第433話 子どもたちとの時間Ⅱ

 客間に入ると、既にお茶セットが用意されていた。

 もちろん、用意されているだけであって、お茶が入っているわけではない。



「じゃあ、おさらいからね?」

「「はい、アンナ様」」

「まずは、私にお茶を入れてちょうだい。上手にできるようになったかしら?」



 気まずそうにする二人を前に、ニコリと微笑む。



「そんなに気にしなくていいの。自分たちの分も含め3杯分作りなさい」



 そういうと、二人はいそいそと作り始める。

 ただ、ミアはまだ小さいのでレオが手伝っていた。

 兄妹仲がよく、見ていて可愛らしい。


 私もお兄様とよくこうして母に仕込まれたものだ。

 こんなふうに私たちのことを母は見ていたのだろうか?

 二人を見ながら私は微笑んだ。



「ミア、そっちが先じゃないだろ?」



 ひとつのポットに二人で協力をしながらお茶を淹れていく。

 前回作ったお茶は、茶葉が多く苦かったけど、今回はどうかしら?彼彼女の成長は、見ていて胸躍るものだった。



「お兄様、重い……」

「それは、僕が持つから、ミアはカップを並べて!」

「わかった!どれがいいかな?」

「そうだね、冬だから、その少しだけ温かみのある色のカップはどうだろう?」

「これ?」

「それは、花だから、少しだけ季節に早いよ。その隣!」



 レオがどのカップがいいか指示をすると、ミアはカップを並べていく。

 そして、お茶が冷めにくいようにと、カップの半分くらいにお湯を注いだ。

 これは、教えていないので、リアンに聞いたのだろう。

 気の利いた演出に、私は嬉しい。

 紅茶が、ちょうど蒸れたころ、カップのお湯を捨て、レオが三等分して注いでいく。

 4杯分作り、余るぐらいに入れるのがちょうどいいと教えた通りしているようだ。

 何故、そう言ったかというと、カップの大きさによって入れてもいい量が変わる。

 今回については、選んだカップが少しだけ大きいので、見栄えも含め、それほど余らない位になるだろう。



「「できたっ!」」



 さすが、兄妹。

 完ぺきな協同作業で、私に1杯の紅茶を差し出す。

 もちろん、私の好みも考え、目の前に置くものも考えなければならない。



「お茶です、こちらに砂糖とミルクを……」

「お茶請けです。甘さ控えめのクッキーとなります」



 レオが紅茶と砂糖ミルクを、ミアがクッキーを私の目の前に置いてくれる。

 見た目は完ぺきだ。



「さっそくいただきましょう!」



 何も入れずにまず一口。

 その様子を食い入るように見ている二人がおかしい。

 コクっと飲むと、アンバー領の紅茶であることがわかる香り高い匂いが鼻孔を通り過ぎる。

 先日指摘したところも修正されており、茶葉もちょうどいい量に収まったようだ。

 あと、味も申し分なかった。

 次に砂糖とミルクを足す。

 本来は、こちらの方が好きなので、ソーサーに置かれたスプーンでクルクルとかき混ぜる。

 味も申し分ないし、私が砂糖とミルクをふんだんに入れることを考え、甘さ控えめのクッキーが置かれているのも好印象だ。



「とっても、おいしいわ!二人もいただいてみて!」



 私の言葉に、二人は頬を上気させ喜ぶ。

 よほど、嬉しかったのだろう。

 私の前のソファに座ろうとした。

 そこで、レオがミアをひっぱった。

 そう、これは、マナーレッスンなのだ!座れと言われて座ってはならない。

 言われたからではなく、生活全てを練習としなさいと言ってあった。



「ミア、手を」

「お兄様?」

「何事も練習だろ?」



 きょとんとしながら、ミアはレオに言われたとおり、手を差し出した。

 ミアにはまだ大きなソファに失礼しますとレオが抱きかかえて座らせる。

 その隣にレオも座った。



「完ぺきね!いいわ、レオ!」

「ありがとうございます!」



 最初は、ミアだけのマナーレッスンをする予定だったが、こうして兄妹で練習をして良かったと思える。

 妹想いのレオは、これから、アンジェラにもこうして手を差し伸べてくれるようになるのだろう。



「ミアも上手になったわね!」

「本当ですか?」

「えぇ、本当よ!では、自分たちで淹れた紅茶をいただいてみて!

 まずは、何もいれずに紅茶の味を感じて。どこの紅茶か当ててごらん」



 テーブルに届かないミアにレオがソーサラーごと渡すと、コクンと飲んだ。

 ん?と首を傾げている。

 まだ、4歳の子には、よくわからなかったようだ。

 逆にレオは一口口に含み、考え込んでいた。

 やがて、正解に結びついたのだろう……顔が綻ぶ。



「アンバーの最高級茶葉ですか?」

「正解ね!」

「お兄様ばかり、ずるい……」

「大丈夫よ!ミアはこれから覚えていけばいいんだから!

 茶葉はたくさんあるの!レオより極めていかないといけないのは、ミアの方

 だから、一緒にがんばりましょうね!」



 可愛らしく頬を膨らませていたミアに言い聞かせると、私の方を見て微笑んでいる。

 その姿は、どこぞの深窓のお嬢様そのもので、教育と生活が実を結んできたと言うべきだろう。

 これは、将来、とても大変なことになるかもしれない……ウィルの心労は絶えないことになるだろう。

 まぁ、ミア本人にはお転婆な一面もあるので、私と通づるところがあるのだけど……そこは、ご愛嬌だろう。



「今日は、二人とも合格だね!新しいことを進めてもいいかもしれないわ!」

「新しいことですか?」

「うん、普段から身に着けておいて悪いことではないわよ?」

「わかりました!次は何を?」

「歩く練習」

「歩く?でも……」



 困り果てた二人に私はついてくるようにいうとソファから降りる。




「今、レオの歩き方をするわね!なかなか、綺麗な歩き方なんだけど、もっと自然に綺麗な歩き方が

 できるといいかなって。見てて!」



 少しだけだらしなく、それでいて左に傾いている。

 それを見て、落胆するレオ。



「次は、理想の歩き方ね!」



 背筋を伸ばして頭のてっぺんを意識して歩く。

 さっきより、体も真っすぐになっていて、視線も綺麗なはずだ。



「わぁ!アンナ様だ!」

「ん?どういうこと?」

「ドレスを着たときのアンナ様だった!」

「あぁ、なるほどね!」

「ドレスコードを着ることも多い貴族だからこそ、歩くという動きがどれほど綺麗

 かによって、ドレスや正装をしたときの見栄えが違うのよ!」

「でも、父様は……」

「ウィルは、近衛だからね。多少歩き方は乱暴だよね!

 でも、ちゃんと正装して、令嬢たちの隣に並び立つときは、また違うのよ!

 着るものによって、歩き方は変えてもいいわ!今みたいな服のときは、楽な感じ

 で。正装を着るときは、きっちりした感じでって具合に。

 でも、くせのものでもあるから、普段から少しだけ気をつけているといいと

 思うの。デビュタントを向かえれば、社交界に出ることも多くなるから!

 覚えておいて、歩き方ひとつで、人の印象は変わることもあることを!」

「「わかりました」」



 二人に歩き方を教える。

 一見地味なこのマナーレッスン。

 基本さえ覚えれば、あとは、成長と共に自身で好きなようにアレンジができるようになる。



「そうそう、レオは、そろそろダンスも覚えないといけないから、この歩き方は

 しっかり覚えておいたほうがいいよ!」

「アンナ様、ダンスって……踊らないとダメですか?」

「そうね!嗜み程度には踊れないと……夜会に行って、壁の華になっていては

 ダメよ!それに、どんなことで踊らないといけないかわからないの。

 リード側になるレオには、絶対の必須スキルね!」

「絶対ですか……」

「何かあって?」

「いえ、何でもないです。あの……父様は……その、踊れるのですか?」

「もちろん、踊れるわよ!学園の卒業式で私とも踊ったもの!」

「父様が?」



 ミアは興味深々で、私に視線を向けてくる。



「貴族は、踊れて当然でしょ?踊れないと困ることもあるから、身に着けましょう!」

「……はい」



 渋そうな顔をしているレオに私は微笑み、大丈夫よというと少しだけホッとしているような顔を向けていた。


 今日のところは、歩く練習だけで終わりそうだ。

 そろそろ、ミアもお昼寝の時間がせまってきていた。

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