第805話 領地の変わりようⅣ

 執務室へ戻ると、すでにイチアが戻ってきていた。義母と話をしていたので少し長い昼食となってしまったのだろう。



「昼食は、楽しめましたか?」



 嫌味で言っているわけではない。義母と話をしているのを見ていたようで、その様子を聞いてきたのだろう。



「えぇ、おかげさまで!」

「大奥さまはなんと?」

「今は、変わった屋敷の探検をしているようよ!午前中は、侍従たちの部屋へ突撃したみたい。ちゃんと整えられていてって言われたからホッとしているわ!」

「それは、よかった。昼からは2階を回られるのですか?」

「そのようね!執務室にも寄りたいって言っていたから、頃合いを見て寄ってくれると思うわ!」

「わかりました。では、少し書類を片付けますか?」

「いい。そのままで!お義母様はお客様であって、お客様ではないから。ご自身が知っている領地との差異を感じたいと思うし……どんなふうに執務をしているのか、気になる様子だったから。お義父様のときは、我関せずって感じだったのにね」



 クスっと笑うと、イチアは少しだけ思案顔になった。



「どうかして?」

「いい傾向なのかと思いまして。女性の方で、領地運営なんてものに興味があるのは、うちの奥さまとアンナリーゼ様くらいだと思っていたのです。大奥さまがそのように思われるのは、アンバー領が変わっていて驚いたことと領地に対して興味を持たれたんだと思います。人間、興味のないことには、とことん何の感情もわきませんからね」

「興味を持たれることだけでもいいことだと思うわ!貴族たちの目をもう少しアンバー領へ向けたいのよ。アンバー領に住む貴族は、私たちしかいないから……税収も少ないのよね。もっとお金が入るようなことをしようと思えば、貴族が移住してきてくれ、それなりの産業を担ってくれればと思うけど……」

「試しにですが、ウィル様、セバス、ナタリー様あたりに屋敷を持たないかと提案してみてはいかがですか?」

「それは、もう、言ってある。三人はこの領地で骨をうずめるつもりだって言ってくれているから、お金さえ溜まればそういう動きもあるでしょう。なんにしても、三人とも年若いですからね。広がる未来は、たくさんあるんだし……本当は、アンバー領に囚われて欲しくない気持ちもあるのだけど……」

「アンナリーゼ様に引かれて集まった令息令嬢です。きっと、あなたの側を離れるつもりはないでしょう?」

「たしかに!」



 三人の面々を浮かべイチアと笑いあう。

 ナタリーには、カラマス子爵から申し出で土地を欲しいと言われている。ドレスを作るには、この屋敷の一室では狭いらしいし、他にもナタリーが元々連れてきていた女性たちもナタリーと一緒に仕事をしたいと言われているらしい。前カラマス子爵がナタリーに政略結婚をさせたことで、ナタリーの機嫌をとるために、そこそこまとまった金額のお金をもらったそうだ。あと、元夫のチャギルからも相当額の慰謝料をふんだくったと最近知った。

 土地に関しては、ナタリーがいいと思うところを探してくれたら、検討すると言ってあるので、もう少ししたら言ってくるだろう。ただ、この領地の屋敷にあるナタリーの部屋は、頑として引く気がないと思っていた。



「あとは、麦の話をしたわ!」

「麦ですか?」

「そう。イチアも知っていると思うけど……」

「アンバー領の麦は上質でパンにして食べても甘いというものですか?」

「そう!とても驚いていらっしゃったわ!アンバー領で取れる麦って、正直美味しくなかったものね……粒も荒かったし。今は、この国でも1,2を争えるほど、上質なものになっていると私は思っているから、お義母様に褒められたこと、とても嬉しかったの!」

「食は、毎日取るものですからね?豊かな食卓は、心を潤しますし、アンバー領で取れの農作物は、どれもこれも本当に美味しいものばかりですからね!」

「そうだよね!もっと、農作物を全面的に推していきたいわ!」

「ハニーアンバー店ですか?」

「そう。食品はなかなか売りにくいんだけどね……例えば、隣の領地に店をかまえるくらいなら……できるかしら?」

「ニコライに要相談ですけど、いいですね。食を売れるのは、大きい。麦は大口がありますけど、野菜などは痛むことを考えると、なかなかアンバー領の消費分だけと小さくまとまっていたので。なるべく、領地の境あたりで作るものを出荷するというのがいいかもしれませんね。あとは、国内だけでなく……」

「エールの領地ね。お店を出せれば、利益は大きいわ!」

「ミネルバ夫人と交渉次第ですね!」

「そうね!そこは……交渉ね……」



 手強そうねと苦笑いすると、イチアもミネルバのことを思い出しているのか唸った。



「戦えない相手ではありませんから!アンナリーゼ様の手腕にかかっていますね!」

「えっ?私なの?」

「ジョージア様に任せますか?」

「……私が、対応します!」

「もう少し、領地内も国内も落ち着いたころ、一度向こうを訪問されてもいいですし、こちらに来ていただいてもいいですね?」

「この前は来てもらったから、行ってみたいわ!交渉だけだったら、セバスとニコライを連れていけばいいかしらね?」



 新し場所へ向かえるという期待に胸膨らませていたところ、イチアにピシャリと言われてしまう。



「もちろん、馬車で向かわれるはずなので、侍女であるリアン、護衛でノクト様、あとはアデルを連れて行ってくださいね?」

「……はい」

「まさかと思いますけど、馬で向かうつもりではなかったですよね?」

「…………まさか!」



 そのまさかを言い当てられ、背中に冷たいものがつたう。ニコッと笑って誤魔化したのである。

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