第361話 あれとこれと

 ダドリー男爵の隠し部屋から出てきた私を待ち受けていた心配する面々。

 アンバー領や公都なら誰も何も言わないだろうが、ここはダドリー男爵領であるのだ。

 男爵を処刑した私は、いわば、この領地での嫌われ者である。

 だから、いつもより、みなの神経が尖っているのに、暢気に隠し部屋で読書をしていたのだ。

 勝手な行動に申し訳なさを感じ、シュンと肩を落とす。



「アンナ様、一体どこに行ってらっしゃったんですか?

 私がこの部屋に入ったときはいらっしゃらなかったですよね?」



 隠し部屋から戻ったときは、確かにデリア一人がこの部屋で私を探してくれていた。

 デリアからしたら、いきなり現れた私にさぞ驚いたのだろう。

 今は、一緒に来ていた面々が揃っているわけだが、ノクトが目敏く私が抱えた本を指摘する。



「その本、どこで持ってきた?」

「これね、男爵の隠し部屋から持ってきたの!」



 私は、後ろの棚を指差して、そこから入るのだと説明した。

 みながその方向を見たが、確認をしに行こうとするものは誰もいなかった。

 隠し部屋の入り方に関しては、黙っていることにする。

 たぶん、隠し部屋の入り方を言わないだろうとふんでだったのだろう。



「領地のこととか、今後の領地展開の仕方とか、色々書いてあるわ!

 どれもこれも、男爵領の予備知識の中ではしていない事業なのだけど、すでに破綻

 した事業なのかしら?」



 ノクトとニコライにそれぞれ持ってきた本を渡す。

 パラパラと巡っていく二人。

 それぞれ、考えられた事業内容や特産品を見て、目を引かれたのだろう。



「それって、すでに失敗した事業なのか、二人にはどこか記憶にあるかしら?」

「手紙で父に確認してみます。

 僕では、わかりかねますね……セバスなら、或いはと思いますが……」

「確かにこんな話は聞いたことがないな。

 インゼロでもローズディアの情報収集はしているが、今まで、こんなおもしろい

 事業計画を立ててたっていうのは知らない。

 ダドリー男爵の領地は、確かに綿花が特産品ではあるが、蚕か。

 なかなか面白いものに目を付けたな」

「カイコ……ってなんですの?」



 知識がなかったのか、ノクトに聞いているデリア。

 最近、デリアも屋敷内以外のことも覚え始めているらしく、できた侍女から、よくできた侍女に認識を変えたばかりなのだ。

 頑張り屋のデリアは、すぐに大変よくできた侍女になりそうである。

 明らかに、私より物覚えが良さそうであるからして、私、主人としてどうなのだろうか?と悩まないといけない日々を送らないといけなくなりそうだった。



「カイコっていうのは、簡単に言えば虫でな、その繭がいわゆるシルクの元だ。

 細くて品も光沢もあり、しなやかで繊細な布を作るためのものだ」

「それは、高値で売れるのです?」

「あぁ、高い。生産者が少ないからな。

 あれは、虫を飼わないといけないからな……な。

 ここは、気候が温暖だから、養蚕に適しているのだろう。

 デリアがよく目にするとしたら、アンナの夜会やこの前着ていた赤薔薇のドレス

 にもふんだんに使われていたはずだ」



 なるほどと、頷いているデリアをよそ目に、私はニコライを見ると、ブツブツと独り言を言っているので、あっ!頭の中の計算機が回っている回っていると感心した。

 私も少々考えてみたが……夜会では、ドレスもタキシードもよく映えるようにと豪奢にする。

 光沢のあるシルクは、着心地もよく上級貴族たちは、こぞってシルク地のドレスを着ることが多い。

 正装も上等なものになれば、シルク仕立てのものも多い。

 思い描いてみて、どれくらい利益が出るのだろうか?



「アンナリーゼ様のドレスを作るために布を安く提供するためなら、経費節約で

 いいかもしれませんが、ある程度の数がこなせないと……

 採算が合わなくないですか?」



 計算の終わったニコライが、発言すると、ノクトも同じような答えになった。

 相手は生き物だ。

 上質のものを作るとなると……これまた、考えないといけないことが多そうだ。



「桑の葉なら、そこら中にあったから、えさの心配もいらないな。

 あとは、蚕自体も……なんとか、なる。

 俺は、専門外だけど、確か、助手に虫を研究している奴がいたから、呼ぶか?」



 急にあらわれたのは、ヨハンであった。

 領地につくなり、飛び出して行って1日帰ってこなかったのだが……その生き生きとした目と着ていた白衣を袋代わりにしているあたり、よほど、ご機嫌な薬草が見つかったに違いない。



「呼んでくれる?」

「あぁ、アンナリーゼ様、ここにも研究室が欲しい。

 そしたら……」

「ヨハン教授?」

「あぁ、呼べばいいんだろ?呼べば。手紙を書いておく。

 それで、掘立小屋でいいから……俺にくれ!」

「今は、ダメ!まだ、安全が確認できていないから、屋敷以外に居を構えるのは

 許さない」



 そんなしょぼくれてもダメなものはダメだ。

 子どもじゃないんだから……わかってほしいものだが、研究を前にしたら子ども同然かとため息が出てきた。



「わかったわ!もう少し、様子が分かったら、どこにでも好きなところに用意してあげる」

「本当か?」

「えぇ、二言はないわよ!

 ただし、ヨハン教授にあげるわけじゃないわ!

 あくまで、アンバー領のために尽くしてくれる人に貸すだけよ!」

「具体的には?」

「養蚕の指揮ができる人の手配と香水作りに適した人の選任、領地の売り上げに

 貢献できるものが作れるなら、こちらにも基地を作ってあげてもいいよ!」



 ヨハンは悩ましそうに頭を抱える。



「香水に関しては、アンナリーゼ様が呼ぶ中にいるヤツが作れる。

 養蚕については、アイツができるだろ?

 あとは、貢献って……何?」



 ブツブツとひとり言を呟きながら考えている。

 さすがに、2軒目に出せるお金は、回収できるものでお願いしたいのだ。

 何かひねり出してもらうようお願いだけしておく。



「どこかに、養蚕やっているところがないか、下調べした方がよさそうね。

 男爵が、ここに記したってことは、この領地のどこかではしているということ

 だと思うから、情報収集から始めましょう」



 みなに提案すると、時間を見つけて、ニコライが領地を歩いてくれることになった。

 気を付けてとだけいうと、どこに行って行商は危ないこともありますからと笑う。



「ノクト、ニコライについて行ってくれる?」

「いいのか?」

「えぇ、デリアもいるし大丈夫よ!」



 こうしてノクトとニコライは領地を回り、私は隠し部屋でのんびり過ごし、デリアとココナが屋敷を整頓していく。

 もちろん、ヨハンは屋敷には籠らず、どこかへ出かけていく。


 そのうち、公都から、お手伝いに人が10人程やってきた。

 この中で1番驚いたのは、まさかの人物がこの中に入っていたからである。


 この人がいれば、屋敷は、あっという間に整うだろう。

 私はその人物に全てを任せ、気ままに苦手な読書に勤しむのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る