第776話 条件があるのですけど……
「戦争回避に向け、国と一団となり、早々に国力回復が必要なのですね。もし、ネズミがこの国に入ってきているとするならば、どんなことをすれば、国力が下がっていないと判断するのでしょうか?」
「……それは」
領主たちからの質問に、答えを用意していなかったのか、こちらをちらりと見る公だったが、ニッコリ笑っておく。
「えっと、だな」
「公は、危機的な状況にもかかわらず、何も考えていらっしゃらなかったのですか?」
ざわざわする会場に、誰もが一石を投じることなく、お互いの顔を見合わせているだけに留まった。
ここ数十年、小競り合いはインゼロ帝国との間であったが、全て退けていたため、自国の兵は、インゼロの兵にも勝るのではないかと、夢見がちな人が多い。
インゼロ帝国側は、大規模戦争を起こす前の演習ついでの確認で、ローズディア公国やエルドア国と小競り合いをしているに過ぎないので、本気で戦争を仕掛けてきたら、勝ち目は、もちろんない。
「誰も何もないのですか?」
静まり返ったところで、声を発すれば、思った以上に響く。みながこちらを見て、あぁ、やっぱりアンナリーゼ様がという期待の目をこちらへ向けてくる。
本来なら、自国で住む貴族が考えるべきなのだろうが、他国出身の私に藁をもすがるようである。
「何か案があるのか?」
「案と言うほどのものでは、ないですよ?いつも通りの春を迎えてくれればいいだけの話です」
「……いつも通り」
「それが、難しいのであろう?」
「そうでしょうか?」
「アンナリーゼ、何か策があるなら申せ。もったいぶっている場合ではないぞ?」
「もったいぶっているつもりはありません。いつもの春というのは、いつもどおり農作物を作るということなのですが」
「それが、難しいと文官が言っていたぞ?」
「アンナリーゼ様、死者が多いのです。いつものように農作物を作るには、人手がたりません」
「……わかりました。みなさまには、難しいということなのですね」
「そうです。私たちには、人がいませんから……」
ニッコリ笑うと、公が小さくひぃっと震えあがった。何かしら感じたのかもしれない。
「では、私の考えを申してもいいですか?」
公に微笑みながら言えば、みながこちらをじっと見つめ、何を言い出すのかと見てくる。たいしたことをいうつもりはない。領地からの手紙にて、言質もとってある。迷うことはないだろう。
「農作物を作るにあたって、2週間、何もかもをずらすことはできませんか?」
「ずらしたとして、その後は?人手が足りないのですよ?」
「人手なら、この城にあるじゃないですか!公なんて、仕事を私になすりつけてくるのですから、時間はあると思うのですよ。私も、領主という面から、いろいろと事業もしていて、時間は取りにくいですけど。でも、少しだけ、国と領地がお互いに手を差し伸べあえば出来ます」
「もしや……?」
「最低限の近衛を公都に残し、他には自身の出身領地を中心に戻ってもらって、農作業をしてもらいます。もちろん、身分はそのままですから、経費はかかりませんし、警備も代わる代わるしてくれると、助かりますね!領地の警備隊の方の中にも休日は農業をしている方もみえるかもしれませんよ?」
ニコッと領主たちの方を見ると、なるほど……と頷いた。でも、これだけだと、たぶん弱いと思うので、少しだけ、魔法の言葉を添えることにした。
「農作物の種や苗を植えるにあたって、アンバー領は少しですけど、お力を貸しますよ?値のはるものもありますが……そこは領主方の裁量で」
「それは、どんなものでしょうか?」
サーラー子爵が聞いてくる。今年から小麦を買ってくれる約束をしていたのだが、もしかしたら、約束は反故になるかもしれない。できれば、買って欲しいのだが……麦の収入とあれの収入なら、然程変わらないか?と算段をつける。
「みなさまは、我が領地が麦の産地として息を吹き返していることはご存じかしら?」
「それは、息子より聞いております。アンナリーゼ様が嫁がれたときの収穫量が1とするなら、昨年の時点で5倍。今も研究が進んでおり、発育だけでなく、病気や害虫などからまもるすべも進んでいるため、今年はさらに収穫量が増える見込みであると聞いています」
「そうです。トライド男爵。5倍となったのには、収穫量が増えただけではなく、二期作ができるような畑になったからですけどね」
「二期作?収穫量が上がっただけでも驚きなのに……」
「アンバー領の食べ物事情は深刻でした。物価が高くて食べるものもろくに食べられないというのが、課題だったのです。お恥ずかしい話ではありますが、領民を飢えさせてしまった。ご存じかどうかは知りませんが、アンバー領の物価は公都の約10倍のものもあるくらい、仕入れ先の他領の商人に足元を見られていたわけです。その中でも食べなければ、死んでしまう。だから、高くても買うを繰り返していた。なぜ、麦を自領のものでなく、他領で買わないといけなかったのか」
「……自領の麦畑がやせ細っていて、思うほどの収穫量がとれないから?」
「正解です。食生活でどこの領地も麦は主食でしょう。その麦を適正価格で買うことも出来ず、やせ細った畑では取れず、なけなしのお金は税金として領主に納めていたと思っていたら、ダドリー男爵に横取りされていた。そんな状態で、最初に着手したのが、農作物の改革。畑に肥料をまき、正常に成長できるよう整えたのです」
勘のいい領主ならわかっただろう。2週間遅らせる意味は、病の終息に伴い、公から近衛を借りれること、アンバー領から肥料の提供をしてもいいという提案がされるであろうことが結びついている者たちは、目を輝かせる。
「わかった方々もみえるようですね?条件があるのですけど……それも含めて飲んでくださるのであれば、実質被害のないアンバー領なら、他領にも手を差し伸べますよ!」
どうします?と挑戦的に領主たちを見やると、次の言葉を待っているようであった。
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