第382話 成長を見守る私

 子どもの成長を見守るのは実に楽しい。

 お腹をさすりながら、大きく膨らんでいくことに喜びを感じる。

 それと同時に、全く会えていないアンジェラに会いたいと思いを募らせるのも、親になったからなのだろう。



 今、見ているのは、子どもではなく、私より年上の青年達二人の成長を観察しているところだ。

 モレンに関しては、成長著しく、執事としてうまく立ち居振る舞いができるようになってきた。

 私への気遣いは細部にまで渡り、デリアをも感心させる程である。

 剣術の方もノクトにしごかれてはいるが、わからないことがあったり、攻めあぐねたりしたときはどうしたらいいのかと私に質問を投げかけてきてくれる。

 おかげでたった1ヶ月半しか経っていないのに、そこそこの貴族の集まりや茶会であれば連れて歩いてもいいほどであった。



「モレンは、成長したわね!

 私付になったら、無理難題も多いだろうし大変だったと思うけど、よく頑張って

 いるわ!デリアのお墨付きもあるし……パルマと競うにはもう少し足りないと

 ころもあるけど、遜色ないくらいにはなっているわね!」

「アンナリーゼ様、ありがとうございます!

 皆様のご指導が、懇切丁寧でわかりやすく、身に着けるにも根底から教えて

 いただけたおかげで、より深く理解できているおかげです!」



 私より年上のモレンではあるが、嬉しそうに笑えば、背丈も含め少年と言っても誰も疑問は持たないだろう。

 一方、モレンの隣を見る。

 インゼロ帝国の元皇太子であるライズは、成長が全くもって見られなかった。

 同じように教えているはずではあるのに、何故、こうも差が生まれたのかわからない程である。



「ねぇ、ライズ?」

「なんでしょうか?アンナリーゼ様」

「やる気ある?」

「はぁ……あるんですけど……うまくいきません」

「あなたは、やっぱり従者としてもダメなのね……何なら、出来るのかしら?

 皇太子もダメ、勉強もイマイチ、剣術は型ばかり……執事の仕事もサッパリと

 なると、私、無駄金を払い続けられるほど、お金はないわよ?」



 おバカな私にダメだしされるようでは、ライズも私以下なのであろう。

 どうしたものかと、毎日頭を抱える日々だ。

 お父様とお母様は、毎日、こんな気持ちで私を育てていたのかしら?人のふり見て自分を思い返す。



 あぁ、やっぱり、思い返さないことにした。

 だって……大体ビリビリに破れたドレスとか、あちこちにある擦り傷とか、泣かされたお兄様のかたき討ちとか、なんとも女の子らしからぬ私しか思い出してこない。



 悩みに悩んだ結果、ディルと相談したうえで、ライズをアンバー領へと送ることにした。

 ちょうど、麦の収穫時期となっていて、一人でも人手が欲しいのだとセバスから連絡が来ていたからだ。



「ライズ、あなたもう、ここには必要ないわ!」

「えっ!待って下さい!まだ、公世子様の戴冠式まで日にちがあるのです。

 それまでは……」

「なんていうか……目ざわり。

 出来ない人がいると、その人に合わせてこの少人数の中だと大変なのよ。

 モレンくらいできるようになればいいけど……今のままだと、ここの侍従達が

 疲れ切ってしまうわ!

 いっそ、アンバー領で、麦の収穫を手伝ってきなさい!」

「麦の収穫ですか?僕、そんなのやったことなくて……」

「3日程、コーコナ領で練習してから行きなさいね?あっちでも迷惑かけたら、

 本当にライズ、期限を待たずに解雇するから!」



 私は、最後通告をすると、半べそで私に縋ってくる。

 縋ってこられても、資金は無限ではないので、無理なものは無理だ。

 いろいろ触らせて見て、出来るものがあるなら、それに邁進してくれたら、それなりに雇うことは出来るので、とりあえず、麦の収穫へ向かわせることにした。


 ニコライに付いて商人も考えたが、あの性格では無理だろう。

 値切られたら、大赤字でも関係なく売ってしまいそうだ。

 それなら、自分が食べるパンの原料でもある麦を収穫させ、ありがたみを感じさせるところから始めてみようと考えたのだ。

 そこでもお荷物だったら、どうしようかという気持ちも無くはないのだが……

 成長は見守るものだ。促してダメなら、違う方面へシフトすることも考え無ければならないし……子どもの成長と違い、大人の成長は、遅い上にライズに限っては、吸収も悪い。



 どんなふうに成長できるのか、何ならできるのか見極めないといけないのが大変だな……と、遠い目をしてしまった。




 ◇◆◇◆◇




「ノクト……ライズを麦収穫のお手伝いに連れて行ってあげて!」

「なんだ?お手上げか?」

「お手上げとは言われたくないけど……何ならできるのかサッパリわからない!

 一体、どんな教育を受けてきたのよ!

 仮にも皇帝になるために多方面の勉強はするはずよね?」

「あぁ、弟であっても、皇帝になって若く死ぬ場合もあるから、それくらいは

 学ぶぞ?」

「全くダメ……ひとつも身についてない!

 勉強の出来ない私がいうのだから、ホントにダメ!1から教え直すとか……

 到底無理だわ!」

「そう言わずに……な?せめて戴冠式のときの従者として連れて行って欲しいん

 だが……」

「ノクト、出来ることと出来ないことがあることくらいわかるわよね?」

「あぁ、できないんだろうな?」

「アンバー公爵の品位に関わるわ!私、これでも貴族順位1位でジョージア様が2位

 なのよ!

 もし、できないライズを連れて行って問題になったら、せっかくアンバー領意識

 向上をはかったとしても、無駄に終わってしまう。

 従者一人、躾けられないのかと……」

「そういえば、決めてあるのか?従者は」

「一人はノクトね。見栄えがする。後は、ディルとパルマかしら?デリアも連れて

 いきたいのだけど……」

「その枠に入れてくれる予定だったのか……デリアの枠だと、あいつには荷が勝ち

 すぎるな……」



 ノクトと二人顔を見合わせてため息をつきあう。

 親の心子知らず……


 子でもないライズに頭を悩ませる羽目になるとは……なんとも因果なことだろう。



「とりあえず、一旦、俺が預かるわ!麦畑な。

 役にたつとは、到底思えないが……行ってくる」

「お願いね!」



 私は、ライズをノクトに預け、公都に帰る準備をすることにした。

 その前にすることは、どこに行ったのかヨハン教授を引っ掴前ることから始まるのだが……こっちは、こっちで問題児であるからして、ため息ばかりついてしまうのである。




「デリア、ヨハン教授を見つけたら、引っ掴まえておいて!

 公都に帰るよう伝えて欲しいの。帰らないなら、タンザの所へ厄介になってと

 言っといてちょうだい」



 痛い頭を振りながら、デリアに頼むと2時間後には、小奇麗になったヨハンが連れて来られた。



「アンナ様の調子が良くありませんから、診てください。

 大体、アンナ様に迷惑をかけないでください!」

「あぁ、我慢は良くないから、吐いてしまえばいいよ!どれどれ!」



 私を脈診して、渋い顔をするヨハン。



「アンナリーゼ様、少し疲れが溜まっているのか、よくない。

 今日は1日ゆっくり休むように!」

「誰のおかげで、心労が耐えないのか……少しは胸に手を当てて考えてみたら?」

「俺ですか?特に迷惑かけていると思ってなかったんですが……」

「この自由人め!公都に帰るから、一緒に帰ります。

 口答えは許さないし、残るなんて言ったら、怒るわよ?」

「十分、お怒りのようですけどね……従いますよ。妊婦にとって、長距離移動は

 体に良くないですからね」



 ライズのことと言い、ヨハンのことと言い……ストレスに感じていることは、目の前にあるのだから排除できない。

 仕方ないので、傍観するけど、それすら疲れるという悪循環に陥っているのだ。



 最低限の執事としてのマナーを覚えさせた上で、戴冠式に来るようディルに指示を残し、

 私は、デリアとノクト、ヨハンにモレンを連れ公都にある屋敷へと帰ることにした。


 コーコナ領については、戴冠式後、正式に領地名や領主が明らかにならないと手がつけられないこともあり、今できることを最大限に一旦はなれることとなった。



 久しぶりの我が家は、やっぱり落ち着く……公都の屋敷に着くと、ソファに体を沈め、

 ゆったりした気持ちになる。


 そこに届いた荷物。

 見計らったかのように、ナタリーから戴冠式用のドレスが届いた。

 デリアに頼んで見せてもらうと、青紫の薔薇がふんだんに使われたドレスだった。



「見事ね!重かった心も、ナタリーのドレスのおかげでスッと軽くなったわ!

 見て、この細やかな刺繍に光沢のあるドレス。どれをとっても完ぺきね!」



 口元を綻ばせ、喜んでいると申し訳程度に、ジョージアの衣装も入っていた。

 こちらも、私に合わせてあるもので……素晴らしかった。

 これを二人で着れば、さぞ目立つだろう。

 その日がくるのを楽しみに待ちわびてしまうのであった。

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