第726話 楽観的

 女性の家へと向かうと、そこにはベッドに横たわった子どもが二人。高熱を出しているのだろう。真っ赤な顔で荒い息をしていた。

 女性を椅子に座らせ、子どもの近くまで行く。



「アンナリーゼ様!」

「大丈夫よ!キースはお水持ってきてくれる?煮沸してほしいの!」

「煮沸ですか……?時間がかかりますけど……」

「いいわよ!弱っている子どもに生水は飲ませられないわ!」



 わかりましたと鍋を拝借して出ていく。頭を重そうにしながらも子どもたちが気になるのだろう。



「あの……大丈夫でしょうか?」

「えぇ、大丈夫よ!あなたも少しそこで休んでいてね」



 近くにあったタオルを水でぬらし、子どもたちの汗を拭ってやると、気持ちよさそうにしている。

 慣れた手つきだと女性は関心していた。あまり、子どもたちとの時間は少ない私では、まだまだ看病をしているように見えないだろうけど、そう言ってもらえると嬉しかった。



「ありがとう。私なんて、看病することが殆どないから、そう言ってくれて嬉しいわ!」

「そうなのですか?とても優しい扱いをされているので、慣れていらっしゃるのかと……」

「子どもはいるけど、殆ど旦那様や周りにまかせっきりなの。見ての通り、少々、出歩く癖があるものだから……」



 苦笑いをすると、あら、まぁ……と女性も笑った。少し休んだため、女性も落ち着いてきたようで、今のうちに町医者の場所を聞くことにしる。様子を聞くに、町医者もこの病でてんてこ舞いしているらしい。



「1度、町医者へ子どもたちを受診させたのですけど、原因がわからないと言われ……診療所もたくさんの患者で溢れかえっていました。どこの町医者も似たり寄ったりだと思います。この病は一体なんの病気なのでしょうか……?公都からきた医師による診察を受けるために並ぼうにも、子どもたちが高熱で、なかなか家を開けられないですし……今日は、少しだけ落ち着いたので出たのですけど……」

「あなたの方が、参ってしまったのね。旦那様は何を?」

「仕事へ向かっています。どんなときでも、食べるためにはお金がないと……」

「そうね。旦那様には、病の症状はないのかしら?」

「えぇ、今のところは何にも……」

「そう。それなら、いいかしら?……そうでもなさそうね」



 ただいまと帰ってきた旦那様の顔も真っ赤だった。これは、完全に罹患している。



「あの……どちら様ですか?」

「私が道でへたり込んでしまったところを助けてくださったのですよ」

「それは、ありがたいが……こんなときに、知らない人を家に入れるとは……」

「ごめんなさい」

「申し訳ないが、出てってくれないか?」

「そうね。もうすぐ、キースがお水を持って来てくれるから、それだけ見届けてからでもいいですか?」

「……それは、」

「ごめんなさい。お世話になったのに……」

「いいのよ。こんなご時世ですもの。知らない人を家に入れるのには抵抗があるでしょう?これ、約束のものね。たぶん、旦那様も罹患しているから、必ずのんでくださいね!とりあえず、3日分です。飲むお水は、必ず1度煮沸をしてから、冷やしてちょうだい。生水をそのまま子どもたちに飲ませると、違う病まで発症してしまうこともあるから」



 私は、ヨハンの薬を女性に渡す。ありがとうと涙を零す女性の肩をぽんぽんと叩く。

 キースが水を汲んできてくれたので、私たちは、お暇することにした。



「明日か、明後日には1度、広場へ行ってみて。薬は3日分しかないから、それでは、足りないと思うの」

「ありがとうございます。何から何まで心配になって……」



 ペコペコと頭を下げる女性に手を振り家を出た。私はその足で、町医者の元へと訪ねる。

 道中、キースがソワソワとしているので、どうかして?と聞く。



「よかったのですか?アンナリーゼ様の薬では?」

「あぁ、あの薬ね。いいのよ。必要な人が使えば」

「アンナリーゼ様、それでは、もし、アンナリーゼ様が罹患されたら、どうされるのですか!」

「ウィルが1ヶ月分持っているから、そこからもらうわよ?それだけのことよ。そんなに怖い顔しないでちょうだい。たぶん、高熱が出てから1週間くらい経っていると思うの」

「子どもですか?」

「うん。あのままだと、命に関わるから……私の薬で、少しでもよくなってくれるなら、儲けものじゃない!」

「楽観的過ぎます!」

「それが、私だから、いいの。誰かが助かるのなら……助かるように手を差し伸べたいわ!私の手は、すでに多くの命を刈り取った血でべっとりの両手ではあるけども……」

「仕方がなかったじゃないですか。その……」

「知っているのね。私がしたこと。それもそうよね。国中で悪女と言われててもおかしくないですもの。ゴールド公爵に夜会で会ったとき、とても怖いお顔で睨まれましたからね!」



 それは、なんといいますか……とキースは言葉を濁した。一族であるのだから、それが正しい。



「国の両翼である公爵家ですもの。全体的にアンバー公爵家が表なら、ゴールド公爵家は裏よね」

「表裏一体ってやつですか?」

「そう。元々の歴史が物語っている。兄に可愛がられたハニーローズと疎まれた妹では、どうしても待遇は変わるもの。脈々とアンバー公爵家は、ゴールド公爵家に疎まれ憎まれているはずよ」

「血が薄ければ、その限りではありませんけどね!アンナリーゼ様のそのあっけらかんとした性格、とても気に入りました!」

「そうやって……引き抜きされようって魂胆なの?」



 滅相もないと笑うキースだが、考えなくもない。



「近衛に耳と目が欲しいんだよね。エリックは偉くなりすぎちゃったから」

「エリックって……近衛の頂点だったりします?」

「そうね。若いし平民だけど、強いわよ!頭もいいしね」

「そんなところにも、繋がりが?」

「おいおい教えてあげるわよ!本当に、キースが私の味方となってくれるのなら……ね?」



 私は微笑み、町医者の診療所へ入って行く。そこも、熱を出してぐったりの患者がたくさん待っているのであった。

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