯ではなく、コップ1杯と水差しいっぱいの水を用意していた。



「ジョージア様、まだ、お水飲まれますか?」

「えっ?まだ、あるの?じゃあ、欲しいかな」



 コップを差し出すジョージアに水差しから水をナミナミと注いでいく。そんなやり取りを5回程したころ、義父とリリー、アデルが入ってきた。食事の用意をするため、メイドたちも動き始め、ホカホカの朝食が美味しそうな匂いをさせるが、ジョージアにはきついのだろう。



「うぅ……気持ち悪い」

「なんだ、ジョージア。二日酔いか?」



 おかしいのか、義父はケタケタと笑うと、ジョージアが珍しく義父を睨んでいた。

 仕方がないので、机の下でスカートを捲り試験管をジョージアの前に置く。



「……ありがとう」

「いえ、早く治るといいですね?ユービスに言っておきますから、葡萄畑を見て回る間は大人しく休んでください」

「……すまない」

「いいですよ。ほら、飲んでください」



 解毒剤を飲むように勧めると、蓋をあけて一気に飲み干した。そのままフラフラと部屋に戻っていく。その背中が何だか可哀想で仕方がない。



「ジョージアがすまなかったね?」

「いえ、そんな。いつもは、酔いつぶれたりしないのですけど……こうして、お義父様と一緒に出掛けられたことが嬉しいのかもしれませんね?」

「違うと思うよ?アンナリーゼと一緒にいられることが嬉しいのだろう。毎日一緒にいるとはいえ、ほとんどが執務を中心に生活していると聞いているからね」

「……しばらく、離れて暮らしていましたから。ジョージア様には申し訳ないです」

「公に言われて向かっていたのだろう?それなら、仕方がない。筆頭公爵としての責任を果たさないと、結局、領民へそのツケが回ってくるからね」

「……はい。公からの話は、拒否できませんからね。だいたいは、国が亡くなりそうなくらい、まずい状況のときが多いので」

「確かに。公もなかなかの温室育ちだからね。アンナリーゼはさぞかし刺激が強いだろうね」



 義父は私を見て笑うと、朝食を食べ終わったあとの話をする。



「葡萄畑は、どれくらいの距離?」

「馬で5分から10分くらいのところですよ!」

「そうか。このあたりの視察はしたことあるけど、葡萄畑は、恥ずかしながら行ったことがないんだ」

「そうだったんですか?葡萄の木を見たことなかったんですね」

「あぁ、葡萄酒が特産品だなんて、知らなかったからね。このあたりだけで流通していたと聞いている」

「そうなんです!私もユービスに聞くまでは知りませんでした。お酒は飲まないので詳しくはありませんし……」



 では、まいりましょうかと声をかけると、席をたつ。荷物はこのまま置いて行くので、身軽に馬にのる。私の前には、レオが座る。



「アンナ様、これから葡萄畑に行くのですか?」

「そうよ?葡萄酒を作るための葡萄を作っているの。一面に葡萄があって、収穫前は豊潤な香りがあたり一面とっても甘くていい香りがするのよ!」

「……想像がつきませんが、なんだかワクワクするお話ですね!」

「そうだ!お酒作りのとき、レオもまた一緒にここへ来ましょう!収穫した葡萄を踏んで汁を出して、発酵させる準備をしたりするんだけど、きっと楽しいわよ!」

「あぁ、アンナ様、桶の上で踊ってましたものね?とっても楽しそうに」



 また、葡萄酒を作ろうと酒造蔵のサム夫妻と話をして、作り方を教えてもらいながら作った日のことを思い出した。あの日は、リリーが一緒いてくれ、手を繋いでもらいながら、ちょうど酒造蔵に来ていた女性たちと一緒に桶の上ではしゃいだのだ。



「……どういうことですか?」

「桶の中に葡萄を入れて、さらにその葡萄の上に盥をおいて、実を潰すの。桶の上で不規則に踊ってたのよ」

「そういえば、今じゃ、葡萄酒作りのその工程は一種の祭りのようになっていて、男女の出会いの場になっているそうですよ?去年は何組もの組み合わせが出来たようで、今年はその内の何組か結婚したと聞いています!」

「まぁ!そんなことが?報告書に上がってきてなくて、知らなかった」



 残念そうにしていれば、目を丸くしている義父とアデル。私もまさか出会いの場を提供する行事となっているとは知らず、なんだか、嬉しくなった。

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