第446話 またきたよ……

 レオとの柔軟をしてから、午前中には体を動かす時間と称しすることにした。

 元領地の屋敷から、馬に揺られ警備隊の駐屯地へと出向く。


 冬の間に100人程、近衛から預かることになり、ここで寝起きをしている。

 仕事は、主に領地の街道作りの一環で、下水工事をするための穴掘りをしていた。

 4班に分かれ、街道整備につくもの、休暇のもの、警備の仕事をするもの、訓練をするものとし、それぞれ活動してくれている。

 警備や訓練については、領地の警備隊も含めてりうので、いつもより人が多い。



「おつかれさまぁ!」



 私とレオが門を通り抜けるために門兵に声をかけると、慌ててとめられた。

 今日の門兵は、若い近衛だったため、私のことを知らないようだ。



「ま、待ってください!ここは、警備隊の駐屯地ですから、一般の人が入られると

 困ります!」

「うーん、不合格ね……この国の公爵の顔くらい覚えておくべきよ!」

「またまた、御冗談を!」

「はぁ……またか……ここは、どこだと思っているの?」

「アンバー領ですけど?」

「アンバー領の領主って誰かわかる?」

「えっと……」

「「アンナリーゼ・トロン・アンバー公爵様ですね」」



 中から二人の男性が出てきた。

 一人はよく知るリリーだ。もう一人は……近衛の制服であるが、わからなかった。



「アンナ様、お久しぶりす!」



 親し気に声をかけてきたリリーに久しぶりねと声をかける。



「セシリア隊長の元で噂はかねがねお聞きしております。アンバー公爵様」

「セシリアの隊からこっちに?」

「えぇ、志願しました。セシリア隊は、9割以上が志願していましたが……交代制で

 此方に御厄介になる予定です。小隊長のアデルと申します」

「アデルね、よろしく!」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「うーん、で、私、門を通してもらえないんだけど……入ってもいいかしら?私の

 領地の私の警備隊の駐屯地なんだけど……」

「もちろんでございます!私どもの教育不足でございました……大変失礼なこと

 を……」

「別にいいのよ!ただ、もう少し、貴族についてのお勉強は必要かもね?」



 チラッと若い近衛を見て私は言うと、青ざめる隊員。



「そんな、クビとかにしないし大丈夫よ!誰だって知らないことや決まり事を疎かに

 しないこともわかっているから。

 急に来た私も悪いのだし、気にしないで!」



 若い近衛の肩にポンと手を置くと、少しだけ強張らせていた体から力が抜けていった。



「ここでもできる教育はしておくべきね。無用な争いはないにこしたことがない

 から、そういう勉強もさせてあげてくれるかしら?」

「畏まりました。警備の仕事のときや訓練のときに警備隊も含め講義を取り入れ

 ます。確かに、ここしばらくは流通する人が多くなっているようなので、いずれ

 貴族もこの領地を訪れることもあるかもしれませんからね!」



 そうしてくれる?と微笑みかけると、アデルは快く頷いてくれる。



「ウィルに会いに来たんだけど、いるかしら?」



 こちらにとリリーとアデルが案内してくれるようで私とレオはそれについて行く。

 レナンテの陰で見えなかっただろうが、今日は模擬剣持参であるのだ。



「アンナ様……?あの……」

「どうしたの?レオ」

「えっと、その模擬剣なんですけど……」

「うん、だいぶ体を動かせるようになってきたから、ウィルにお願いしようと

 思って……」



 私は模擬剣を撫でていると、レオは不思議そうにしている。



「レオも持ってきているでしょ?」

「はい、アンナ様に言われましたから」

「うん、じゃあ、約束を果たしましょう!ここなら、少々暴れても大丈夫だから

 ね!」

「それで、だったんですね!」

「楽しみにしていたでしょ?」



 はいと元気よくレオが言えば、私は微笑む。

 官舎からから出てきたウィルと目が合うと、小言が始まりそうだ。



「あぁ、やっぱね……またきたよ……」



 腰に手を当て、ため息ついているウィルにニコッとすると、更に深いため息へと変わった。



「別にいいよ?ここは姫さんの領地だからね、姫さんが好きにすれば。俺は、

 じっくり、姫さんの戦法でも見ていることにするよ!」



 訳知り顔で、集合!と号令をかけてくれるウィルは、集まった近衛や警備隊に今から何をするのか説明をしてくれる。

 もう2回目となれば、ウィルの中隊にいた人たちは我先にと名乗り出てくるが、警備隊や私を知らない若い世代にとっては困惑の話であるようだ。



「あぁー姫さんをぶちのめしてもお咎めなしだから、思う存分やってくれ!

 姫さんをぶちのめすなんて芸当ができる程の腕前がいるとは、とても思えないけど……」

「それは、どういうことですか?」

「あぁ、アデルか。手合わせしてみればわかるよ。どうせ準備運動なんだし……」

「では、私も加えてください!」



 志願してくれたアデルに私もときめく。

 初めて手合わせする人は、どんなくせがあるのか……楽しみだ。



「アンナリーゼ様、少々お時間ください!作戦会議!」

「いいわよ!10分後くらいでいいかしら?」

「えぇ、大丈夫です!」



 すでに何度も対戦している100人斬りメンバーは早速打ち合わせを始めた。

 そして、わけもわからず、アデルも呼ばれてそちらに向かう。



「姫さんさ、手加減はしてくれよ?大事な土木作業の戦力なんだからさ!」

「わかっているわよ!それに、私、そんなに力は戻ってないわよ!」



 先程、レオと柔軟をしたばかりではあるが、体を温めるという意味で軽く体を伸ばしていると、アデルや数人が何か叫んでいた。

 かと思えば、こちらを困惑気味に見ている。

 何かしら?とコテンと首をかしげると視線は打ち合わせの方へと戻っていく。



「姫さんさ、悠長に構えてていいの?」

「なんで?」

「相当強くなってるぜ?アンナリーゼ杯の前とは比べもんにならないくらい。

 なんでも、セシリアに相当鍛えられてるらしいな……こっちに来るのは、姫さん

 目当てのバカもいるけどさ……負けないようにな?」

「わかっているわよ!心配しなくても……でも、見るだけでわかるけど、アデルは

 ちょっと別格よね?風格的なものがあるわ!」

「姫さんがそういうなら、そうなんだろうな。次に上にくるのはきっとあいつ

 なのかも。俺もおちおちしてらんない……

 姫さんのおかげで、追われる身は辛すぎる!」



 どういうことよ!と言ったところで、作戦会議は終わったらしい。みながこちらを見ていた。



「まぁ、ケガだけはしないように、頑張れよ!野郎ども、準備はいいか?

 死ぬ気でかかってこい!」

「別にウィルにかかっていくわけではないでしょうに……」



 私は持っていた模擬剣の柄を持ち、ビュンとしならせる。

 今回、模擬剣を握ることなく、ぶっつけ本番での模擬戦となったのだ……誰か、私の出鼻をくじいてくれる人いるかしらねっ!っと呟いた頃には、身をかがめ一歩目を踏み出す。

 次の瞬間には、模擬剣を打ち合う音が訓練場に響き渡るのであった。




 ◇◆◇◆◇




 例の如く私の足元には死屍累々と近衛や警備隊が転がっていた。

 手加減なんて言葉は私には似つかわしくないだろう。半年ぶりに握った模擬剣のおかげで、既に手がプルプルしているのだ。



「さすがですね!あの、僕もいいでしょうか?ずっと、戦ってみたいと思っていたの

 です」

「えぇ、いいわよ!私もリリーには興味があるわ!」

「そのように言っていただけると光栄です!では……」



 リリーの体は大きいのだが、俊敏なようだ。

 気づいたときには、体が迫っていて、かなり焦った。



「姫さーん!リリーはメチャクチャ強いからな!気を付けっうぉわ!」

「うるさい!」



 ウィルともエリックとも違う。重厚感はあるのに、俊敏であるがゆえに、なかなかとらえどころがない。

 ガチっと剣が合わされば、押し返す力がない私では、すぐに負けてしまう。

 こんな逸材は、正直アンバーにいるのが勿体ない。

 私が、もし、公室の一人であれば、引き抜きしただろう。



「リリーは公都に行って近衛になりたいと思う?」

「ずいぶん、アンナ様は余裕なのですね?」

「そうでもないわ!もう、手や腕がプルプルしてる!」

「アンナ様に勝ったら答えます!」

「私に負けたら、答えてちょうだい!」



 拮抗していた力を私はワザと抜くことにした。

 そのまま模擬剣を引くと、リリーは油断したのか前のめりになった。

 私は見逃すはずもなく、拮抗から逃げた私の模擬剣は、リリーの腹に見舞うことになる。

 リリーが腹を抱え、たたらを踏み、三歩下がったかと思えば尻餅を着いた。



「参りました……」

「ふふ、リリーって強いのね!いい体しているし、鍛えているのだろうなって思って

 いたけど、それ以上ね?」

「ありがとうございます!アンナリーゼ様も産後とは思えない動きですね?」

「そうかしら?」

「えぇ、後ろの隊員たちだけでなく……どう見ても、その……」

「私が負けそうな体格差?」

「えぇ、そうです」

「体格差なんて、ウィルで嫌って程わかっているから大丈夫。

 リリー、たまにでいいから、遊んでくれるかしら?」

「こちらこそ、お願いしたいです。それと、さっきの話ですけど」

「うん、私が公爵の間は、リリーは絶対公都になんてあげないわよ!」

「姫さん、よっぽどリリーのことが気に入ったんだな?」

「元々気に入っているわ!じゃないと隊長なんてさせないもの!でも、今日の模擬戦

 でさらに気に入った!それとも、公都に行きたかった?」

「アンナ様のお供ならいざ知らず、それ以外でここを離れるなんてこれっぽっちも

 思ってみなかったです」



 指で示すが、殆どくっついているので、微塵もアンバー領から出ていきたいだなんて思ってなかったのだろう。



「でも、領主様に絶対公都になんてあげないと言われるのは、アンバー領に住む領民

 としては、これ以上ない程嬉しい話です」

「普通、外に出して自慢するのが貴族としてあるべき姿なんだけどな……」

「アンナ様がここに絶対必要だと言ってくれているので、他はいりませんよ!

 ウィル様」



 そんなもんか?とウィルはリリーと私を見て話すと、まだかまだかと出番を待っているレオの頭を撫でた。



「次は、レオの番だからな。姫さん、今度は手加減してやってくれ。

 自信を削ることだけは……しないでくれよ?」

「手加減はいりません!アンナ様との力量の差を教えてください!」



 勇ましくいうレオに頷き、負けても努力を怠らない約束だけして対峙するのであった。

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