第507話 しっかりした予知

 怒涛のように過ぎていく公都へ行く前の1週間。

 視察や種まきや打ち合わせで時間はどんどん減っていく。

 睡眠時間を削って、執務机にも齧りついている私もそろそろ限界が近い。

 公都での活動内容やコーコナへ行くこと、さらに他領へも出かけることを考えると、準備をしてもしきれていない。

 幸い、私には優秀な……優秀過ぎる侍女のおかげで、準備は何一つせずに、執務のことだけを考えていればよかったので助かっている。



「アンナ様、明日は公都に向かうのですから、少し休んでください。働きすぎです!」

「そうは、言っても……こちらで、つめておかないといけないことも多いから……

 もう少しだけ……ねっ?」

「アンナ様が休まないと、イチアさんも休めないのですから……そこらへんも

 わかって下さい」

「デリアさん、お気遣いありがとうございます!貫徹3日くらいなら、まだ、大丈夫

 ですから、お気になさらないでください。戦場では、殆ど寝れませんから……」

「そうは、言ってもここは戦場ではありません。領民のための執務なのですから、

 きちんと睡眠をとって質のいい執務をしてくださいませ!仮眠ごときでいい考えが

 浮かぶとは到底思えません!」

「そういうデリアもあまり寝ていないのではないの?私に付き合ってくれているから」

「そう思うのであれば、お休みください!」



 デリアにピシャリと言われると……それも、そうだと考え、イチアに苦笑いを送る。書類を整理して立ち上がると、イチアに声をかけた。



「寝ましょうか!私が寝ないと、イチアもゆっくり寝れないでしょ?明日は、

 昼まで休みを取ってちょうだい。私は、朝、出かけることになるけど……領地の

 こと、お願いね!」

「かしこまりました!では、明日は少しだけゆっくりさせていただきます。見送りには……」

「来なくていいわ!引継ぎは終わっているのだし……何かあったら、連絡をちょう

 だいね!」



 私は伸びをしてあくびをひとつ、執務室から出て行った。

 廊下を歩きながら、明日の準備の進捗を聞くと、デリアの準備が完ぺき過ぎて、ご苦労様と声をかけるだけに終わった。



「もう、本など読まずに寝てくださいね!明日はアンジェラ様も同じ馬車に乗るの

 ですから、居眠りなんて、ダメですよ!」



 デリアに釘を刺されたためベッドに潜り込む。明日はいつもより遅めとはいえ、早く起きて準備もある。

 いわゆる、みすぼらしい恰好で馬車に乗るなとのお達しがあるので、公爵として威厳ある服装なのだ。

 準備への一抹の不安もないので、すぐに眠りについたのであった。



 ◆◇◆◇◆



「ここは……コーコナ?」



 まだ、何もない綿花畑と見覚えのある木が見える。日差しは強く、『予知夢』だとわかっているのに汗ばんだ。

 すると、急に雨がパラパラと降ってくる。近くに何もないコーコナの綿花畑の中を雨に打たれて歩いて行く。

 ひたすら歩いて行くと、コーコナの綿花畑の様変わりしていく。

 ただ、雨はひたすら降り続いた。



「ずっと、雨が降ってる……さっきまで夏のような暑さだったのに……」



 しゃがんで綿花を手に取ると、黒くなっていた。

 雨が続いて、黴が生えたのだろうか?


 私はわからず、また歩き出すと一人の男性が、傘を持って綿花畑を眺めていた。

 盛大なため息と共に、気弱そうにしていて、私には気づかない。

『予知夢』は基本的に一方通行である。彼から、私は見えず私から彼に話しかけたとしても答えは返ってこない。



「今年の長雨は、特に酷い……このままじゃ、綿花が全てダメになってしまう……

 なんとか、できないだろうか……それより、土砂崩れの方も手伝わないと。

 まだ、人が埋まっているんだ……2日過ぎた。生きてる可能性は低いけど……」



 そういって、彼は元来た道を帰っていく。

 彼はコットン。コーコナ中の綿花畑を切り盛りしてくれるようお願いしている人物だった。

 いつも自信満々な彼にこんな顔をさせるのは、この雨なのだろう。

 長雨だと言っていたし、気になることも言っている。

 コットンの後をついて歩く。一面に広がる綿花は、もう収穫時期を少し過ぎている。

 長雨で収穫出来ずにいるようで、コットンも悩んでいるようだった。


 コットンの行先に、私は目を疑った。

 コーコナ領の中でも綿花農家が多い地域であるこの場所で、土砂崩れが発生していたようだ。

 みるからに20軒近く被害が出ていて、さらに死者や行方不明者も出ているようだった。

 収穫が出来ない理由にこれも含まれるだろう。

 生存者がいないか、捜索が繰り広げられているのだから……



「三軒隣の爺さんがなくなったって……埋もれてたよ。今年は、成長が良くないって

 言ってたけど、みなそれでも収穫は楽しみにしてたからな……やるせないよ」

「これで、何人目だ?」

「23名が亡くなって、15名行方不明。アンナリーゼ様のおかげで、こうやって

 近衛も昨日から入ってきてくれているけど……難しいな」

「まだ、アンナリーゼ様がコーコナの屋敷にいてくれたから、迅速にことが進ん

 だんだ。助かった命もある。それだけでも、感謝しようぜ」



 やるせない憤りをぶつけることも出来ず、唇を噛みしめるコットン。

 私は、彼の肩に手を置いた。



「ここだけ、土砂崩れが起きたんだ。何とも言えないな……」



 コットンのその言葉を最後に、私の意識は、現実へと戻ってきた。

 久しぶりにはっきりした『予知夢』を見た。夢で終わればいいんだけど、そうはならない。

 見るからに、今年であろう。

 私は、ベッドから飛び起きて執務室へと向かった。まだ、太陽が登らない暗い時間帯にジョージアと兄、そしてイチアと先に公都へ戻ったセバスへ手紙を書いた。



 まだ、今なら間に合う。

 領民が死ぬことを避けられるのならば……私は、全力を尽くさなくてはいけない。

 書き終えた手紙を3通持って、夜勤をしているメイドに託す。



「早急に送ってちょうだい」



 それだけいい、私は自室へと戻り着替える。

 今日は、公爵仕様とは言われていたのだが、とりあえず、リリーとアデルに会わないといけないと思い、さっと着替えた。

 玄関に行き、馬に跨ると警備隊の駐屯地へとレナンテを駆けさせた。

 デリアには手紙を書いておいたので、叱られるだろうけど大丈夫だろう。


 リアノとアルカを早急にコーコナへ向かわせるために、二人の力を借りに行くことにしたのであった。

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