第550話 いばらの道でも

 始まりの夜会まで、私はすることがあまりない。この際だから、出かけるのもありなのだが、どうもジョージアに見張られている気がする。確かに、公爵として位を拝命しているのに、平民に混じって、うふふ……あはは……としていたら、領地ならまだしも、公都ではジョージアもあまりいい気はしないのではないだろうか?

 私は、自粛することにし、執務室に籠ることにした。後3日の我慢だと自分に言い聞かせて……



「今日は、何をするんだい?」

「そうですね……溜まっている書類に目を通して、レオに剣術とダンスを教える

 くらいですね?」

「そう、じゃあ、屋敷にいるの?」

「そのつもりですよ?どうかされましたか?」

「いや、何も……アンナを一人占め出来るのって、公都の屋敷にいるとき以外ない

 からね?」



 そうです?と小首を傾げると、そうだよと近づいてきた。頬に手を当てられたので、甘えるように寄りかかると、キスをされた。

 なんというか、ジョージアの行動がよくわからないことがある。まさに今のようなときではあるのだが……じっと見つめると、はぁ……とため息をつかれる。



「あの、何か?」

「いや、アンナの目には、もう、俺は映っていないのかなって……」

「どうして、そう思うのです?私は、ジョージア様がいてくれるから、領地の改革も

 楽しく出来るのですよ?」

「うーん……何ていったらいいのかな?」

「……私といたら、ジョージア様は、幸せじゃないですか?」



 私の言葉を聞き、ジョージアは固まってしまった。

 幸せではないのかと思うと、なんだか申し訳なくなり、俯いてしまう。



「アンナは、俺と結婚して幸せ?」

「私は、もちろん幸せですよ!」

「俺はね、アンナと結婚して、本来なら俺が背負うべきものをアンナに背負わせ

 すぎてしまって、申し訳なさがあるかな?」

「そうです?私はそんなふうに思ったことはありませんよ!例えば、どんなことですか?」

「領地運営」

「領地運営は、私が好きでしていることですし、むしろ、ジョージア様から、いろ

 いろなものとかを奪ってしまっているように感じてます」

「そうなの?」

「そうなのです……私、ジョージア様の邪魔をしてませんか?傷つけたりしていま

 せんか?」



 苦笑いするジョージアに頭をぽんぽんっとされ驚いた。背中を向け机にもたれかかるジョージア。

 その表情は見えず、急に不安になってきた。



「俺ね、アンナと結婚するって決めたとき、絶対幸せにするんだって思ってた。

 だから、ソフィアとの結婚も婚約破棄しようと考えたし、アンバーの現状もどう

 にかしていい方になるように一人で頑張ろうってしてた。現実は、何一つ成功して

 いないのが現状だけど……」



 机の上に置かれたジョージアの手には、薔薇の刻印がある結婚指輪が光っている。

 私は、その手に自分の手を重ねると、カチッと音がした。指輪同士があたったのだろう。

 私の方を向かないジョージアは、今、どんな顔をしているのだろうか?



「結局、俺がやらないといけないことを……領地改革の解決の糸口から何から何

 まで現在進行形でアンナが全てその両肩に乗っかっている。ソフィアのことも

 そうだ。あれは、本来、俺がするべき断罪だったんだって……未だに、一人処刑

 場へ向かわせたことが後ろめたい」

「……それは、私が望んだことですよ!今は、たまたまうまくいっている領地

 改革も、ジョージア様の蓄積させたアンバーの知識がなければ、こんなに早く

 進んでいません。

 私は、ジョージア様と共に領地改革を進めて行っていると思っているのですけど、

 そうは感じてもらえていないってことですか?」



 あぁと呟くジョージア。その背中は、寂しそうであった。例え、今から、私と領地運営の主導を変わったとしてもジョージアの心に落ちた闇はきっとはらえない。

 どうすれば、よかったのだろうか?私は、『予知夢』の運命にときに従いながら、ときに逆らいながら考えることを止めず、ただただ前を向いて歩き続けてきた。

 それが、ジョージアを追い込んでいたとすれば……私という存在は、ここにいてはいけない気がする。



「ジョージア様、私は……」

「アンナは、アンナでいてほしいと思っているんだ。それが、アンナの魅力で

 あって、邪魔をしたいとは、思っていない。ただ、なんていうか……アンナと差が

 開きすぎてしまっていて、追いつくにはどうしたらいいのか……と、毎日、自問

 自答している。努力の仕方がわからない。努力をしても、

 それを上回っていくアンナに取り残されていく焦燥感。それが、うまく消化出来

 ないでいて、ごめん」

「……」

「……アンナ。領地を頼むよ?」

「頼まれたくないです!」



 私は、思わず叫んでいた。アンバー領のことは、とても好きだ。領民もとても優しくて、こんな私でも温かく迎え入れてくれる大事な場所である。

 でも、私が動いたことで、ジョージアの肩身を狭くさせたいわけではないし、『予知夢』と違う未来が来たのだから、一緒に……私が生きている間だけでも、ジョージアと手を取り合って協力し合いたいのだ。

 なのに、こんなふうになっているだなんて……私は、ジョージアの何を見てきたのだろう。情けなさしかなかった。



「アンナ?」

「……私は、小さいときに『予知夢』でアンバーのことを知りました。改革する

 ために、人を集め、人を育て、お金を集め、領民と手を取りここまで歩いて

 きた。

 でも、それは、ジョージア様がいたからで、私の見た未来と少しずつ変わって

 いて……もし、ジョージア様が側にいてくれなかったら……私は、ソフィアを

 断罪することなんて、とても出来なかった。アンジェラの安全確保するためとは

 いえ、100人近い人の命を奪い、1000人近い人の人生を狂わせた。とても、とても

 辛い……です。平気で笑って過ごせる日なんて、あの日から、1日もありません。

 わかっているのです。自分が歩みたい道は、いばらの道より、ずっと険しい道を

 選んだことだって……でも、歩んでみて、今、ここにたっていても、辛いんです。


 苦しいんです。一人だと、いろいろなことに、押しつぶされそうで……」



 初めて、ジョージアに泣き言を言ったのではないだろうか……胸の内は、言わないようにしている。

 話してしまったら、もう、進めない気がして、そこで止まってしまう気がして怖かった。

 ジョージアが側にいない未来を私は知っている。『予知夢』で見た私たちは、ただ、籍が一緒だというだけの冷たい冷たい夫婦だった。唯一の支えは、アンジェラと友人たちだけで、側にいて欲しい人が、私の隣にいなかったのだ。

 今は、隣にいる。手に届くところにいるのに……なのに、遠くに行ってしまったような寂しい気持ちになる。



「アンナ……」



 ジョージアを見上げると両頬をそっと撫でてくれる。涙が流れていたのだろう。



「ごめん、気づいてやれなくて……」



 私は首をフルフルと振ると、ジョージアが抱きしめてくれる。

 その瞬間、今まで溜まっていたものが、全て流れ出していく。ジョージアに抱きつき、声を押し殺して泣き続けた。

 こんなに泣いたのは、いつぶりだったろうと考えたとき、アンジェラを産んだ日だったことを思い出す。

 あのときは、一人ベッドで蹲って泣いたが、今は温かいジョージアの体温を感じる。



「アンナも不安だったんだな。ごめん、ごめん……俺、自分のことばっかり……」



 この国に来て、誰よりも心の支えにしているのは、他ならないジョージアであった。

『予知夢』の未来を知っていたとしても、友人たちがいたとしても、アンジェラが生まれたとしても、心を満たしてくれるのはいつだって、ジョージアだけ。



「……一緒に頑張ってくれますか?」

「もちろんだ。アンジェラがいて、ジョージがいて、ネイトがいる。でも、俺の

 心を満たすのは、アンナだけなんだ。アンナ、よく聞いて」



 上を見上げたら、ジョージアのトロっとした蜂蜜色の瞳が見えた。私の大好きなその瞳に私が映る。



「アンナ、俺は……アンナの歩く早さには、追いつけていない。これから、もっと

 力をつけるよ。まだ、全然足りないんだ。アンナがもう泣かなくてすむよう

 に……支えになる。アンナ、俺はアンナを愛している。見失ってしまうことがある

 ことが、今日みたいにあるけど、忘れないで……いつか、隣を歩けるよう、アンナ

 と一緒にアンジェラを導けるよう、俺に出来るやり方で追いついてみせるよ」



 ニコリと笑うジョージアにただしがみつき、私は涙を流し続けた。心に溜まる澱を流す様に……その間、ジョージアは私の頭をずっと撫でてくれるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る