第397話 号泣

「おはようございます、アンナ様」



 金髪の男の子が、私に挨拶に来た。

 その隣には、同じく金髪の女の子がいる。



「父様に連れて来てもらいました!」



 小さな女の子は、少し舌ったらずにはにかむ。



「遠いところ、よく来てくれたわね!レオ、ミア」



 はいっと元気な声に、私はレオノーラとミレディアの頭を丁寧に撫でた。

 ディルとデリアの結婚式に出席するため、おめかししているのだ。

 くしゃくしゃに撫でたら、せっかくのセットがダメになる。



「リアンも、久しぶりね!」



 二人の母親であり、アンバー公爵家の侍女でもあるリアンに話しかける。

 リアンは、私が二人の頭を撫でているのを目を細めながら見守っていた。



「私のようなものまで呼んでいただいて……このようなドレスまで……」

「ドレスを用意したのは、ウィルよ!お礼ならウィルに言ってあげて!

 ミアのことをウィルが可愛いすぎて仕方がないって言ってたけど、本当に可愛い

 わね!」



 ミアは、照れたようにレオの後ろでもじもじしている。

 レオも私が最後にあったときよりなんだか頼もしくなった気がした。

 成長はこれからなので、キツい練習ではなく、楽しく剣を振れるようウィルが気を回してくれているそうだ。

 ただ、レオは不満を感じているらしい……もっとやれるのにと。



「僕、父様みたいなカッコいい大人に早くなりたいから、もっと練習したいって

 この前父様に言ったんです!」

「そしたら?」

「まだ、体ができてないから、ダメだって……アンナ様、父様にお願いしてくれ

 ないですか?」



 レオは寂しそうにしながらも、ウィルを慕っているのがわかる。

 ウィルが大事にしているからこそ、レオもそれに応えようとしているのだろう。



「レオ、まだ、6つでしょ?

 男の子は、まだまだこれから背だって伸びるし成長するから、慌てなくていい

 よ!あんまり慌ててキツイ練習をするとウィルみたいには背が伸びにくくなく

 なるし、レオのことを考えてしっかり練習メニューをウィルは作ってるから

 信じて続けなさい。

 何事も続けることが大事なのよ!いきなり、沢山の訓練をしたところで体を

 壊したりキツすぎて続かなければ意味がないの。

 レオには、まだまだ時間はたっぷりある。ウィルに守られている間に、レオが

 ゆっくり成長できるようちゃんと考えてくれているから!」

「そうなのですか?父様って、何も考えてなさそうですけど……」

「そんなことないよ!

 レオのこともミアのことも大事に思っていろいろ考えているみたいよ!

 あなたたち二人に出会えてよかったのは、私だけじゃないのよ!

 さて、お迎えも来たことだし、そろそろ行きましょうか?」



 後ろに控えていたリアンは二人を見て微笑んでいる。

 少し見ない間に、背丈だけでなく中身も成長している二人を見て私も嬉しい。

 両手でそれぞれの手を取り、会場となる玄関に向かう。

 結婚式自体を公都の屋敷の玄関ですることにしたのだ。

 ナタリーが頑張ってくれたようで、玄関に向かうと、昨日とは装いが違い厳かな感じになっていた。



「あっ!父様!」

「ミア!」



 ウィルをめざとく見つけたミアは、ウィルの足に抱きついている。

 いつもなら、抱き上げられるのだろう。今日は、すでに先客がいたので、仕方なく手を繋いでいた。



 その仕草も可愛いらしい。



「確かに……ミアがかわいいと言ってたのは、わかるわ……」



 アンジェラが抱っこされているからか、ミアが少し拗ねているのだ。



「ミアは父様が大好きだから……」



 私の手を握ったままのレオが呟く。



「ウィルのところに行く?」



 首を横に振るレオ。

 視線は、ウィルたちの方をずっと見ているが、私の手を離そうとはしなかった。



「妹が取られたみたいで寂しい?」

「違う……

 僕はミアのことも大好きだけど、父様もアンナ様もアンジェラ様も大好きんだんだ。

 父様は、大人で、僕は子どもでずるい……」

「ずるいか……レオ、いつか、あなたにもウィルのように守りたい人が出来れば、

 強くなれるし、ときが立てば、大人にはなれるわ。

 今すぐ大人になんてならなくていいのよ!今できることをめいっぱい楽しめば

 いいわ!」



 私を見上げてくるレオに微笑む。



「私ね、そう遠くない未来に、みんなをおいて死ぬの。内緒ね!

 だからね、そのときまで、絶対後悔しないように遊びつくすんだって決めている

 のよ!ほら、楽しいことをして生きる方が、いいじゃない?

 苦しいことや辛いことは、生きていれば自ずとやってくるけど、楽しいことは、

私が進んで取り組まないと勝手にはやってこないから……」



 目を見開いて驚いているレオ。

 だけど、レオの人生の何かの足しになるのなら……私の人生を披露してもいいだろう。

 屈んで視線落とし、レオを見上げるようにした。



「レオ、生き急ぐ必要はないのよ!自分が守りたいものが出来たとき、守れるだけ

 の力を少しずつ付けて行きなさい。

 すぐできることなんて、何もないの。努力して努力して、足を踏ん張って、自身

 の力に変えていくのよ。

 ウィルだって、今はすごく強いけど、努力した上に努力を重ねて、いろいろな経験

 を積んだからこそ、今があるのよ!

 それにね、ウィルは、まだまだ、成長途中なのよ!」

「父様が?あんなに強いのに?」

「そうよ!だって、まだ、私に勝てていないもの!

 だから、毎日剣を取っているでしょ?この先、大きな戦争があるかもしれない

 し、内乱やものすごい災害が起こるかもしれない。

 そんなとき、いつでも動けるようにいつも領地の警備隊の訓練もしてくれている

 でしょ?あぁ見えて、実は頭もいいからね!

 レオは、脳筋にならないように、勉強もしっかりしないといけないわよ!

 ウィルに追いつく追い越すには、ものすごい努力が必要なの。

 レオには、それが出来るかしら?」



 私の瞳をじっと見るレオは、揺るがないようだ。

 口を結んで、うんと頷く。

 私はそんなふうに応えてくれるレオに微笑むと、逆に頭をポンポンされる。

 誰がそんなことするのよ?と上を見ると、ウィルが笑っていた。



「姫さんさ、うちの子諭してくれるのはいいけど……勉強できなくて、脳筋なの

 姫さんだからね!」



 いたずらっぽく笑うウィルは、相変わらずである。



「レオ、姫さんが言ったことは、ちゃんと自分のものとしておけよ!

 学園の勉強が出来ないだけで、死んだ領地を立て直すなんていうトンデモな頭を

 持っているんだ。

 俺なんかより、よっぽど出来た頭してるんだからな!

 あと、レオは俺のこと強いと思っているだろうけど、姫さんと出会わなけりゃ、

 ここまでにはなってないぞ?

 いい出会いには、それ相応の結果が伴うわけだ。

 エリックなんて、姫さんが目を付けたおかげで俺の副官してたのに、今じゃ近衛

 の頂まで駆け上ってしまったぞ?」

「エリックって誰ですか?」

「会ったことなかったっけ?」

「はい……」

「じゃあ、今度、近衛の練習所へ遊びに行きましょうか!」

「姫さんの遊びは……こえぇーよな……何人打ちのめされるのか……」

「父様、アンナ様は怖くないよ?」



 不思議そうにミアが私とウィルを交互に見ている。

 レオも同じくだ。



「ミア、姫さんみたいになったらダメだぞ?そのまま、可愛らしく愛される子のまま

 で父様はいてほしい」

「どういう意味よ!」

「そういう意味だよ!近衛中隊壊滅させるって、普通の令嬢じゃないわ!」

「父様、その話聞きたい!」



 ミアにせがまれ、ウィルは私の遊びについてとうとう話さざるえなくなったようだ。

 レオも聞きたそうにしているので、私はアンジェラの手を取り、用意された椅子まで行くことにした。



 レオやミアの凄いです!私もアンナ様のようになりたい!なんて声が聞こえる

 たび、私はクスクス笑ってしまった。

 もしかして……ミアも私と一緒になったらどうするんだろう?とウィルを盗み見ると、なんともまぁ、締まりのない顔をしながら、しかたがないなぁ……と呟いているのが見えた。

 きっと、ミアもお転婆な令嬢に育っていくに違いない。

 そう思うと、私の周りって……そんな子ばかりね……とため息が出てくる。



「アンナ、お待たせ」

「ジョージア様、おはようございます」

「おはよう、アンジーもおはよう!

「ジョージもおはよう!」



 朝の挨拶をして、用意されている私の隣の椅子にジョージアは座る。

 反対側にジョージを座らせた。

 ジョージアの隣に座るジョージが膝を乗り越え私の元まできたので、ほっぺをつついてやる。

 嬉しそうにしていたかと思うと私の膝の上にちょこんと座ってしまった。



「あっ!こら、ジョージはこっちだ」

「やーの!ママ!」



 暴れるジョージに手こずるジョージア。



「ジョージア様がひとつずれて、間にジョージを座らせてあげればいいじゃない

 ですか?」

「そしたら、アンナが遠く……」

「大人なんですからね!別に席一つ分くらいなんですか!

 じゃあ、ジョージがここに座る?リアン、椅子をもう1つ用意してくれる

 かしら?」

「かしこまりました!」



 持ってきてもらった椅子をアンジェラが座る椅子の隣に置く。



「アンジェラ、ひとつずれようか?」

「あい」



 そういって私に抱かれひとつ椅子をずれる。

 私がアンジェラのところに座るとジョージが自分で私の座っていたところに座り直した。

 足をプラプラさせていて落ちそうだったので、しっかり置くまで座り直させる。

 すると、始まる結婚式。



「では、アンバー公爵家筆頭執事のディルと侍女デリアの結婚式をこれから執り

 行います。各人、所定の場所にお座りください!」



 セバスの声で始まり、2階からディルにエスコートをされ、デリアが出てきた。

 すでに、涙を流しており、くしゃくしゃになってしまっている。



「デリア、大丈夫かしら?」

「朝からずっとあんな調子だったみたいだよ?ナタリーが、困ってた」



 今回の結婚式、私はピアスを用意した以外、何も準備はしていない。

 全て、商人であるニコライとドレスを作ってくれたナタリーに任せてあった。

 あと、事情を話してあったアンバーの屋敷の侍従たちが賛同してくれて手伝ってくれたのだ。

 一応、ジョージアも手伝ってくれていたらしい……ナタリーに言わせると、邪魔だったので子どもたちをお願いしていたと言っていた。



 みなに祝福されて行われる結婚式。

 デリアは、みなの気持ちをちゃんと受け取ってくれているのだろう。

 それが、今の涙の理由ということらしいのだ。


 気遣うようにディルがデリアを支えてはいるが、デリアはそれどころではないだろう。



「デリア、おめでとう!」



 私は立ち上がって、そんなデリアに微笑むのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る