第526話 やっと、謁見

 公自ら迎えに来てくれ、謁見の間に入った。そこには、先程まで揉めていた人物の姿はなく、エリックだけが待っていた。



「普通は、誰かよこすものじゃないですか?」

「そうは、思ったんだけど……ずいぶん待たせてしまったから……悪いなって……」

「べつに今に始まったことじゃないですし、宰相と有意義な時間が持てました

 から、とっても楽しかったですわ!ねっ!」



 宰相に微笑みかけるとゲフンゲフンととむせこんでいる。大丈夫ですか?と尋ねると、掌を前に出して、大丈夫だと合図をくれたので、私はそのまま謁見ように歩いて行く。

 少し前を歩いていた公が席に座るまで待ち、膝をつき改まって挨拶をする。



「公の呼びかけに参上いたしました。アンバー公爵、アンナリーゼでございます」

「よく参った。長らく待たせてしまって申し訳なかった。楽にせよ」

「いいえ、少々帰るのが遅くなるくらいですから、大丈夫ですよ!」



 ニコリと微笑むと、何故か公は後ろに引く。何故?と小首を傾げるが、まぁ、考えても仕方がない。



「まず、公に感謝を。先の季節より、近衛百人を貸していただき、誠にありがとう

 ございました。おかげさまで、少しづつではありますが、街道整備の方の着手を

 始めました。

 また、今回の近衛についても百人お貸しいただき、感謝申し上げます。こたびの

 百人については、アンバー領へ五十人、コーコナ領へ五十人と振り分けをし、

 後日、コーコナに配属した五十名については、アンバー領へ配属いたします」

「ジョージアから聞いたが、夏場から秋にかけ長雨があるということだ。そんな

 こと、わかるものなのか?」



 私は曖昧に笑うことにした。公に、私の『予知夢』のことは、話していない。

 国を揺るがすような内容の話をおいそれと信じてくれとは言い難い。そして、それを起こすのが、自身の子どもであることは、かなり言いにくい。公の今後の触れ合い方で、もしかしたら、最悪の未来が変わる可能性もあるのだ。私の『予知夢』を押し付けてしまうのは、どうかと思って話していない。

 私の周りの人には、話しているのは……私がいなくなった後、子どもたちや領地を守ってもらいたいからという、個人的な話であった。



「わかるというか、そんな気がしたのです。裏付けになるかはわかりませんが、

 前領主、ダドリー男爵が残した手記で、天候のことも書かれていましたから、

 そこから読みとき今年がそのような年であるように思ったのです。公に近衛を

 お借りできたこと、本当に助かっています」



 ニコニコと笑顔を振りまくと、そうかとだけ呟く公。なんだか、本当に疲れてしまっているようだった。

 その状態になっている今、状況確認を聞いてもいいのだが、それを聞くとたぶん巻き込まれる。

 見るからに、聞いてほしそうな感じはするが、触れないようにしようとしていた。

 ただ、公が話をするのであれば、考えなくもないな……と思ってはいる。



「あの、アンナリーゼ?」

「なんでしょうか?」

「その、領地の運営の方は、どうだ?」



 報告は逐一あげているつもりではあったのだが、直接聞きたいようであった。



「予想より、いろいろと問題は起こっています。おかげで人が足りなくて困って

 います。育てたい人材がいるなら、文官十人程なら受入れますよ?近衛を融通して

 くれたお礼に」

「本当か?それは、助かる!」

「ただし、預かったからには、人手不足もありますから、もちろん馬車馬のように

 働いてもらいます」

「あぁ、それは、仕方がないだろう引き抜きさえなければ、構わない」



 そうですかと言うと、公から一際大きなため息が出てきた。よっぽど疲れているのだろう。

 チラッと、宰相の方を見ると、こちらもため息が出ていた。二人共疲れすぎではないだろうか?



「それで、概ね順調ってことだな。羨ましい」

「羨ましいだなんて!私は、みなに助けられてやっと、領地運営が軌道に乗るか

 乗らないかという感じです。優秀な方が手に入りましたからね!」

「その優秀な人材が、羨ましいのだ!うちにも……いないのか?」

「未来の宰相候補は、数名いるのではないですか?育てているでしょ?」

「それがだな……」



 私は、巻き込まれる覚悟をする。これは、聞いてほしいうえに、公たちは解決の糸口を見つけられずにいるようだった。

 こういうときは、第三者の意見をききたくなるのは、私にも身に覚えがあるので、仕方がない。

 上に立つものとは、常に何かに頭を悩ませることになる。私には、一緒に悩んでくれる頭が優秀なので、ミソッカスの私でもアンバー領主として成り立っているのだが……この二人には、相談出来る頭はいないのかと思うと少し可哀想になる。



「アンナリーゼ、この城に優秀なものを1名でも構わない……一人、一人……

 そうだ、セバスチャン・トライドを返してくれ!」

「寝言は、寝てから言ってくれます?私の頭をもぐおつもりですか?」

「そなたは……後ろにサーラーもいるではないか!」

「なら、ウィルを返して、私はエリックを所望しますわ!」

「エリック、ならん。絶対にならん!な……エリック、行かぬであろう?なっ?」

「公、発言いいですか?」



 もちろんだ!ほら、行かないと言ってやれと言わんばかりである公にニコニコと笑みを零すエリック。

 私は、言ってやれ!エリック!と心の中で応援する。



「アンナリーゼ様が望んでくださるなら、私はこの剣を嬉々として返上します!」

「……なっ」

「……」

「アンナリーゼ!」

「なんでしょうか?公」

「エリックが……エリックが……」

「元からですよ?エリックもアンバー領へ来たいとずっと言ってますから!」



 そんな……と力なく、玉座にへたり込む。そんな姿が可哀想でどっと老けたようだ。

 なので、差し出がましいが、仕事が出来すぎる文官を推薦してあげようかと少しだけ心が動いた。

 武のエリック、文の彼というふうに肩をならべられるような存在になるだろう。

 なんせ、鍛え方が……違うのだ。私の比ではない程、しっかり主人を陰ながら支援するように育てられている。



「ほら、そんなに落ち込まないでください!今に始まったことではないですから!

 それと、一人だけ、心当たりがあるのですけど……もちろん、彼の才能を

 見出し、すでに側においている可能性もあるのですけどね?」

「だ……誰だ!そのものは!そんな者、回りにいないぞ!」

「……そうですか?」

「……意地悪はなしで、頼む。宰相もクタクタなのだ。頼む……」



 疲労困憊の二人を見ると、本当に可哀想だ。公妃にまで振り回される日々はさぞ、辛いだろう。

 彼も私に散々振り回されていたから、公妃の扱いなんてちょろいに決まっている。

 その彼を思い浮かべ、クスっと笑みをこぼす。



「パルマです」

「パルマ?そんなヤツは、いないぞ?いたか?」



 宰相に目くばせして確認するが、宰相もまだ見つけられていなかったようだった。

 パルマの噂は、結構有名な噂になってきているので、私でも知っている。報告も受けているから、知っていて当然の部分もあるが、客観的に情報をもらうこともあるので、それを評価すれば、城に入って日が浅いにも関わらず、出来すぎている印象だ。



「今年、入ったばかりですからね……すでに、頭角はあらわしていると思いますよ!

 なんたって、当家自慢の筆頭執事が、パルマをしっかり執事兼文官として仕込んで

 いますから!」



 ニコリと笑うと、公と宰相はお互いを見合わせていた。今すぐ、呼んだ方がいいと思うけど?と思いながら、私はただただ、微笑みを絶やすことなく公を見つめるのであった。

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