第809話 領地の変わりようⅥ
義母が執務室から出て行ってから、また、大量にある未決裁の書類と向き合うことになった。1つ1つ見ていくにしても、さすがにこの量を一気に見ていると疲れる。
「今日はこの決裁を見てもらって終わりにしましょう」
イチアが、私の疲れ具合を見て、手渡してくれた本日最後の書類に目を通す。
「アンジェラの誕生日会の決裁?」
「そうです。他領では、病が流行っているので、どうしたものかという話があったのです。ただ、次期領主でもあるアンジェラ様の誕生日を祝いたい領民が多いので、小規模でもいいから出来なかというものです」
「そうね……私、実は、もう準備が始まっているのだと思っていたのよね……そっか、ちゃんと他領のことも考えて、とめてくれていたのね」
「えぇ。ただ、やはり、アンナリーゼ様の領地での人気に比肩するアンジェラ様んお誕生日は、みなが祝いたいのだそうです。嘆願書が来ていましたよ。たしか……この辺にありましたね」
そういって、木箱を取り出した。野菜とかが入っていそうな大きな木箱には、紙が溢れている。
「アンジェラの誕生日もそうなんだけど……これ、全部、嘆願書?」
「そうですよ。領民が、みな、頑張った成果ですね」
私は1枚木箱から取り出した。そこには、トリーと書かれており、慣れない字を一生懸命書いたあとがあった。それをみると思わず微笑んでしまう。
「誰が言い出したかはわかりませんが、みなが、このように待ち望んでいます。ぜひとも、ご検討を」
「そうね……病は、この領地では、感染者はアデルだけよね?」
「そうです。そのアデルも、すっかりよくなった」
「なら、アンバー領に住む領民限定なら許可を出しましょう。これ程みなが祝ってくれるのなら……誕生日会、してもいいと思うわ!ただし、他領の人は入れないこと、他領から入ってきた人は、約束どおり隔離期間が終わった人のみ参加可能とするわ!それでいいかしら?」
「えぇ、領民が喜びます。早速、通達いたしましょう。明日の昼には、みなが見れるよう用意します」
「きっと、もう、準備は終わっているのよね……きっと。私の許可を待つばかりだったんじゃないのかしら?」
イチアがクスクス笑う。たぶん、イチアは許可がおりるとふんで、先に準備をしていたに違いない。アンジェラたちの誕生日まで、期日がないからだ。
「お見通しですね。準備のほうは、滞りなく終わっています。あとは、号令のみだったのですよ」
「ジョージア様は判断をしなかったの?」
「いえ、ジョージア様ではできなかったのです」
「どうして?」
「その紙の裏面をみてください」
言われたとおりに裏面を見る。トリーが書いたであろう、アンナリーゼ様と書かれた文字を目にする。
「これって……」
他のものも手に取ってみてみると、アンジェラの誕生日会をしてほしいと書かれ、私あてのものばかりだった。
「みなが、私に対して、嘆願書を出してきたってこと?」
「そうです。ジョージア様が代理で進めることも考えていたのですが、嘆願書には、アンナリーゼ様の名とアンジェラ様の名しかありませんでした。なので、ジョージア様が、アンナリーゼ様が帰ってきてから、決裁をもらえばいいよ。準備は進めておいてという話だったのです」
「なるほど……さすがに私もジョージア様の立場なら、遠慮するかもしれないわ」
「これだけ、領民に愛される領主もその子もいませんよ!」
「私が改革を進めてきた成果だとするなら、こんなに嬉しいことはないわね。たった2年。アンバー領も見違えるほど変わってきたし、きっと領民の俯いた心は、その頃と違い上を向いて歩いているのね」
あとで読もうと思い、そっと箱に紙を返した。識字率もとてもじゃないが、低かった。読むことも書くことも出来なかった領民たちが、こうして文字を書けることは、本当に喜ばしことだ。
「これで、今日の分の執務は終わりよね?」
「えぇ、これで終わりです。あとは、明日ですね」
「ふぅ……まだまだ、あるわね?」
「でも、減ったものもありますから」
ふぅっとため息をついたとき、遠慮がちに扉が開く。視線をあげると、顔をホクホクとさせた義父が執務室へと入ってきたのだった。
「ここの執務室もずいぶんと雰囲気が変わったね?もっと重厚感があったように思ったが、こっちのほうが解放感があっていいな……とくにこのたくさん席につける机なんて最高じゃないか!」
気持ちが高揚しているのか、機嫌がとてもいいときのジョージアを見ているようだった。
「お義父様、おかえりなさい!」
「あぁ、いいね。娘におかえりなんて言ってもらえる日がくるとは……うちは、ジョージアだけしかいなかったから、実に嬉しいよ!」
「そういってもらえて、私も嬉しいです!お義父様も、この机が気になりましたか?」
「もっていうと……?」
「お義母様も今日、執務室へ来られて、ここで休憩をされていったのですよ!」
「あぁ、なるほど……アンナリーゼとお茶をしたいと言っていたからなぁ。楽しめたならよかった。ところで、その人は?」
「この領地運営を一緒にしてくれているイチアです」
「あぁ、君がイチアくんだね?セバスチャンがとても褒めててね!私も会いたいと思っていたところだよ!あの、有名な常勝将軍の軍師をしていたのだって?」
「はい、お初にお目にかかります。イチアと申します」
「あぁ、こちらこそ、領地の繁栄に力を貸してくれてありがとう!」
握手を求める義父に驚いているイチア。ただ、差し出された手を両手でしっかりと握り返していた。
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