第659話 火急紋
ちょっと、休憩と公は机に突っ伏してしまった。
余程疲れているのだろう……誰か、公の相手をしてあげてと思う反面、なぜそれほどに公の周りには優秀な人材が集まらないのか不思議になった。
「なんでもいいですけど、レオの前でそんな情けない格好をしないでください!だいたい、なんでもっと早く誰かに頼らないのですか?」
「……孤独な椅子に座ってみろ?わかるぞ?」
「孤独な椅子に座る予定はないので、わかりませんけど、もっと、人を育てるように言っているじゃないですか?」
「そうは言っても、人なんてすぐに育たないわ!そこまで、いうなら、そこの二人を返してもらう!正直、トライドがここまで優秀な人材とは、知らなかった。今こそ、返せ!」
「嫌ですよ!セバスは、私のセバスですからね!だいたい、学生のうちから目を付けていたのに、おいそれと渡してたまるものですか!」
「では、サーラーでもいいぞ!」
「ウィルは、ダメです!もぅ、ウィルがいなかったら、領地にいる近衛はへっぽこぴーのまんまですよ!」
「なんだと?それじゃあ、話が変わる!」
「だいたい、私の可愛いエリックとパルマが側にいて、どうしてうまくいかないのです?パルマなんて、セバスに比肩するほど、優秀でしょうに!」
「面目ないです。それは、私がうまく見抜けなかったのが悪いのです……」
「宰相は、国全体のことを見ているのですから、仕方ありませんけど!公には、きちんとセバスやパルマの優秀さは伝えていたはずです!」
もぅ!っと怒ると、そんなこと……と言い訳を始めたので、そういうのが聞きたいわけではありませんよ!と釘を刺す。
なぜ、ダドリー男爵断罪時において、公世子からわざわざ公に変更したのか、まだ、本当の意味でわかっていないのだろう。
「公は、いつになったら、諸侯と手を取り合って政治をしますか?」
「政治って、しているでだろう?」
「全然していませんよね?今回の伝染病だって、情報を手に入れているのなら、もっと早くに領主たちへ連絡してあげるべきです。領主たちから情報が上がってくるのを、まさか待っていたりしませんよね?」
「…………」
「セバス?」
「アンナリーゼ様と懇意にしている領地には、すでに連絡は入れてあるよ。ここと、ここ。
ここは、カレン様のところだね。あと、ここにここ。悪いけど、うちとウィルの実家の領地にも」
セバスが指で指示したところは、感染者が比較的少ないか、いない地域となっている。すでに人の出入りを監視しているところの領地だ。
「……トライド、他には連絡をしていないのか?」
「公に進言書は出していますが、返事もありませんでしたし、個人的に懇意にさせてもらっているところへは、時候の手紙と共にお知らせしたまでです。アンナリーゼ様がコーコナ領にかかりきりで、身動きとれないだろうことは、わかっていましたので。我が領地……失礼、アンバー領の頭脳と言っていいイチアに相談もした結果、その方がいいという返答を早馬でもらいましたから、公への進言書も同時にさせていただきましたが?」
「公は、その進言書をどこにお持ちですか?セバスのことです、火急紋が押してあると思いますが?」
宰相と顔を見合わせる公。そっと、エリックが見てきますと部屋から出て行った。
なんとも……そんな大事な書類も見ていないのかとため息を付きたくなる。
「アンナ様、火急紋とはなんですか?」
「いい質問ですね!公も知らない様子なので、教えてあげます!」
お願いしますと礼儀正しく聞いてくるレオに私はひとつ頷く。
「火急紋とは、とっても大事な内容が書かれていて、他の仕事をしていても、すぐに見て!という書類に押す判のことですよ!生命の危機があるとか、戦争が始まるとか、とにかく急いで公に読んでもらって、判断を仰ぐためのもの。どうやら、公は今回、セバスが出したものを見落としたようね!」
説明が終わった頃、エリックが持ってきてくれたものを見ると、封も切られていない。
私は、大きくため息をついた。
「……エリック、パルマを連れてきてくれるかしら?」
見かねた私はエリックにお願いをする。
「これは、どういうことですか?封もきられていない!」
怒りに任せてしまいそうになる。上に立つ私たちは、領民の……国民の命を預かっている。最低限以上の生活を保障する代わりに税としてお金を徴収しているのに、領主や国主が1番してはいけないことをしていることに、腹が立たないわけがなかった。
「それは……その……手が回らずに……」
「公は、これが何なのかわかりますよね?宰相もわかりますよね?どこを向いて政治をしているのですか?あなたたちは、国民に向けて、政治をする立場なのですよ?この封さえ開いていれば、ここまで大きな被害はなかった!公の側には、こんな簡単な判断すらできない人間しか揃っていないのですか?それなら、そんな人間は必要ありません!」
「アンナリーゼ様、申し訳ありません!」
「宰相、私に謝るのではなく、本来なら、国民へ謝ることでしょう。ただ、それをすると、今後、一切、公を信用しなくなる。だから、今すぐ、対策をするべきなのです。後手に回っていても、回復できる信頼はある。まずは、医師団を派遣して、苦しむ民草を救うところからです!」
「言葉も出ない」
「上にいると、下まで見えない。だからこそ、文官たちがいるのです。情報に踊らされては、本末転倒ですが、情報を精査して、公が判断する。全責任を両肩にきちんと乗せてください!」
入りにくいよ……とエリックと話しているパルマが扉を少しだけ開いてこちらを見ていた。
「パルマ、入ってらっしゃい」
「……はい」
「今から、越権行為をします。罰するなら、罰してください。ただし、私の優秀な友人をお貸ししますから、この状況を打破してみて下さい。いいですね?公!」
「わかった。それで、優秀な友人とは?」
「パルマです」
「「えっ?」僕ですか?」
「少々、公のお尻を思いっきりひっぱたいてあげてください!」
「……それは、遠慮したいですが、アンナリーゼ様の期待に応えられるようがんばります!」
「…………大丈夫なのか?そんな、若造で……」
「公よりかは、はるかに優秀ですから大丈夫ですよ!パルマには、これからしばらく、公付きになって、手紙や報告書の内容把握、公の判断について、宰相とともに影の頭として働いてください。それが、終わったら……、私の元へ帰ってきてもいいわよ!」
「俄然やる気になりました!では、公、情報共有をお願いします!ゴールド公爵家が絡んでいる案件等もあると思いますが、一般的に国民の立場になって意見させていただきます!」
こうして、私はパルマという協力者が国の最奥の中枢部に送り込むことができたのである。
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