第385話 私の愛で潰れないようになさって

 戴冠式の会場。

 私とジョージアは、最前列の少しだけ高い位置で公世子の戴冠を見守ることになっている。

 会場に行くのも最後で、大きくなったお腹を支えながら、隣でジョージアがエスコートしてくれた。



「この会場を歩くだけでも大変だね?」

「そうですね……

 でも、私、アンバーとコーコナの広告塔ですから、みっともない姿で歩くわけに

 はいきませんからね!ジョージア様もそのつもりで!」



 真っ赤な絨毯の上をそろそろと歩く。

 そこには国内外から貴族たちが集まっていて、私は人数の多さに目眩を起こしそうだった。

 さすが、戴冠式である。



「大丈夫か?」



 後ろからついてきてくれてるノクトが声をかけてくれる。

 今日は、友人たちも別行動となるので、従者であるノクトとディル、パルマとライズが私たちの後ろを付き従う。



「えぇ、大丈夫。ちょっと、人の多さに驚いただけだから……」



 ゆっくり進んでくれるジョージアに遅れないよう足を動かす。

 すると、頭一つ分抜けた薄い金髪が見えた。

 ウィルが女の子たちに囲まれながら、ちょっと困った顔をしている。

 その隣にはナタリーとセバスがそちらも人だかりになっていた。



「ナタリー……」



 淡い紫を基本とし、一輪だけ大きな青紫の薔薇の飾りをあしらったドレスを着ていたのがチラッと見えた。

 コーコナで作り始めた布を使ってあるドレスをみなに説明しているのか、一際目が輝いている。



「よかった……元気そうで」

「ナタリーかい?」



 私の視線の先にナタリーがいることに気づいたジョージアが声をかけてくる。

 ナタリーとのことをジョージアも気にしていてくれたのだろう。



「えぇ、そうですよ」

「ナタリーにもデリアにも俺は嫌われているからなぁ……」

「二人とも苦手ですか?」

「うん、ちょっとだけ……でも、アンナが二人を大切にしていることは知っている

 し、もちろん、二人がアンナのことを殊更大事にしていることも知っているよ」



 そう言った瞬間、エスコートしてくれていたジョージアが、方向転換して、友人たちの方へと逸れていく。


 ざわめく会場。


 そこで、ウィルがいち早く気づいて、ナタリーに声をかけたようだ。

 ナタリーは、私を見て驚き、涙を流し始めた。



「お久しぶりね!ナタリー」

「……ご無沙汰しております、アンナリーゼ様」



 溢れる涙をぬぐいながら、こちらを見つめるナタリー。



「ほら見ろ!ひめさ……アンナリーゼ様はナタリーが作ったドレスを着てきた

 だろ?賭けは俺の勝ち!ほら、行ってこい!」



 ウィルとナタリーは、二人で賭けをしていたらしい。

 あえて何を賭けたか聞かなかったが、なんとなく私が賭けの対象であったことはわかった。

 賭けは、ウィルが勝ったようで、私とナタリーを引き合わせるような結果を賭けていたいたようだ。



「アンナリーゼ様……」

「どうしたの?」

「そのドレス、とても素敵です!」

「当たり前よ!ナタリーが私のために作ってくれたものですもの!

 素敵じゃないわけがないわ!ジョージア様の衣装も素敵に作ってくれてありが

 とう。それに、ナタリーのドレスも素敵ね!今度、私にも同じもの……」

「ダメです。これは、私のですから……」



 泣き笑いをするナタリーを私は抱きしめる。



「あん……」

「帰ってらっしゃい。私、あなたがいないと、寂しいわ……

 虫のいいこともわかっているのだけど、側で私を叱ってちょうだい。

 アンジェラの淑女教育もあるんだから!」



 耳元で囁くと、ドレスをぎゅっと捕まれ、頷いてくれる。



「側にいてもいいですか?私の気持ちは迷惑じゃないですか?」

「いいえ、迷惑だなんて思わないわ!こんな私を好きになってくれてありがとう」

「わ……わた……側に帰りたい!」

「えぇ、えぇ、帰ってらっっしゃい!ナタリーが嫌になるまで私の側にいたらいい

 わ!ナタリーは、私の大切な人よ!」

「はい……私もです。アンナリーゼ様、私は私の望む形で、側にいさせてください。

 アンナリーゼ様を誰よりも輝かせる一人になりたい!」

「ありがとう!こちらからもお願いしたいくらいよ!」



 抱きしめていた腕をそっと緩め見つめあうと、微笑んでくれる。

 涙で化粧はくちゃくちゃになってしまったけど……ナタリーは化粧などなくても、とても美しい女性だ。

 流れる涙を両手で拭うと、いつものナタリーで、私も嬉しい。

 腰に添えられていた、手が離れ、一歩また一歩と後ずさり、その場に膝まづく。



「なた……」

「姫さん……」



 ナタリーを立たせようと手を差し出したとき、ウィルに止められる。

 ウィルの方を見ると、首を横に振り好きにさせてやってくれと耳打ちされた。



「アンナリーゼ様、私、ナタリー・カラマスは、あなた様を生涯の主とし……」



 俯いたまま、口上が始まる。

 私は、それをただ微笑んだまま見ていた。



「あなた様を誰よりも輝かせることに心血を注ぎます。

 至らぬこともありますが、どうか、私の愛をお受けください」



 顔を上げ、微笑んでいるナタリー

 息を飲むほど美しい女性からの愛の告白に私はただ微笑んで手を差し出した。



「重いくらいの愛を私にくださるかしら?」

「もちろんですわ!私の愛で潰れないようになさってくださいね!」

「ナタリーの愛情もいいけど、俺もその……愛情は注がせてくれ」



 私の隣に来たジョージアは、腰にそっと腕を回し、支えてくれる。



「もちろん、ジョージア様からも受け取りますわよ!」



 三人で笑いあう。

 それを見ていた周りの貴族たちは、一体何が起こったのかわからず、とにかくいいようにまとまったのだと、拍手に変わった。


 そんな中、貴族たちの中から血相を変え割って出てきた男性がいる。

 カラマス子爵その人だった。



「ナタリー!一体こんなところで何を!」

「あら、お父様。どうかされまして?」



 ナタリーにお父様と呼ばれたその人は、厳しそうな雰囲気を持った人であった。

 カラマス子爵は、戴冠式の前に起こったこの騒ぎを聞きつけ割って入って来たのだが、こちらを睨みつけていた。

 いや、正確には、私でなくジョージアを睨んでいるようだ。



「アンバー公爵!」

「「はい!」っ!」



 アンバー公爵と呼ばれたため、私とジョージアはカラマス子爵の怒気に当てられ、二人とも返事をしてしまった。



「うちの娘を誑かすのは、いい加減やめていただきたい!いい年をして結婚は

 しない!アンバー領地に入り浸っていたと思っていたら泣いて帰ってくる。

 娘にちょっかいをかけるなんて、いい加減にしてくれ!」

「ちょ……ちょっと、お父様!」

「ナタリーは引っ込んでなさい!」

「いいえ、引っ込みません!」



 急に始まる親子喧嘩。 ポカンと見ている私たち。



「だいたい、お前は、この顔に騙されたのか!公爵家はあの事件の渦中の家だ。

 もう、この男に関わるのは辞めなさい!」

「いいえ、言わせてもらいますけど、ジョージア様なんてこれっぽっちも魅力的では

 ありませんわ!お父様と一緒で人を見る目はないし、ぼんやり坊ちゃんだし、

 アンナリーゼ様がいなかったら、公爵だなんて名乗れない程、落ちぶれていまし

 てよ!どこをどう勘違いされているのか知りませんけど、私は、アンナリーゼ様を

 お慕いしているのですから、お父様は黙っててください。

 だいたい、渦中の家と申しますけど、その渦中を調べ上げた一人として申しあげる

 と、お父様は、大体、人を見る目が無さすぎます!

 その両の目は、節穴ですか?いいえ、もう見えていないのでしょう!

 チャギルとの政略結婚といい、娘を道具として扱うから、失敗するのです!

 危うくうちまで没落するところだったんですからね!

 家督をお兄様に譲ってとっとと引退することを私は望みますわ!」



 それ、言っちゃうんだ……と私はそっと心の中で呟く。

 ジョージアの言われようにも何とも言えず、ジョージアの腰を軽くポンと叩くと、みなが同情していたのか、ウィルとノクトに片肩を叩かれ、セバスもばつの悪そうな顔をジョージアに向けていた。

 当のジョージア本人も、顔には出さなかったが、相当のショックを受けているようで身動きしなくなった。


 今日は戴冠式。

 それくらいにしてもらおうと思い割って入ると、二人とも荒い息で肩まで上下に揺れている。



「そこまでにしてください。 カラマス子爵」

「あなたは……?」

「アンバー公爵です」

「はい?」



 女であり他国の出自である私が自国の公爵だということが理解できないとこちらを訝しむ。



「理解できなくてもいいですよ!

 貴族代表で、公にご挨拶するのは私ですから節穴で無ければ、よくよーく見て

 おいてください。

 あと、お嬢さんはうちの旦那様でなく、私の友人であり、私を慕ってくれている

 のです。

 そこは、きちんと理解されませんと、お嬢さんに更に嫌われてしまいますよ?」



 ニッコリ笑いかけ、用意された最前列の席へと放心しているジョージアにエスコートされ向かう。

 後ろには、ウィル、セバス、ナタリーも加わり、ナタリーとのやり取りやカラマス子爵の親子喧嘩で揉めたことや先ほどより人数も増えたことにより、更に注目されることとなった。



 その場に取り残されたカラマス子爵は、私たちの後ろ姿をただ見送るだけであった。

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