第713話 公都に帰ってきてから

「姫さん、今日も城?」

「そうよ?どうして?」



 働きすぎじゃない?というウィルにニコリと笑いかけておく。

 仕方がないのだ。働かないと、立ち行かないことにため息をぐっと我慢する。


 急遽、公都へと舞い戻った私に、ディルやデリアは驚いた。



「公からの要請で、急遽戻ってこなければならなくなりました。私がいると、慌ただしくなってしまいますが、よろしくお願いね!」

「そんな!お世話ができるのなら、私は嬉しいです!」

「……デリア。私より、まずは、自身の体調を1番に優先してちょうだい。基本的に私は、ずっとお城へ行くことになるので、特に何かをしてほしいとは言いません」

「ですが、アンナリーゼ様。我が家の主を蔑ろにはできませんよ?」

「ディルのいうことももっともだわ!でも、本当に慌ただしくなる予感があるから……私たちがいない、いつもの屋敷というふうにしてちょうだい」



 筆頭執事のディルと専属侍女のデリアに言い聞かせたのは1週間前。帰ってから、デリアが甲斐甲斐しく世話をやいてくれることで、私はデリアの体調が心配になり距離を取った。

 デリアはもちろん肩を落とし落ち込んでいたが、まずは、私の世話より、元気な子を産むほうに専念してほしい。だからこそ、旦那であるディルの側へ滞在するようにしたのだから。

 私が、戻って来ないといけなくなった原因には、文句をこの世界で1番高い山より言ってやりたいが、それより、国民の命を守る方が先なので、文句の代わりに公の私費でいろいろともぎ取って来ようと考えている。



「ウィルも、ずっと、この屋敷に出入りしていて大丈夫?サーラー子爵に何か言われない?」

「あぁ、最初は言われたけど……護衛だし、ついてないとって言うと諦めてくれた。帰って来たから、これでもかっていうくらい、見合いの姿絵が置いてあったから……できれば、この屋敷の一室を借りれたことは、助かってる」

「伯爵……」

「あははは……肩書に群がる貴族たちっているんだな。子爵家三男に近寄ってきたのは、訳あり侯爵令嬢だけだったのに」

「……私?」



 ニヤッと笑うだけで何も言わなかったが、私だろうことはわかる。



「さて、お姫様。まいりましょうか?」

「えぇ、行きますよ!」

「そういえば、レオがピアスを開けようかどうしようかって迷ってた」

「もう?」

「もう。もう少しあとでもいいんじゃない?って言ったんだけど、これが欲しいんだって。俺が言ったっていうのは、内緒な?」



 アメジストの薔薇のピアスを触る。私がウィルにあげたピアスだった。



「私からじゃなくても……アンジェラが大きくなったら、あげると思うんだけど……」

「そこまで、考えていないんじゃない?姫さんから欲しいんだよ。きっと」



 そっかぁ……考えておくいうと、ありがとうと返ってきた。



「アンナリーゼ、遅いぞ!」



 城の執務室へ入ると、何故か怒っている公が私を睨む。私にだって城へ行くには準備が必要なのだが、そこをわかってくれていない。

 何のために、私が、毎日、この城へ通わなければならないのか、もう一度考えて欲しいものだ。



「時間どおりですけど?」

「時間どおりでは、遅いではないか。もう、俺は……」

「当たり前ですけど?何故、私が、呼び出されたのかよくお考え下さい。それからなら、考えなくもないですけど!」



 怒りに任せていうと、すまぬと返ってきた。焦るのはわかるが、焦ったところで、仕方がない。



「じゃあ、こうしませんか?」

「なんだ?何かあるのか?」

「私にも、ウィルと同じ近衛の制服を下さい。そうすれば、着替える手間も減りますし、歩きやすいし、帯剣もできますから!」

「それは……」

「ダメなら、せめて、男装許可だけください。服なら自分で用意しますから!」



 城へくるのに、正装をしないといけないのに時間がかかる。男装なら、すぐ終わるのに……と愚痴をいうと、渋々許可がおりた。



「明日から、男装を認める。ただ、近衛のそれと区別するために、黒や白以外にしてくれ」

「わかりました!では、青紫にしましょう!私の薔薇の色ですし、わかりやすいでしょ?」



 にっこり笑いかけると、公は引きつった顔をしていた。何がいけないのか?あえて何も言わないでおくが、ちょっと腹が立つ。



「それなら、私、現地へいけますね!ドレスじゃ慰問みたいで、動き回れませんからね!」

「……行くのか?」

「えぇ、いったらダメですか?」

「ここで、采配を……」

「現地で采配を取った方が、楽だと思いますよ!私、罹患済みなので、大丈夫ですし。ウィルは、罹っていないので、その場合、置いて行くしかないんですが……」

「えっ?俺も行くよ?」

「ダメよ!大事な友人をそんな場所へは連れていけないわ!」

「わかった。2,3日、時間をくれ、コーコナへ行って、ヨハン教授になんとかしてもらってくる」

「なんとかって、ねぇ!治験薬はダメだよ!」

「罹患率100%の薬があるんだろ?」

「なんで、それを?」

「盗み聞きした。薬もあるし……それなら、いいだろ?」

「わざわざ、病気にならないで欲しいのだけど!」



 そういうわけにもいかないと言って、ウィルは執務室から出て行ってしまった。



「コーコナへ向かったのか?」

「たぶん……止められなかった」

「まぁ、サーラーのやりたいようにさせてやれ。アンナリーゼの動く範囲に自分もいたいと考えてくれているのだろうから」

「わかってはいても、それは……ダメな気がします。甘えすぎは、お互いによくない依存傾向です」



 今更だろ?と苦笑いする公を睨んで、私は席に着く。朝からの報告を聞けば、罹患者の数が、また増えていた。


 もう、とめられないのかしら?そんな想いが胸に広がる。



「そうじゃないわね。止めてみせるわ!」



 早速、情報提供を受け、手紙を書いて行く。現場で、実際見てみないと、わからない……机の上だけでは、零れ落ちて行っているものが多すぎるとため息をついた。

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