第703話 報告は……Ⅱ

 報告が続く。地図があった方がわかりやすいだろうと、ジョージアの部屋から地図を持ってきてくれた。開かれたものには、すでに赤く書き込まれたところが、たくさんある。



「アンナが公に会ったのが2ヶ月くらい前かな?」

「もう、そんなになりますか?」



 外を見てみると、秋の終わりと言わんばかりの弱々しい日の光に、冬が近いことを思った。



「コーコナからの移動もあったし、そこから、公都でもいろいろとしていたんだろ?公との謁見もあったり……忙しくしていれば、月日なんて溶けるようになくなるよ」

「そうですね……アンバーへの移動も少し時間をかけてましたし、入る前にも伝染病の経過をみたりしていましたから……」

「そうだね。俺は、一人だったから、コーコナからもアンバーへもそれほど時間がかからなかったからな。アンナたちは、結構時間がかかったんだな」

「えぇ、子どもたちがいますからね」

「よく考えてくれていて嬉しいよ!」

「自身の子どもですからね!さて、伝染病の話に戻りましょうか」



 あぁと頷き、ジョージアは厳しい顔つきになった。二人で、地図へと視線を落とす。



「地図を見たとおり、この赤い場所が伝染病の発生している場所。ここの青色のところがヨハンの助手が手を打ってくれているところだ。ただ、範囲が広すぎるし、罹っている人が多すぎるんだ。赤い場所は、ここ数週間でも、もっと増えてきているはずだ。薬は十分あるんだけど、伝染病を診れる人がいないのが大きいみたい」

「私が公のところで、地図を見せてもらったときより、範囲が広くなっています……私が見たときは、ここもここもこのあたりも、まだ、感染してなかった。昨日のことに隣の領地でも出たと報告がありましたから……」

「さっき、ウィルが言ってた報告か……そんな近くまで来ているんだな」

「えぇ、そうみたいです。幸い、この地図を見る限りでは、セバスが連絡をしてくれていたところは、未だ感染者がいないですね!」

「セバスが連絡をしていたのかい?」

「えぇ、そうなのです。私は何も言ってなかったけど、気を回してくれたおかげなのです」

「そうなんだ?アンナの友人が領主のところが多い気がするけど……」

「セバスの友人も私とそんなに変わりませんから……私は、この国出身ではないので、ウィルやセバス、ナタリーやカレンから紹介された人しか、友人はいないですよ」

「なるほど、それで共通の友人が多いのか」

「他にもサーラー子爵にも紹介してもらったりもしましたね。最近、レオやミアを通して、仲良くなりましたからね」



 なるほどと頷く。そして、私は、地図を睨む。青い場所が、圧倒的に少ない。どうしたもんかと悩む。だいたい、公も手伝ってくれるって言ったのに……うまくいっていないことが、この地図からも見て取れた。



「公は、ヨハンの助手の他に、感染地域へと医師を派遣すると言っていたんですけど……この地図を見る限りでは、全然、うまくいっていないみたいですね……」

「公と取り決めをしていたのか?」

「えぇ、ヨハンの助手たちを派遣することと薬の提供ですね。その助手に医師団をつけてくれる手筈になっていた……と思っていたのですけど、そうではないようですね?」

「医師が集まらないのか?」

「そんなことは、ないはずですけど……」



 私は考えたけど、こんな国のはずれでいくら考えても仕方のないことではあった。ため息ひとつ吐くと、ジョージアも同じくため息をつく。



「薬って、コーコナでヨハンが作っているものだよね?」

「そうですよ!量産体制を整えて……なんて、言ってましたけど、薬が十分あるというなら、こちらは、問題ないですね?」

「あぁ、配達もアデルたちが五人程借りだされていたんだが……」

「そういえば、アデルの帰りが遅かったと思っていたのです。報告を聞こうと思っていたのですが、そうですか……薬を届けてくれていたのですね?」

「あぁ、リアノとアルカを中心にコーコナ領の境目に1つ家を建てたんだ」

「それは、初耳ですね?」

「と言っても、仮設住宅で、住めるようなものではないよ。そこで薬の受け渡しをしていた。アデルたち配達をかって出てくれたものには、特効薬となる薬はもちろん持たせていたんだけど、ひとつ、おもしろいものをヨハンが作った」

「なんですか?それは」

「伝染病に対する、抵抗力を増やす薬と言っていた。その治験もアデルにお願いしたんだ」

「アデルにですか?治験って……私のアデルですよ?」

「その私のアデルって言うのには、ちょっと妬けるけど、アンナならどうするかと考えて、賛同してくれたアデルに頼んだんだ」



 私は、言葉を失った。元気なアデルに治験をしたというのだ。それって……いいのだろうか?本人の同意があったからって……私がいたら、許可はしない。それに、私から、頼むことはしない。領主がたのんだら、それは、頼みごとではなく、命令に値する。相手が、公爵なのも、アデルからしたら、断りにくい話でもある。自身が治験になってからならともかく、ジョージアは、その薬を飲んでないだろう。



「ジョージア様が、許可を出したのですか?」

「えっ?そうだけど……なんで、そんなに怒っているんだい?」

「当たり前です!治験って、とても危ないんですよ!動物実験とかイロイロして、それでも、人の場合の影響は違うこともあるって……アデルに何かあったら……」

「……アンナが、そんなふうにとるとは思わなかった」

「当たり前です!人の命がかかっていることは、もっと慎重にしなくてはいけません。たぶん、アデルの前にヨハンや助手たちが自ら治験をしているでしょうけど……抗体のある人と、何も持ち合わせていないアデルとは効き方が違うはずです!どうして、相談してくれなかったんですか!公爵であるジョージア様がお願いをするのは、命令と等しいのですよ!」



 私は、久しぶりに怒った気がした。国民全体の命が脅かされていることは、この地図を見ればわかる。だけど、地図上の赤い場所は、ひどく他人事に対して、アデルは、私にとって必要だと思っている人材であった。失うわけにいかない。



「ジョージア様、私のことどう思っているかわかりませんが、私は見たことのない人の多くを助けるより、目に見えている人をまずは守りたいのです。アンバー領やコーコナ領、この空白の領地については、なにかしら私と接点のある人がいる場所です。だから、全力で手を差し伸べる。でも、多くの人のために、大切な人を犠牲にするつもりはありません。それに、感染が広まっているのは、公が判断を誤ったり、対処出来ていなかったり、貴族たちの心を掌握出来ていないのが、原因です。私の大切な人の命を軽々しく、お願いや許可なんてしないでください!アデルもアデルよ!」



 荒い息をふぅふぅと吐きながら、肩を上下にさせ、ジョージアに対して怒ると、とても驚いていた。アンナなら、国民全部を守るんだろうと思っていたのかもしれない。が、私は、そんなにお人よしではなかった。

 ヨハンの助手と薬の提供だけで、十分な支援だと考えていた矢先のできごとに、どうしたらいいのかと、頭を抱えたくなった。

 ベルを鳴らす。リアンが執務室へ入ってきて、いつもと様子が違う私を見て驚いていた。低い声で命令を出す。



「アデルを呼んでちょうだい。今すぐに!」

「ただいま!」



 慌てて駆けだすリアン。八つ当たりするわけではないが、少々申し訳なく思う。

 他の誰でもなく、きちんと報告をしなかったヨハンとジョージアとアデルが悪い。ただ、私が考えている以上に、私という人物を勘違いしている人が多いことを残念に思った。

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