第439話 お引き取りくださいませ!

「さすがに、アンナリーゼを悪くいう噂話は、俺の耳に入ってきてはいる。

 だいたい、アンナリーゼが俺に取り入るなんて、ちゃんちゃらおかしくてたまら

 いわ!俺がアンナリーゼに取り入ろうとしているのに!」

「なんか、それだけ聞くと、公って……かなり残念な感じですね?」

「悪かったな!アンナリーゼがあのとき動いてなければ、俺はもう少し公世子と

 して、のびのびとした生活が送れていたのに……」



 公はダドリー男爵の断罪のことを言っているのだろう。

 あの一件は、確かにアンバー領の荒み具合を考慮して、10年以上前倒ししているのだ。

 公にとってもダドリー男爵にとっても、私にとっても不測の事態となった。

 ましてや、私なんて、第二夫人であったソフィアに殺される予定だったのに、先に私が服毒を促す側になってしまったのだ。

『予知夢』で知っていたとはいえ、大きく変わった未来に、私も戸惑ったものだった。



「のびのびですか?永遠にのびのび生活できていたかもしれませんよ!土の下で!」



 公にニッコリ笑いかけると、口の端が引きつっていた。

 この国は、未だ土葬なのだ。土の下でと言えば、そういう意味になるので、身震いしている。

 それに、実際問題、ここまで公と親しくなるとは思ってもみなかった。

 いわゆる公とは共犯者である。アンバー領や領民、アンジェラを守りたい私と公室や城の中で起こっている悪だくみを一掃したかった二人の思惑が重なりあってなったことにほかならない。

 正直、ダドリー男爵の壮大な計画に比べ、今回の公妃の話など、たいした話ではない。

 ただ、ことが大きくなればなるほど厄介で、取り返しのつかないことになりかねない話ではあった。

 絡み合った糸を切らずに元に戻すことほど、大変な作業はない。

 今は、まだ、公妃が私への妬みで済んでいるが、公妃の後ろにいる公爵が出てくると厄介である。

 次期公世子と言われている男の子を生んでいる公妃の実家は、爵位は公爵位。

 序列もジョージアに次ぐ3位となっている。

 発言も重要視され、年若い私とジョージアのことを舐めてかかっていることは知っている。

 だからこそ、今回の公妃がばらまいている噂話を確固たるものにしてしまわれると、とても面倒だった。

 ダドリー男爵の断罪が、まだ、目新しいものではあるので、それほど迅速にことを構えることはしないだろうが、公が若手や日の目のみなかった者達へ次々と声を掛けていること考えても、この噂話を放置しておいたら遠くない未来で必ず、何かを起こすそんな予感がしているのだ。



「それで、アンナリーゼはどのように決着をつける予定なのだ?」

「私が決着をつけるのですか?首を刎ねて終わりますけど、それでいいので?」

「あ……いや、それは、まずい」

「なら、公が考えてください。だいたい、公が公妃の手綱をしっかり握っていれば、

 こんなくだらない噂話が流れることもないと思いますけどね?今回の噂話は、

 笑い話で看過できないものですから、公が落とし前つけてください」

「それは、わかっているのだが、何か、妙案とか、ないのか?ほら、アンナリーゼが

 得意そうなひらめきだぞ?」

「ひらめきが得意なわけではありません!これでも、たくさん本や文献を読み

 ながら、一生懸命勉強した上で決定しているんです。

 遊びの延長とはいえ、私だって領民の命を預かっているんですよ!なんですか?

 それくらいのことで……公自身がしっかり決めてください!」



 公を睨むと、感心したかの反応が返ってきて、それはそれでむっとなる。



「何はともあれ、アンナリーゼが何かしら動いたとは思っているのだ。何をし始めた

 のかだけでも教えておいてくれ……

 知らなかったら、また、大変な目にあいそうだ」

「そんなの自分で考えてみればいいじゃないですか?私がしそうなことって、だい

 たいわかりそうなものだと思いますけどね?

 もぅ、短い付き合いではないのですから!」

「付き合いが長くても、読めないのがアンナリーゼという人物なんだ!魅力的では

 あるが、導き出すまでにかなりの時間がかかる上に、聞いてしまったほうが楽だし……」

「言いませんよ!さっきも言いましたけど、公妃が流している噂なのです。

 公がなんとかするべきでは、ありませんか?

 だいたい、私が領地に引っ込んで大人しくしてるからって、公も公妃も勘違いして

 いると思うのですけど、好調なローズディアをひっくり返すことくらい、フレイ

 ゼンにしたら容易いのですよ?」

「うっ……そこを言われると辛いな。フレイゼン侯爵は何度か会ったことがあるが

 ……その娘であるのだな。確か溺愛しているとも……」

「それは、関係ありません。だいたい、父は、兄に全てを任せてさっさと領地で

 隠居生活していますから!今は、フレイゼン侯爵は兄ですけど、公にも何回か

 会ったことあると思いますよ?」



 私の言葉に固まる公。記憶にないようだ。

 確かに、兄は私と違って目立つことはない。それでも、兄の手腕は私も買っているので、そこで箸にも棒にも掛からぬようなことを言えば、私だって怒る。

 この数年、かなりの努力を重ねてきていることを知っているのだ。のほほんと今の地位に胡坐をかいていた公とは、ものが違う。



「あぁ、ジルベスターの秘書官だな?確か、サンストーン宰相の子息と一緒に

 会ったことがある。アンナリーゼの兄か……印象が全く違うな」



 私を見て何かに納得しているところ悪いんですけど、今頃、その兄が私のために動いてくれていますよ!と心の中でほくそ笑んでやる。



「何か、悪い予感しかしないわ!」

「そうですか?」

「トワイス国で、何か動かしているのだな?すると、シルキーあたりがかんでいるのか?」

「いいところまでたどり着けましたね!ハニーアンバー店は、絶対に潰させません!

 もし、そんなことがあるようでしたら……」

「公妃共々俺も潰されるか……」



 そこには何も答えず、微笑んでおく。

 私が公を潰すことは絶対といっていいほど考えていない。協力関係にあるのだから、そんなことをしてしまっては、ローズディア1番の領地を目指すことは難しい。

 1番の金づ……お得意様を蔑ろにするわけがないのだから。



「なんでもいいですから、アンバー領で油を売ってないで、さっさと公都に帰って

 公妃をなんとかしてください!そうすれば、何事もなかったかのように世間様が

 動いてくれます」

「あぁ、それもそうなのだが……ひとつ、お願いもあったんだ」

「そんなお願い、今、聞くと思いますか?公妃の件が片付くまで、私は聞きません

 のでお引き取りくださいませ!」



 私はおもむろに立ち上がり、公へ退出を促した。

 その様子を見て、公は重い腰をあげずにはいられなかったようである。



「そういえば、子どもは無事に生まれたようだな!おめでとう!」

「先にそっちを言うべきだと思いますが?ありがとうございます」

「あぁ、そうだった……それで、男の子か?」

「えぇ、おかげさまで、元気な男の子ですよ!」

「そうか、あの約束……果たせるかもしれないと思うと嬉しいよ」

「降嫁の話ですか?」

「あぁ、そうだ」

「早くないですか?」

「あぁ、早産だった。もしかしたら……との懸念もまだあるのだが、とりあえず、

 女の子が生まれたよ。まだ、小さすぎるから、公表はしていないがな」

「そうですか。おめでとうございます。婚約発表がしたいというつもりでしたか?」

「あぁ、そうだな。とりあえず、家の中の整理をしてから、出直すとしよう。

 しかし、前回きたときより、ここは変わっているな……そなた、あと1ヶ月したら、本格的に領地改革を進めるのか?」

「今も進めていますよ!私には、優秀な友人や侍従がいますから!私なんて、

 いてもいなくてもいいお飾り公爵ですので。

 さぁ、お帰りを!また、お会いできることを楽しみにしていますわ!」



 客間から、公を追い出して、私は一人部屋に残る。

 人の噂も七十五日と言えど、これは、そんな類のものではない。

 ここに陰謀を織り交ぜられたら……と思うと、ゾッとするのであった。

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