第437話 アホに勝つことくらい、バカにもできる

「遅くなりました」

「うぅん、大丈夫よ!それより、長旅でしょ?疲れてない?」



 ナタリーは、コーコナ領へ来春の新しいドレスの試作を作りに行っていた。

 この手の事業は、全て任せっぱなしになっているのだが、元旦那のチャギルのところで、助けて囲っていた女性たちが中心に事業を支えてくれているので、下手に私が出しゃばるよりか、まとまっているので、ナタリーが運営している。

 ナタリーは子爵家の令嬢でもあるのだけど……その手腕は見事なものだった。

 もし、子息として生まれていたなら、家督を継いでいただろう。何せ、今ではハニーアンバー店の売上の3分の1はナタリーが手がける服飾関係の収益である。

 もちろん、布地からの拘りもさることながら、着心地もいいドレスであれば、少々値が張っても買いたくなるだろう。

 女性たちがこぞって手を伸ばす代物となった。

 ハニーアンバー店で買うドレスには、ブランド名とその着心地にデザインを理由に一定のステータスがついたようで、社交界ではなかなかおもしろいことになっている。

 男性たちが女性への贈り物の中に、ハニーアンバー店で買うドレスも人気のようだ。


 私に用意されるものは、全て試作品であり、広告塔として着て歩くよう指示をされているので、無償提供されている。

 とはいえ、その実、布工場にも養蚕業にもドレスを作る生産工場に一定の金額は入れているのでタダでもらっているわけではない。

 そのかいあってかはわからないが、コーコナ領の布や生糸などの少しづつ値上がりを始めている。

 品質だけなら、この国一と誇っていいだろうものは、それだけの価値を認められたといってもいいだろう。

 後は、何といってもアンバー公爵のお抱え領地での特産品というのも大きい。


 そんな大きな収益を出すような事業を一手に引き受けてくれているナタリー。

 商人ニコライも驚く程、アンバー領、コーコナ領、公都を飛び回っている。

 馬に乗れてよかったですよなんて言っているが……ナタリーは令嬢であることを再度確認しておきたい。

 子爵令嬢ナタリーは、かなりのできる女であると共に、私よりじゃ……お転……とっても、外交的な性格をしているのである。



「お気遣い、ありがとうございます!今は、春の新作に向けて目途がたちました

 ので、一旦アンバー領で過ごす時間を作ろうかと戻ってまいりました。

 途中で、お茶会と夜会に2、3出てきたのですけど、もぅ、我慢なりませんわ!

 聞いてください!」



 席に着くや否や、ここ数日は公都で過ごしていたらしく、そのときに参加したお茶会や夜会の話を聞くことになった。



「何があったの?」

「それが、公妃様主催のお茶会に参加したのですけど、私のアンナリーゼ様の悪口

 ばかり。公に色目を使って公爵位を得ただ、第二夫人を殺すような人がこの国の

 筆頭公爵でいいわけがないとか言いたい放題!取り巻きまで、そういう話を延々

 としているお茶会に参加していたのですが、公妃様の実家は公爵家ですからね、

 思ってなくても口には出せませんでしたけど……腹が立って仕方がありませんわ!

 あと、ハニーアンバー店を潰すとまで言い始めたのです!

 今の流行の先端を自分が発せなくて気に入らないから、実家に手を回すとまで

 公言してましたわ!

 もちろん、あの場には、アンバー公爵家を敵にも味方にも思っている貴族はいま

 したけど、何も反論できないこと程、悔しいことはありませんでした……

 アンナリーゼ様が、公都にいないこといいことに、これから、いろいろと手を

 回して来るかもしれませんね……」

「ジョージア様からも少し聞いたわ!公妃様は、私のことをよく思っていないことも

 知っている。

 何せ、公爵令嬢である自分が、次期公妃として名をあげるつもりだったのに、あの

 集団政略結婚で私の名前が上がっただけで、公妃の夢まで断たれかねたわけだし、

 何かと公とは協力関係もあるからね……公妃が、公を支えられる程の器量が

 あれば、私なんて眼中になかったでしょうけど、おもしろいことに、着飾ること

 しかできない残念な人だから、仕方ないよね!」

「アンナ、言い方があるから!言い方が!」

「大丈夫ですよ!ジョージア様。羽虫は、握りつぶすことなんて容易いのです。

 ようは、後ろが邪魔なだけで」



 私は、ジョージアのように甘くはない。噛みついてくるなら、首を落とすまでだ。

 既にたくさんの命を奪った後である。公妃の首を挿げ替えるくらいなら、容易いことなのだ。

 それには、まず、公へのお伺いをたてないといけないのだけど……

 さてさて、おもしろいことが舞い込んできたなと、ほくそ笑む。

 ハニーアンバー店は、アンバー領を立て直すために必要な資金を集めるための店である。

 そこにみなの力を集めて形作ったものだ。

 領地だけでは、賄えない赤字を賄うためには、公都での商売は絶対。

 まぁ、公都だけ店を出さないっていう手もないこともない。

 こちらに足を向けて寝られない貴族なんて、山のようにいるのだから!苦汁を舐めさせるだけでは、終わらせない。ちゃんと、うま味も味合わせてあげないと、私のひいては、アンバーのために動いてくれないだろう。

 そろそろ、その時期なのだろうか?やっと、ハニーアンバー店が軌道に乗り始めたばかりなので、時期早々な気がしてならない。

 急いては事を仕損じる。そんなことにならないようにしないといけないのだが……



 ベルをならすととデリアが執務室に顔を出す。

 少々渋い顔をしているが、そこは、目を瞑ろう。後でお説教もたんまり聞く覚悟で私は指示を出す。



「お兄様に連絡をとりたいの」

「かしこまりました。サシャ様には、なんと?」

「そっちの国を動かしましょうかと言ってちょうだい。うまくいくかはわからない

 けど、二号店開店の前に、シルキー様とメアリー様、イリアにエリザベスを動か

 すわ!公妃の悪意なんて、シルキー様だけでなんとかなるでしょう?

 あとのことは、もう少ししてから考える。

 エマはもうおつかいができるかしらね?」

「エマですか?」

「そう、今、デリアにはいてもらいたいのよ!一旦公都に行ってパルマと合流、

 その後、トワイスへ行ってほしいの。ナタリー、悪いんだけど、4つ程、冬の

 ドレスって用意できるかしら?」

「えぇ、もちろんですわ!こちらで作っているものがありますから!」

「では、その用意をドレスの寸法は……どうかしら?」

「大丈夫です。春のドレス用に採寸をいただいてますので、そちらで作ります。

 オートクチュールがいいのですよね?」

「もちろん!今からなら、新春の挨拶に間に合うから、ごめんね、急がして悪いの

 だけど、公妃のおいたは、とりあえず、潰しておきましょう!」



 ジョージアは、私の話している内容がイマイチ掴めていないようであった。

 私もまだ、動きたいわけではないのに、公妃のせいで動かざる得なくなってしまっただけなので、そんなに心配そうに見ないでほしい。



「ニコライも呼んでおいて!忙しいだろうけど、来年の春に向けて、お兄様と連携の

 手筈だけはしないといけないから!」



 かしこまりましたとデリアは執務室から出ていく。エマに詳細を話すのだろ。

 護衛の話もあるので、そこそこ準備をするのには、1週間というのはギリギリの時間ではあった。



「あの、アンナさん?この話って、どうなっているの?ドレスを贈って何がどう

 なって、公妃に繋がるの?」

「そうですね……まず、公妃様は、私を地に落としたいのです。

 とりあえず、応戦するのは時期早々なので……外堀から。

 ハニーアンバー店を潰したいそうなので、それなら、公女でもあり、今は王太子

 妃でもあるシルキー様が一言公言してしまえば、潰すことは難しいでしょう。

 まぁ、それでもっていうなら、公都のお店は畳みますよ!トワイスに地盤を挿げ

 替えればいいだけの話なので。ローズディアでは、細々とします。

 もちろん、『赤い涙』はそうすると、今後一切、この国では売るつもりはない

 ですけどね。少々高値でも、入手できることを模索している貴族は多いので、

 売上は下がることはないと思います」

「アンナはさ、どこまで見据えて話してるの?」

「さぁ、どこまででしょうね?」



 私はニッコリ笑うとジョージアは引きつった顔でこちらを見てくるが知ったことではない。

 潰すと公言したなら、全力で応戦するのみだ。

 アホに勝つことくらい、バカな私でもできるし、そろそろ、公にも文句のひとつでも送ってやろうと筆をとる。



「公め、目にものみせてあげるから!」

「アンナさん、対象が変わってる……」

「いいえ、変わってないですよ!公がなってないから、こんなことが起こるのです!

 資金ゴッソリ引き上げるって脅してやる!」



 ま……待って!と、慌てるジョージアをよそに、私はいそいそと手紙を書き始め、それを見たナタリーは満足気にしているのであった。

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