第707話 目を覚ましたアデル

「……水……」



 熱にうなされていたアデルが目を覚ましたようだ。だるいはずの体を起こして、水を求めて起き上がろうとした。イチアが側にいたので、そのまま寝ているようにと言っているのが聞こえてくる。



「アンナリーゼ様、申し訳ありませんが……」



 私の近くにある水を取ってくれと言うのだろう。一応、同じ部屋に閉じ込めているライズは元とはいえ、イチアにとって皇太子なのだろう。今の身分は、公爵の侍従であっても頼みにくいようだ。



「水くらい運べます!」



 少し拗ねたように、ライズは私の近くに来て水をくんでいく。



「あっ、少しだけ待って。これを……」



 そういって、万能解毒剤を瓶の半分くらい流し込む。



「なっ、何を入れているんですか!病人ですよ?相手は」

「何って万能解毒剤だけど?」

「解毒って……毒を飲まされているわけじゃないんですから!」



 この効力……万能ってついている意味、知らなかったっけ?


 イチアに視線を送ると首を傾げていた。



「……み……」

「ごめんね、アデル!すぐに持たせるから!待ってて」



 高熱にうなされているのに、こんな茶番に付き合わされているアデルは、本当に可哀想だ。ライズが万能解毒剤入りの水を持っていそいそと向かう。



「少しだけ起きられますか?」



 イチアがアデルに声をかけると、聞こえていたのか頷いた。イチアが支えるように後ろに周り、ライズからコップを受取る。少しずつですよと言いながら、アデルは水を飲んでいった。



「ごめんね……医者の手配が出来なくて……」

「……アンナ、リーゼ……様?」

「えぇ、そうよ」

「すみ……せん、あまり、みえな……て」

「見えてない?それって……とても、危ない状態じゃないの!高熱なのに、何日も他領を回っていたの?」

「いえ、今朝ぐらいから急に熱っぽくなって……」

「完全にうつってるやつですよね?」



 ライズが私の方へ視線を向けてくる。どこで感染したのかはわからないが、きっと、そうだろう。

 イチアとライズに頷くと、ライズからため息がでた。



「罹患済みなのでしょ?」

「そうですけど!気持ちのいいものじゃないですよね?また、うつるかもしれない病のヤツと一緒の部屋でいないといけないなんて」



 さいあくだぁーっと言っているが、アデルが罹患したということは……もしかしたら、領地の何処かで罹っている人がいるかもしれないと罹患の可能性がでてきた。



「申し訳ありません……」



 水を飲んだおかげか、アデルの声が先程よりかはマシになった。



「そんなもの?」

「普通の人の考えですけどね?」

「まぁ、確かに……そうかもしれないわね。でも、アデルは、私に取って守らないといけない人物ではあるから、すぐにでも直してあげたいけど……」



 少し休みなさいとイチアの声が聞こえて来たと思ったら、アデルは謝りながら寝てしまった。



「私は医者ではないですから、正確な判断はしにくいですが、まず、感染病だけではないと思います」

「ずっと、働き詰めだったものね……それも、この熱に伴っているかもしれないわね?」

「えぇ、そう感じます」



 私は寝ているアデルの側まで行き、頬に手をあてた。子どもたちも熱を出すことがあり、看病をすることもあるが、これ程、熱くなることはなかった。私の手が冷たくて気持ちいいのか、頬を寄せてくる。



「なんだか、大きな子どもみたいね」

「熱があるときって、甘えたくなるときがあるのですよ」

「そう……その相手が私で申し訳ないわ」

「いいんじゃないでしょうか?アンナリーゼ様のこと、とても、大切にされていますし、きっと無意識化で甘えているのでしょうから、私たちの中で留めておきましょう。アデルの名誉のために……」

「そうね。アデルの恋のために……」



 イチアと微笑みあうと、ライズは何事?と訝しんでいた。



「なんでもありませんよ!」

「そうよ!何でもないわよ!」

「なんですか?二人で分かり合って……ここで、何日も過ごすんですから、教えてくださいよ!」

「うるさいっ!」



 頭の上で話をしていたので、アデルが怒る。高熱なのだ。頭痛もしているのだろうか?ごめんと呟いて静かにし、少しだけ離れたところにある机に三人で向かい腰掛ける。

 アデルは荒い息を吐いている。相当しんどいことは見て取れた。



「アデル、無理してたんだろうね?」

「そうですね……家に帰ってきた安心もあって、熱を出したのかもしれませんよ?」

「家に帰ってきたからって、熱なんてだすか!」

「わからないわよ。病が発生していた他領を薬を持って回ってくれていたのだし、その前も土木工事から綿花収穫、行方不明の探索なんてやっていたのだから、疲労困憊であっても無理はないわ」

「そういう見方もあるのですか……」



 三人が遠巻きにアデルを見ていると、ノックがされる。イチアがサッと立ち上がり扉の前へ向かった。



「どなたですか?」

「ジョージアだ。いきなり、采配を取れとアンナに言われたんだが……」



 イチアに手招きされ、扉の前を譲られた。



「ジョージア様、言わさせてもらった通りです。アデルが、高熱を出して眠っています」

「まさか、治験の?」

「それは、わかりません。ヨハンがいないですから、どう対処すればいいのか……悩んでいますけど……出来る限り、セバスに意見を聞いて、領地に必要なものか判断してください」



 扉の向こう側のジョージアは、何だか、辛そうな声になっていないだろうか?



 私は、部屋で横たわっているアデルを見て、扉の向こう側にいるジョージアに聞こえないようにため息をついた。

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