第560話 トラブルの真ん中Ⅱ
私は、目を瞑ってひと呼吸おく。
次の言葉を待っているようで、みなからの視線を感じた。
「それじゃ、この公都のことを話し合いましょう」
「どうするんだい?アンナ」
「まずは、情報収集についてですが、お兄様に動いていただきます」
「サシャはお客だろう?こんな内輪もめに巻き込んだら悪くないかい?」
ジョージアにニッコリ笑い、お兄様は私のお兄様ですよ?と不思議そうに聞き返すと、目の前の張本人が、おもしろそうにゲラゲラと品なく笑い始める。
わりと真剣な話をしているのに、いきなり大笑いをする兄を一睨みすると、ごめんごめんと謝った。
「ジョージア、僕は可愛い妹にいつまでも頼られることが嬉しいんだよ。悪いだ
なんて、これっぽっちも思ってないし、僕をそんな風に雑に扱っていいのも、
後にも先にもアンナだけだ。アンナが行けと言うところには、喜んで行くよ!」
「お兄様、それでは、私がただの我儘なだけに聞こえませんか?」
「じゃじゃ馬が今更。どれだけ、僕もヘンリーもアンナに振り回されてきたと思って
いるんだい?情報収集くらい100点満点の成果を出してくるさ。まずは、この
目立つ髪をなんとかしないと……」
そういって、私と同じストロベリーピンクの髪を弄っている。
茶色がいいかなぁ?と目立たなさそうな色をいうと、デリアが整えておきますと兄に伝えている。ありがとうと微笑めば、この兄も無自覚人誑し機であったことをジョージアは思い出し、サシャと呼んでいた。
「ん?どうかした?あっ!そうだ。僕一人だと、困るからジョージアが僕のこと
手伝ってよ!こっちの貴族のことは、割と疎いんだ。顔と名前が一致しな
くって……結局、アンナが欲しい情報は、貴族の裏だからね。しっかりその辺を
抑えないと、情報収集に出ても、意味がないからさ!」
意外とまともなことを言っている兄にとても驚いているジョージア。でも、フレイゼンでは、これくらいはやってのけて普通のことだ。目立つ容姿の私は客寄せとして表で人を集め、兄がそこをぬって裏で情報収集に飛び回ることもしばしばあった。
二人揃っていれば、だいたい欲しい情報はどちらかの耳に入ってくるとなっている。
「お兄様、久しぶりですね?」
「あぁ、久しぶりだな。アンナがいれば、どんなことでも出来る気がするよ!」
「それより、サシャは、トワイス国の方の仕事はいいのか?」
「まぁ、それはそれでやるつもり。ジョージアが気にすることじゃないし、僕、
アンナの陰に隠れて出来ない兄みたいに言われてるけど、アンナ程思い切りがない
だけで、そこそこ出来るんだよ。同じ母親からしっかり手ほどきされているん
だから」
「そっか……それは、すまない」
「いいよ!アンナが目立てば目立つ程、僕が動きやすくなるのは本当だからね。
夜会は、結構派手に動いてもらうことになるよ?」
「えぇ、わかっているわ!ただ、夜会は……」
チラッとジョージアの方を見ると、心得たように兄は頷く。
「エスコート役が必要なのか。しかも、ジョージアが。かといって、僕も必要だ
しな……ウィルやセバスと一緒にいることは、理想的じゃないな」
「それなら、いいことを思いつきましたわ!ローズディア公国のことをよく知って、
大体の貴族の勢力図を知っている人物が一人。私とは、それ程接点はありません
けど、夫人とも仲良くさせていただいていますし、貿易の取引先ですから、相手
側の方が切実で裏切れない」
「……まさか?」
「黒の貴族。エール・バニッシュ子爵が適任でしょ?」
にっこり微笑むと、ジョージアは頭が痛いのかこめかみもみながら項垂れた。
たぶん、もう、こっちには来ているはずだから、連絡はつきやすいだろう。
「なんとなく、その名前には聞き覚えあるな……君たち二人にも因縁の相手だった
んじゃなかったっけ?まさか、アンナが陣営に誑し込んでるってこと?」
「貿易相手ですよ!夫人とも友好関係にありますし」
「あんまり、お薦めしないけど……俺は」
遠くを見るジョージア。思うところもあるだろうから、私は苦笑いでその場をやり過ごす。
確かに、公に次ぐ色男ではある。そんな人の隣に、兄が並ぶのは少々考えてしまうが、別にそれ以外は悪い人物ではない。それ以外は。
「少々色物なんですよ。人物的には、私は嫌いじゃないですね。1日中でも話をして
いても飽きないでしょうし」
「それは、聞き捨てならないね?アンナ」
「ジョージア様は少々食わず嫌いなのですよ……色物だからと言って、遠ざけて
しまうのは勿体ないですよ」
「でも……」
「ジョージア、アンナに君の常識は通用しないし、アンナや僕の常識はジョージア
には通じないだろうね。別に僕らは趣味で情報収集をしているわけじゃないんだ。
情報を集めた先に何らかの恩恵があることを僕ら二人は知っている。時には自分を
使って、時には協力者を募って情報を集めている。僕たちが望むのは、アンジェラ
が平穏無事に過ごせる未来を勝ち取るためだけに、動いているんだ」
少しだけ貴族っぽくなった兄を見て関心していた。ハリーや殿下に相当鍛え上げられているのだろう。甘さ残る顔は、この場面で確認するに少ない。
いかに付け込まれないかが、大事になる。自分が差し出した小石から山のような金塊を手にしないといけないような訓練を受けた私たちに失敗は許されない。
「どうしてそこまで、アンジェラを?サシャにとっては姪というだけだ」
「それだけで、十分だと思うよ。アンナが自由に出来ているのは、ジョージアの
おかげだ。僕たちはね、アンナを最大限に生かすために動いているんだ。それが、
アンジェラにとっても、ジョージアにとっても最大の幸せだと考えている。
もちろん、アンナ自身、長く子どもたちの成長を見守ることが幸せなんだ」
わかったようなわからないような話でジョージアは兄に煙に巻かれてしまった。
私の寿命は、決まっている。それも、あと11年くらいだ。ネイトが生まれたことで、寿命が多少伸びたに過ぎない。
今も家族が手を差し伸べてくれるのは、私の寿命を少しでも伸ばすためであった。
わかっていても、胸がぎゅっと苦しくなる。
「お兄様、協力お願いしますわ!」
「あぁ、アンナに少々遅く成長した僕を是非披露させてくれ!」
ふふっと笑うと、具体的な話を始める。怪しいと思っている辺りのことをちゅんちゅんにも伝えてあるため、兄にも整合性の取れる話を拾ってきてもらうつもりだ。
こちらの本質は伝えず、私が求める噂話を見事拾ってきてくれることを願うばかり。
あとは、エールに対して手紙を書くことにした。
待ち合わせは、エールが女性に贈る贈り物を選ぶにも適しているだろう、ハニーアンバー店で落ち合うことにしたのであった。
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