第380話 とんでもない拾い子

「ディル……昨日預かったあの子……どこで拾ってきたの?」

「拾ってきたって……アンナ、それはいくらなんでも……なぁ、ディル?」



 ノクトはディルへの言い方が良くないと私を窘めつつ、ディルを庇うが……

 ノクトも私が言わんとすることをわかってほしいので、ディルに二人ともを連れてくるよう言うと、執務室を出て行った。



「ノクトもあの子を見れば、わかるかな?」



 連れてこられた青年二人。

 その片方を見てノクトが固まる。

 絶対面識のある人物であることを私はすでに掴んでいるのだ。



「皇太子?」

「……おじさん?」

「なんでこんなところに?」

「おじさんこそ、なんでこんなところに?」



 ノクトとコンテはお互いの顔を見合わせて、なんで?どうして?と言い合っている。

 私の言わんとしたことがわかっただろうとノクトに視線を向ける。



「ほら、どこで拾ってきたのか、気になるでしょ?」



 ノクトは、あぁと返事をして驚いていることを隠さない。

 ディルに目配せすると仕方ないと口をわる気になったらしい。



「それで?どうして、こんなことになっているのかしら?」



 私は、ちゅんちゅんと鳴く小鳥が運んできた手紙によって、コンテと名乗るインゼロ帝国の皇太子の正体を知った。

 今朝知ったばかりで、正直頭がうまく整理できていない。



「モレンは、アンナリーゼ様にお願いした知り合いの子で、本当に私が教育を

 任せてもらうことになっている友人の子どもです。ただ、皇太子様については、

 私の預かり知らぬところ。

 父から手紙がきて、匿ってくれということだったので、苦渋の選択の上、仕方

 なく、こちらに呼び寄せました。ノクトもいることですから、こちらで育てて

 おけば、後からでも有益なことに繋がるのではないかと」



 何事も無さげにディルは言うが……この皇太子を預かるには、私たちにとってリスクしかない。

 それを知らないディルではないはずなのだが……公からの話であれば断ることも出来なかったのだろう。

 私に打診するのではないあたり、公はよっぽど考えたのだろう。

 もし、私に打診があれば、丁重にお断りすることは決まっているからだ。



「でも、次期皇帝と目されている第二皇子は、皇太子を探しているのでしょう?

 それも、玉座に座らせるためででなく、殺すために……

 皇帝でも皇弟でも抑えられない第二皇子の犠牲にアンバーが関わらないといけ

 なくなるのは、私、ごめん被りたいわ!

 うちは、小さな子どももいるのだから……」

「父からは、皇太子として扱うのでなく、使用人として仕えさせ匿えとのこと

 でしたから、アンバー領地の奥深くにいれば安心では……?」

「ディルにしては軽率な感じがするけど……他に何かあるのかしら?」

「現公と父に逆らえなかっただけです」



 忌々しいとディルにしては珍しく感情が表にでている。

 演技の可能性もなくはないが、どうせ覆らないなら、受け入れるしかない。

 どうしたものだろうと見ると、どう考えても甘やかされて育っているようにみえる。

 これでもかってくらい、今の甘ちゃんぼっちゃんを変貌をさせてやると私は心に決めた。



「皇太子が、ただの公爵である私に跪くことはできるかしら?」

「はい、いくらでも。生きてさえいられるなら、なんでもします」



 そう言って、コンテは私に膝をついた。

 何の考えもなしに、私に言われたから動いていることがわかる。

 ノクトも微妙な顔をしたが、侍従として扱うことになるのだから仕方がない。



「仕方がないから、俺もめんどうみてもいいぞ?」

「当たり前すぎて、ノクトへの言葉に出なかったわ!私が主人、あなたは私の

 侍従。皇太子だろうと私に逆らうことは、決して許しません。

 わかりましたか?」

「……はい」

「あと、その名前、本名ね?それが広まると良くないわね。

 さっきも言ったけど、うちは小さい子どもがいるのよ。

 インゼロの茶番に付き合うつもりは、これっぽっちもないの」

「はい。名前など変えてしまったとしても何の未練もないので構いません。

 好きに呼んでください」



 やけにしおらしく従うというコンテに正直拍子抜けしている所だ。

 もう少し、自我というものがないのだろうか?

 ノクトを見ると、諦めているように笑うだけである。

 それに、ずっと気になっていたんだけど……猫背になっている背中。

 皇太子であるのにシャンとできないのが、なんとも許せない。

 胸を張って生きられないのかと、蹴り飛ばしたくなってきた。



「何がいいから?どんな名前がいいとかあるかしら?なければこちらで勝手に

 考えるけど?」



 コンテに視線を向けると、仰せのままにというだけで何も言わない。



「あなたの名前を決めるために、考えられる頭もあるのに、何も意見を言わない

 のね!それなら……第二皇子に玉座を奪われたとしても仕方ないわね!」

「面目ないです……」



 嫌味を言っても響かず、見ているだけでイライラしてくる。

 根性叩き直してあげるわ!と、私の怒りの沸点は通り過ぎた。



「じゃあ、ライズってどうかしら?うん、もう決まり!今日から、ライズね!

 よろしく!」

「あ……はい、よろしくお願いします……」

「まず、悪いんだけど、あなたのその背中がシャンとしてないのが嫌!

 人任せな言い方も嫌。私がもっとも面倒に感じる性格してるのかしら?

 それは、先天的にそうなの?それとも、みなに蝶よ花よとされるうちにそう

 なったの?私たちもあなたを預かることで、命をかけないといけなくなったの。

 そんな態度では困るのよ!ノクト、剣を!」

「アンナ、それは……」

「早く、貸しなさい!私、ノクトの主でもあるのよ!

 ここで、私に逆らえるものは誰もいないと思うのだけど?」



 ノクトを睨むと、渋々帯剣していた剣を私に渡してくれる。

 剣を受け取り、私は鞘から剣をシャッと抜き出す。

 抜き身になったノクトの剣は、私の愛剣よりかなり重い。そして、鈍い色をしている。

 切っ先をライズに向けると、目を背け、ひぃっと小さく悲鳴をあげ仰け反った。

 首元に剣を宛がい、剣が首筋を沿い、ツゥーっと血が流れる。



「動くと死ぬわよ?」



 逃げ出そうと後ずさりそうになるライズに私は憎々し気にいうと、ピタッととまる。

 切れた所から血が流れていき、襟ぐりに血が吸われ段々と赤いシミが出来ていった。



「ねぇ、ライズは、今後どうしたいのかしら?

 私の元で何不自由なく侍従として謳歌していくのかしら?

 それとも、私の手元から離れ、この国で隠れながら暮らしていくのかしら?

 ライズは、一体今後何をしたい?どこに目標をおく?

 何のために生きるのかしら?」



 私の問いに一切答えられず、ライズは私の目を覗き込むだけである。

 なんて、つまらない人間なのだろう……?

 皇帝にと望まれ、皇太子になっているはずなのに成し遂げたい何かはないのだろうか?

 私は、何も答えられないライズを蔑むように見下す。



「夏にこの国の公世子様の戴冠式があるわ。

 それまでに、答えを見つけなさい。それまでなら、私が面倒を見てあげる。

 それ以降は、自身でどうするか考えなさい。ノクトに頼るのだけは、ダメよ?

 もう、あなたのおじさんではなくて、私のノクトなのだから!」



 ライズの首に宛がっていた剣を鞘に戻し、ノクトへと返す。

 へたり込むライズにノクトが手を貸そうとしたところで、私が止めに入る。



「一人で立てるわよね?侍従になるってことは、自分のことをきちんと出来ないと

 ならない。さらに、私の面倒も見るのよ?

 私、無理難題を言うのが趣味なんだから、立つくらいでノクトの手を借りる用

 では、今後、私の要求を全て指示通りにできるとは到底思えないわ!

 立ちなさい!それくらい、一人でも出来るわよね?」



 冷たい視線を送ると、手を拳にして、ライズは立ち上がる。

 まだ、背中を曲げている姿を見ると、腹が立ってくるがそれでも、一歩自分自身の足で歩み始めたライズ。

 さっきより視線が良くなったように思う。

 あと、戴冠式まで2ヶ月。

 私への答えを出すには、十分すぎるほどの時間を与えたようにみえるが、第二皇子へ特攻してほしいわけでは無いのでどんなふうに私の言葉を受け取ったのか、今後が楽しみである。

 下手な答えを持ってくれば、容赦なく切り捨ててしまうだろう。

 今回の皇太子については、うま味より、リスクの方が大きい。


 本人の成長次第ではあるのだが……成長できるのだろうか?

 疑問は残しつつ、みなを下がらせる。



「公め……私に対する嫌がらせか何かかしら!抗議してやる!」



 ペンと紙へとこの怒りの矛先を公へと向け、公世子の戴冠式までなら預かると認めていく。

 何か多大なる迷惑料を取ってやる!と心に誓うのであった。

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