第418話 僕らのトイレ事情

 検診なら、ヨハンを屋敷に呼べばいいとデリアに言われたのだが、籠ってばかりがキツくなってきた私はいそいそと一人馬車に乗る。

 目指すは、領地の奥にあるヨハンの研究所。

 ここも、フレイゼンからの研究者を受け入れる先と考えていたため、その説明を兼ねて訪ねることにした。



「久しぶりね!ヨハン」

「げっ!……アンナリーゼ様ですか?何しに……って、今日は、検診の日

 でしたか?」

「そう、検診の日。覚えていたのね?」

「いや、すっかりさっぱり抜け落ちてましたけど、流石に目の前に妊婦が現れ

 ては……帰れとも言いづらいです」



 頭をぼりぼりとかきながら、思ったことを口に出していることがわかるヨハンに苦笑いをし、私は研究室の入口の前で待った。

 いつものように、ヨハンがいそいそと私が座れるところを作っているのだ。



「体の具合はどうですか?どこか変なところありません?」

「うーん、ちょっと疲れやすい気はするけど、ここしばらく、移動とか色々と立て

 込んでたからね……仕方ないよね?」



 ふぅっとため息をつき、私は用意してくれた椅子に座る。



「じゃあ、触診しますから……」



 首で脈を取り、その後あちこちを触り始めた。

 されるがまま、私はヨハンの触診を終わらせる。



「順調ですね。このままだと、月末か、もしかしたら少し早くに生まれるかも

 しれません。旦那さんを呼ぶなら気持ち早めに呼んであげてください!」

「わかったわ!ありがとう!」

「じゃあ、これで……」



 検診は終わったとばかりに私から離れていこうとするヨハンの腕をガシッと掴む。

 まだ、私の方の話は終わっていなかったので、何処かに行ってしまわれては困る。



「なんですか?もう触診は終わったし用はないですけど、何か他にもあるん

 ですか?」

「そう、あなた、捕まえておかないとどこか行くでしょ?」

「それは、否定しませんがトイレに……」

「じゃあ、ついて行くわ!」

「あの、それはちょっと……出るもの出なくなるので、やめてくれ!」



 私からそそくさと離れて行くヨハン。

 トイレに向かったヨハンを少し離れたところから見張ることにした。

 じゃないと……トイレから出たらどこかに行ってしまいそうなのだ。



「それにしたって、ここはトイレが近いのに全く臭いがしないわね……?

 芳香剤を使っているってわけでもなさそうよね?あのキツイ臭いしないものね?」



 そんなことを呟きながら、待っていると出てきたヨハンが、やっぱり私を見つけて、げって顔をしてこちらを見た。



「部屋で待っていてくださいって言ったはずですけど……」

「逃げる心配のある人間にたいして、目なんて離せないわよ!」

「まぁ、前科がありすぎで返す言葉もありません。でも、アンナリーゼ様も同類です

 よね?」



 じゃ、研究室へ戻りましょうというと、ヨハンが渋々後ろからついてきた。


 研究室に戻ると、めんどくさそうにこちらに向きなおる。

 私に対してそんな態度を取るのは、ヨハンくらいしかいないだろう。

 あっ!もう一人いた……最近入った新人のライズだ。

 この二人、私の扱いが雑すぎるなと、頭を抱えたくなった。



「それで、何用ですか?」

「今度、フレイゼンからこちらに研究者が来るの。だから、ここでも何人か受け

 入れて欲しいんだけど……」

「あぁ、とうとうですか?アンナリーゼ様の目に叶うものが育ったってことか」

「そうともいうわね!」

「で、どれくらい受け入れないといけないんです?多くても、この研究所目いっぱい

 使っているので、まぁ、三人くらいが限度だと思いますけどねぇー」



 悪びれることもなく言い放つヨハンを睨みつける。

 ここは、私がヨハンのために用意したものではあるのだけど、研究者であれば、部屋のひとつやふたつくらい開けてくれてもいいだろう。

 何せ、こちらは多額の援助をしているのだから、少々は融通を聞かせてほしい。

 ヨハンの言うように、この家はそれほど大きなものではない。

 なので、研究者本人と助手が集まれば、すぐに飽和状態になるだろう。

 ヨハンの助手は意外と多いのもあって、あながち間違った判断ではなかった。



「わかったわ!じゃあ、三名と助手を数名受入れてくれるかしら?ここだと、どんな

 研究の人をおけばいいかしら?」

「こんな山奥ですからね……農業系だとダメですよ!畑が近くないとダメだし。

 あとは、どんな人呼ぶか知らないですけど……静かな人がいいですね!」

「静かな人っていうより、ヨハンにも絶えられる人って感じがするわ……

 来てくれる人の中で、ヨハンと一緒に住んでもいいっていう人を探すわ……」



 私は、若干気が遠くなる。

 ヨハンと一緒に住んでもいいっていう人、いるのかしら?と。



「教授」

「なんだ?」

「あぁ!いた!ヨハンと住んでもいいって思ってくれる人が!」

「えっ?」

「今度、ここで何人か人を受入れてもらうつもりで話してたんだけど……ヨハンと

 一緒に住みたい人なんているのかな?と疑問に思ったから……」

「アンナリーゼ様、あの、それってちょっと違います。

 ヨハン教授となら寝食を共にしたい人はたくさんいますよ!ここにいるだけでも

 十人はいますから……」

「そうなの?」



 訝しんでヨハンに訪ねると、さぁ?と返ってきた。



「第一助手がいうんだから、そうなんじゃない?」

「こんな変人のどこがいいのやら……」

「変人って失礼だな!」

「変人じゃない!コーコナでどれだけ迷惑かけてたか知ってる?」

「あ……それは、悪かった!」

「助手がいて始めて変人でいられるんだからね!ちゃんと、覚えておいてよ!」



 畏まりましたとふざけた返事をヨハンはしてくれる。



「あっ!ところで、話を遮っちゃってごめんね!トイレの話なんだけど?」

「トイレ?もう、出ないぞ?」



 ヨハンの言葉に私は睨んでやる。

 そうじゃないのだ、私が知りたいのは。



「トイレについて行ったんだけど、臭いがしなかったの!何かしているのかしら?

 ハーブとかそういうので臭い消ししているの?」

「あぁ、そういうこと……実際見てみればわかるんじゃない?」

「教授!アンナリーゼ様のような貴族の方にあの場所へ連れていくのは失礼

 です!」

「あの場所って?」

「あぁ、無駄無駄!もう興味もっちゃったから、何を言っても無駄だよ!」



 何気に私の性格を掴んでいるヨハンが、憎らしい。

 そう、私は、すでにヨハンがトイレに行った時点で、頭の中はトイレのくさい臭いがしないでいっぱいだったのだ。


 よくわかっているじゃない!と零すと、結構なつきあいになりますからね!と笑い、座っていた椅子からヨハンは立ち上がった。



「じゃあ、トイレツアーと洒落こもうじゃないですか!きっと、気に入るはず

 ですよ!アンナリーゼ様なら!」



 私の手をとり、先程行ったトイレへと足を運ぶことになった。

 ツアーというのだ。他にもいろいろと工夫があるように思い、トイレ事情なのになんだか胸躍る出来事がまっているようで嬉しかったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る