第469話 初めまして、アンバー公爵様、うちのがご迷惑おかけしております。

 対策会議から1週間後、私たちは玄関前でバニッシュ子爵夫妻の到着を待っているところだった。

 目の前に馬車が止まって、降りてくるエールと、エールが差し出した手を取りこの地に降り立った妙齢のご婦人こそが、バニッシュ子爵夫人ミネルバだ。私は、その姿を見て、思わず息を飲む。

 私の母が女王なら……女傑だろう。なんとも言えない雰囲気を漂わせている。

 さすが、エールの夫人を名乗るだけであって、腹の座り方が違う。



「初めまして、アンバー公爵様、うちのがご迷惑おかけしております」

「ようこそいらっしゃいました。ミネルバ夫人。ご迷惑だなんて……いいお友達

 ですわ!」



 私は微笑みながら、ミネルバに握手を求めると手を差し出してくれた。



「玄関では、なんですので、こちらにどうぞ」

「ありがとうございます。あの……公爵様」

「その公爵様というのは、すみませんが慣れませんので、アンナリーゼとお呼び

 ください」

「かしこまりました、アンナリーゼ様。では、私もミネルバとお呼びください」



 カレンとはまた違う色香のある微笑みに絆されるなと微笑み返す。



「アンナリーゼ様は、こちらにずっといらっしゃるのですか?」

「えぇ、そうですよ。私、公都にいるよりずっとこちらの方が肌に合うのです」

「そうなのですね……うちのから聞かせていただいたお話によると、なかなかの

 手腕の持ち主だとか。公爵位をもらうということ、それほど容易くいただける

 ものでは、ございませんものね」

「そうでもありませんよ!たまたま、前公の覚えがよかっただけで……特にこれと

 いう誇れるものはございませんから」

「そのような世迷言を……あのアンバー領を1年でここまで立て直すアンナリーゼ様

 は、ただものではございませんわ!前アンバー公爵に出来ずに、あなたには

 できた。それは何故なのか、その人となりに興味が湧きましたわ!ただ、隣国で

 あるため、お会いすることが叶わないと……」



 悲しそうにしているミネルバに、御冗談をと笑い飛ばす。



「ミネルバは、アンバー領へこっそり遊びにきていらしたではありませんか。

 先日の娘のお誕生日会、いらしてましたわよね?

 それも、売り子なんてしていらした」

「まぁ、バレていましたの?私、わからないようにと……隠していたのですけど」

「そうは言っても、あなたほど美しいネイビーブルーの髪の女性は、この領地には

 いませんし、失礼ですが、隣の領地も領民は似たり寄ったり……美しい髪を持て

 るのは、お金の程ほどにある夫人と名のつく方のみですよ?」

「確かに……生活に少し余裕が出来てきたとはいえ、まだまだ、その改善の余地は

 ありそうですものね……お互いに」



 含み笑いをするミネルバは、こちらの情報をどこまで知っているのだろう?

 まぁ、全て知っていたとしても……たいしたことはない。

 産業として育ち始めただけのアンバー領に、まだ、価値ありと目をつける領地は、ないのだ。

 今のうちに、力をつけようと必死に動いているところではあるのだけど……



「どうぞ、中へ。私の領地のお仕事を手伝ってくださってる方々も呼んでいますの。

 それにしても、いつもおしゃべりなエールは、今日は静かなのね?」

「そうですね……ミネルバがいれば、お払い箱ですからね。今日は大人しく座って、

 アンナリーゼ様とミネルバの話し合いを見守っていようと思います」

「そう、私たちだけでおしゃべりじゃなくてもいいと思うのだけど……私は、文官

 に任せるつもりなのだけど……」

「そうなのですか?アンナリーゼ様自ら采配をとるのかと……」

「私よりよっぽどできた文官がいるのです。決定権は私にありますけど……優秀な

 ブレーンがいますからね、おまかせしますわ!」

「私は少し残念ですわ……アンナリーゼ様とお話ができるのかと……」

「それならば……もし、お時間があるのなら、終わった後、夕食でも食べながら

 どうです?」

「それは……素敵なご提案!それでしたら……めいいっぱい、文官の人と話し合え

 ますわ!」



 優しそうに微笑むが、目が笑っていないミネルバ。

 まぁ、そんな女傑でもイチアをつけたセバスなら負けはしないだろうと、席に着いた。

 私はただ、集まったメンバーをぼんやり眺めながら話を聞いているだけ。

 なかなか有意義な話し合いが続く。


 私の欲しいもの、ミネルバ欲しいもの、どこを妥協点に持っていくのか……さすがにミネルバは、上手く話を進めて行ってくれる。

 ただし、それ以上にイチアが上手に転がしている感じがするが……余裕があるミネルバを見れば、何かしら隠しカードがあるのだろう。



 話し合いは、つつがなく終わった。

 そう、つつがなく。ミネルバが求めた関税の値引きはわずか2%。それだけでいいのかと思わなくもないが……かなりの値引きになったとミネルバ本人は満足しているいう。

 たしかに本土からの交易品のことを考えると交通費と人件費を足した額の赤字より、この2%の関税値引きをすることで、凄い潤うらしい。

 他にも、こちらに買い物にこれるようにしてもらえるなら……これ以上ない程、領民の生活が楽になるということだった。



「ミネルバ様、いい話し合いができました。ありがとうございます」

「こちらこそ、有意義なお話が出来て嬉しいわ!これからも、アンバー領とは密に

 させていただきたいです。よろしいでしょうか?アンナリーゼ様」

「こちらこそ、よろしく頼むわ!お互い国の端ですもの。協力できることは、

 協力しましょう!」

「私、その言葉を待っていたのです!他に何もいりませんの。アンバー公爵である、

 アンナリーゼ様とよしみにできることが、私の最大の益ですわ!」

「それは、どうして?」

「私、こういう性格をしているので……嫁の貰い手もないと言われていましたの」

「その言葉……凄くよくわかるわ……」

「そうですよね?私は、たまたま、爵位もあって、辺境の地にいるうちのが、結婚も

 せずにフラフラとあっちの娘こっちの娘と遊び歩いていたので、これは、私が

 領地を好きに出来るチャンスではないかと思い……無理やり結婚いたしました

 の!」

「それはまた……豪快な……」



 その言葉を聞き、一同こちらに視線を送って来たことは無視をしよう。

 両国が決めた政略結婚とはなっているが、蓋を開けてみると私が押し掛けてジョージアとの結婚を決めてきた。

 公との結婚を足蹴にしてまでも……それを知るみなの視線は、刺さるようで痛い。



「私は、殿方には別に興味もなく、ただ、領地運営をしてみたいと思っていました

 ので……うちのを説得し、私が領地運営をするから、好きに遊んできてもいいと

 言ってあるのです。もちろん、領地運営に必要な情報はしっかり持って代えてくる

 よう言いつけてはありますが、他は好きになさいませと……

 ただ、直系の子はなさないといけなかったので、その、責務だけは早々にすませ

 ましたの。その中で、ここ2年ほど、うちのから聞く名前で、アンナリーゼ様の

 お名前があがることが度々。

 聞けば、一夜を共にしていないと言うし、どこのどなたと聞けば、公爵家夫人

 だと……最初は青ざめましたけど……話を聞くにつれて、お話をしてみたいと思う

 ようになりましたの」

「エールの情報で、私の話が耳に入ったってことね?」

「はい、うちのが言うに、私のような女性を他に初めて見たよと申すもので、

 ずっと、お会いしたく……

 そして、できれば、うちのではなく私を茶飲み友達の末席に入れていただければと

 思っておりました。

 うちのなんて、煩いだけですから、茶のみ友達の末席からも抹消してくださっても

 構いません」

「いいわよ!エールはなかなかおもしろい話を聞けるからお友達になったけど、

 私は、どちらかというとミネルバの方が気になる存在よ!私……ミネルバと

 お茶会、したいわ!」

「そんな、あんまりです……アンナリーゼ様。私ともお茶会をしてください。

 できれば、二人で!」

「バニッシュ子爵って……奥さん横に置いててもブレないよね……」

「サーラー伯爵、お褒めに預かりありがとうございます!」

「いや、褒めてないんだけどね?」



 何事もブレないエールにみなでひと笑い、夕食でもと言う話になり、そのまま食堂へ向かう。

 そこには、いつものように、ジョージア様と子どもたち、ナタリーにレオとミアが揃って食事が給仕されるのを待っているのであった。

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